31話【尊厳の維持】
「…大丈夫ですよ。生きてますから」
自分は無益な殺生はしないとでも言いたげだがもしそうなら破綻した世界を放置している時点でその説得力は皆無だ。
「………」
花菜の生首がアンガシャの空いた掌にかじりつく。アンガシャは無言で振り払おうとしたが花菜の意地か咬合力か離れない。
「身体繋げるので離してください」
「……離してください」
「…お願いします。離してください」
懇願するとようやく離した。やはり花菜は神に対しても臆することなく精神面だけでも無傷では終わらせないようだ。
花菜の首を身体にくっつけると接合し傷跡一つ残らず再生した。花菜は首を触りながら「ペッ」と唾を吐き捨てた。
「あんちきしょうめ」
「娯楽が欲しいならゲームでも漫画でも映画もあるのに。人を見下してないで|ACG《(主に日本のオタク文化の事)》とかで満足してればいいのに」
花菜の言葉にずっと佇んでいるだけだったトモシビが口を開く。
「アンガシャ様はメタラーだから別に人間のエンタメが嫌いなわけじゃないですが」
「あれま。バラされました」
近づいてきたバグシィの頭から腰にかけて優しく撫でた。
「バグシィも私と同じ…」
「そうです。私が創りました。可愛いでしょう?」
やんのかステップをしている猫。デザインが独特だが可愛さは否定できない。バグシィがアンガシャのいる空間への扉であり鍵の役割をしてたのか。
「動物好きに悪いやつはいない」
人見はすっかりアンガシャに気を許している。彼女にはまともな存在に見えるようだ。
「実はもう…いえ、ここで話すことではありませんね」
「…?」
何か含みのある言葉を話しかけて止めた。それが一番気にさせるのに。
「それよりもです。今の貴方の空間操作なら可能になりましたが…記憶喪失直後の貴方なら結界から友人は出せなかったでしょう?貴方は今の育った情緒でどのように世界を変えますか?…やはり世界を元に戻しますか?」
「今ならこの壊れた世界を造化デバッガーとして修整出来ますよ」
それが本来のあるべき姿。しかしランバは首を横に振った。
「世界は遺漏とオミッションに塗れるこのまま。自分たちで世界を復興させる。この世界をなかったことにするべきじゃない」
流石のアンガシャもニコニコ顔から真顔になった。
「…このような答えを出すとは…何をもってして混沌をもたらしたままにすると?」
ランバはアンガシャの質問に当然のことのように答える。
「アンガシャ様が始めたこと。それなら私は私のしたいことをする。不公平だから」
(多分ケモノが居なくなるのが嫌なのもあるよな絶対)
花菜は密かにそう内心考えている。ランバは匂いに敏感だから良い匂いがするケモノがいなくなると不安に感じるのかもしれない。
この壊れた世界を一から直したくない。最低なことをだが。
「死人を生き返らせるなんてアンガシャ様はできるでしょう。でもしない。それを一回でもしたらほかの死人に対して失礼だし収拾がつかなくなる。生と死の境界がなくなる。不公平極まりない」
そういう事だ。この世界を直したら壊れた世界が原因で死んだ人をどうするかで揉める。アンガシャはそういう公平さの事で生と死のバランスを取ろうとしている。ランバ自身、自分の罪をなかったことにするのは逃げるのと同じだ。
「……そう…ですか」
顎に手を当てて少し考え込む仕草をするアンガシャ。
「直そうにも…一度この世界を破壊しないといけないと。作り直したら…ランバとの出会いもなかったことになりますし…新しい貴方達が生活するので記憶も無い。今の貴方達は消えるということにしたいのですね」
本当は平和な世界に戻すのは容易いのにこのままにしたいんだと。敢えてアンガシャは『そういうこと』として話を進めてくれている。
「無意識、獣人、ドラゴン、異能力、オカルト、神話。素晴らしいじゃないですか。この世界に新しい要素が組み合わさり人々はより内側を見るようになりました」
「言うほど見てたか…?」
一樹は人をより見た目で判断するようになったと考えている。見た目で差別されたり遺漏の強さで怯えられたり…。やはり直に体験しないとたとえ神でも分からないのかもしれない。
(もしかしてこいつ…思ってたよりアホなのか?)
一樹が訝しみはじめたときアンガシャはトモシビに声をかけた。
「トモシビ、結界を変えましょう」
そう言うとトモシビは「はい」と返事を一つ出した。
「私はありのままを観察したいので基本干渉はしません。好きにしていただいて良いですよ」
ランバは神の眷属である以上事実上の不死だからほっといてもいいというスタンスなんだろう。上から目線が鼻につくが。
「ウツシビ、ランバのサポートは任せます。この子一人では世界の秩序を戻すのは少しばかり荷が重いかもしれませんので」
ウツシビをランバのサポーターとして同行させるらしい。ウツシビはその異形の燃える頭を下げて挨拶をする。
「ランバ、よろしくお願いします。…そうですねカグライとランバ…合わせるのならどう呼びましょうか?」
「カグライを苗字にしたら神儡ランバ?
「それともオダマキ…」
「ランバがいい。苗字とかは好きにして。私は『ランバ』だから」
「失礼」
(ワタクシも…神儡ウツシビと…いや)
ウツシビは自分も同じ苗字を名乗るべきなのではと思ったが言葉にするのは止めた。
ランバは仲間を見渡し一息つく。自身の出生のいざこざも次の目標も決まった。取り敢えず…可も不可もない結果だ。今は…この結果で満足するしかない。
ただ…
ただ一つ、もどかしい。力で勝てない。次元の違う存在。
1発くらいぶん殴ってやりたいが殴ろうとしたら避けられる。殴らせろと言ったら喜んで殴らせてくれるだろう。それでは溜飲が下がらない。
全員で空間を抜けあけぼのクラブに帰る。
私はその間もアンガシャに対する復讐を考えていた。復讐なんてやっても気持ちよくなるがあとから後悔すると言うのに。
それでも何かしたい。復讐じゃない方法を考える。アンガシャの傀儡じゃない私のアイデンティティを示してやりたい。
空間を抜けた後ウツシビに話しかける。
「ウツシビ」
「今の私の人格が人間の20代として人間のように寿命を迎え死に至るように作り替えて」
ウツシビは生き物を作り出したり操る力を持つ。それを使い人間と同じ人生を送りこの人格は生涯を終える。その後はまた新しい人格が造化デバッガーとして生きる。その新しい人格がどの様な道を選ぶのかは私の知るところではない。もしかしたら私と同じく人間と交流するかもしれないり
「相わかりました」
これはアンガシャへ示す自己顕示であり私の尊厳の維持だ。




