2話【あけぼのクラブ】
『あけぼのクラブ』に着いた時には夜が見え始めて暗くなり始めた頃…逢魔時だった。
「お帰り…あぁ、大丈夫ですよ」
開口一番そう口にした彼女は私という新しい存在を見慣れたように言う。この屋敷では私のような迷い子は珍しくないのだろうか。…いやそれとも血と土で汚れているから『大丈夫』と言って安心させようとしたのか。
まるで私の悩みを看破した様な口振りだ。
「あの人は立山千春16歳の最年少だよ」
緑色の髪の毛にオレンジ色のピアスが目立つあの子が最年少…。
リビングの中心に目を向ける。中心にある柱の中には空洞がある。そこに花が飾られている。ただよく見ると造花のようだ。
「それ、知り合いの人に貰ってさ。『オダマキ』って名前の花だよ」
「あの、貴方の名前は?」
千春が私の名前を聞いたが…私は私を知らない。
「ごめんなさい。わかりません。…記憶喪失で…」
そう言うと彼女は気まずそうに小さく「ごめんなさい」と謝った。何も嫌なことではないのに。私自身の問題なのに。
「あ、そうだ。まだ名前決めてなかったね」
双が見兼ねて明るい声を出した。
「オダマキはどう?」
ちらりと造花を見やり丁度いいかとら仮の名前をオダマキに決めようとしている。
『オダマキ!』…そう呼ばれても…なんか、しっくりこない。自分の感覚だから他の人には呼びやすいかもしれないが。
「なんか…苗字っぽくない?他人行儀っぽい……いや敬語だから今も同じか」
千春も私と同じ考えなのか却下した。
「オダマキはコランバイン…とも呼ばれているけれど…」
「コランバイン?…コランバイン…コラン…」
何とか納得できそうな名前を考える。別にこの花に執着せずに呼びやすいものを考えれば良いものをムキになって考え込んでしまう。
「ランバ…ランバは?なんか楽しそうじゃね?」
まぁ…呼びやすそうでいいかもしれない。
「なら、ランバで」
晴れて私の名前は『ランバ』となった。
風呂は当然男女別なのだが…私はどちらを使えばいいのだろう。
「ランバって…性別どっち?」
そういえばと着替えのサイズを調べる為に二人が私に顔を向けた。
「私に性別はないよ」
その言葉で私の異質さが浮き彫りになったようだ。
「………まぁ…獣人もいるし私達も髪とか目の色が変化してるから…今時ありえる…のか…な?」
千春が頭を悩ませる。
私が人間ではなくオミッションであるという可能性…否定できない。よく考えれば当然の可能性だ。
「私が人間でないのなら…私は此処にいるべきではないのでは」
「いやいやいや!此処は誰でも受け入れるし!てかオミッションって人間に敵対的だし!」
人狼みたいなあの獣人の二人組を双は指差した。
「あの2人は兄妹なんだよ。見た目のせいで迫害されて…そういう人達も保護するのが俺等の役目だ。因みに食事は問題無いよ!」
香しい匂いがする。焼きたての焼き菓子のような。これを言うと失礼だろうから言わないが。
いやそれよりマズルとかあって見た目肉食獣なのに食事は人間と変わらないのは便利なのか不便なのか…。
やはり見た目が違うだけで差別の対象になるのか…。問題は根強い。
…『やはり』?記憶喪失なのにこういう自分以外の事は分かるのが逆に気持ち悪い…。
「それより服は兼用のでいいか…パジャマっぽいけど…今着てるの洗濯終わったらまた渡すね…シャワー室とりあえず使って」
着替えとバスタオルを手渡されシャワー室に入れられた。
脱衣所にある鏡を見てみる。
血で汚れているが汚れていない部分を見ると白い。ケープのようなものを掛けて包帯のようなシャツ。怪我はない。コルセットのようなズボン。髪の毛はセミロングで左目の目元にホクロがある。首に黒色のバツ印の模様が付いている。
体の骨格…鏡で見た分には肩幅は女性の様に狭く腰辺りはくびれ等から男性に見える。骨格は男女どちらとも取れない曖昧さ。私の自認については無性。
だからってそれで人間じゃないとは言えないが…問題はもう一つにある。
首から下にある人間の生理現象に必要な機能が何一つない。くびれの中心に哺乳類にある臍のかわりに無用な窪みが見られる程度。ここまで来ると私の身体は人型である必要すら無い気がしてくる。
ここまで生物に必要な器官がないと人間どころか生命とはは言えない気がしてくるし…私は何なんだろう。オミッションじゃないかと考えたがオミッションは人間に敵対的と聞いたから違うだろう。
あの獣人の兄妹のように人と違う姿になったタイプの遺漏者か。
「瑕疵だぁ…」
記憶の欠損とは此処まで精神を削るのか。
シャワーを終えてリビングへ向かうとソファに双が座っていた。彼もまた着替えを終えて髪の毛が湿っている。
「ランバ〜」
手を振り気さくに微笑んでくれる。
彼の隣に座っていると此処に住む人達を紹介してくれるらしい。顔合わせしないのは彼等なりのパーソナルスペースに気を使っているのだろうか。
「明日アメトリン案内するから」
アメトリン。たしかあけぼのクラブと提携している集落。此処とは違い家族が揃っている人達が集まる集落らしいが。
「此処にいる人は皆家族として接してるし。敬語がいいから敬語を使う人もいるけど基本ランバは敬語使わなくていいと思うよ」
「わかった」
そっちのほうが私的に仲良く感じられるからそうしていこう。
「あそこにいる人はブレナン・シモンズ。いつもマフラーを着けている。」
眼鏡をかけている黒人の青年。双曰く旅行中に結界で孤立した所を保護されたらしい。
彼が自分を紹介されているのを察知して近づいてきた。
私は無意識に失礼な聞き方をしてしまった。
「…アメリカ人?」
「カナダ人!!…まぁ両親はアフリカ系だけどね。俺が住んでた所はカナダだよ」
苛立ちを隠さない。会う人会う人にアメリカ人か聞かれるのだろうか…日本人はまず外国人と分かるとアメリカと聞くのがよくある流れ…なぜか記憶にある。
「ごめん…」
「…国はわかるんだね…自分のこと以外は意外と記憶に残ってるみたいだし…」
「致し方ない」
そう返すしかない。しかし彼はどうにも観察眼が鋭いように感じる。
「此処のオーナーの代わりに色々スケジュール管理するくらいには頭いいし信頼されてるよ」
と双が言うとブレナンはマフラーで口物を隠して目を逸らしてしまう。
「あら」
照れ屋だったか。
彼はその後つらつらと名前と特徴を解説する。
「珠美鈴彦。赤い目に白い髪の毛で分かりやすい」
「イタリアと日本のハーフの石黒シズ。あまり部屋から出ないから会えるかは運次第」
「獣人の兄の方丁香敦己超問題児のふわふわ」
「その妹まひる。兄のストッパーのふわふわ」
「三井津花菜家事を進んで担当するけれど口が悪いピンク髪」
「檜山荒見『あけぼののばっぱ』って呼ばれてる。此処のオーナーだよ。半纏をずっと着てる」
一通り話し終えると双はへへへと笑う。
「これからここで過ごすから急いで覚えなくていいよ〜俺だって覚えるのに一ヶ月かかったし」
「ありがと…でも私が来て迷惑とかない?生活には色々と必要だし……一ヶ月?」
人の名前を覚えるのが苦手だったりする?
双は全く問題ないとばかりに両手を振る。
「前と生活は変わったけれど意外と暮らしは良くなってきたから問題ないよ。迷惑なんてとんでもねぇよ」
「花菜は水を遺漏で出せるしインフラは慈善企業が色々助けてくれるからさ。遠慮しないで」
双が言うなら…甘えさせてもらおう。厄介になるなら私なりに何かお返しをしたい。
そんな事を考えていると外で気色の悪い音が聞こえた。
金属と滝が落下した時のあの激しい音が混じったような音。玄関の扉を開くとオミッションよりも何か生理的恐怖を覚えるクリーチャーがいた。
「な、何あれ…気持ち悪いっ!」
千春が顔を顰める。
第一印象は赤いエビ。トゲのついた顔…それよりも体の関節がグチャグチャした物体という感じだ。空が宙に浮いている。
オミッションとは違う何かと言うのは分かる。それくらい気配が気持ち悪く生理的に受け付けない。
「なじょした?」
廊下から現れた薄い紫色の髪の毛、半纏を着た老婆。荒見だ。
「ばっぱ!大丈夫!私達が片付けっから!」
そう言うと千春と双があのクリーチャーに向かっていく。ブレナンは荒見を部屋の奥へ向かわせた。
私は二人を追いかける。
すると電気の激しい音に加え炎の燃える音と光が目と耳を刺激した。
「捕まえた…」
千春が地面から生えた提灯から炎のムチのようなものを飛び出させクリーチャーを絡め取る。それに双が電気に乗り突撃し身体を抉った。
「はぁああ!?」
千春が驚愕の声を漏らす。
抉れた部分から大量の緑色の棘が溢れブーメランのように飛び出した。
「あぶねっ」
双が電気で躱しバチバチとブーメランに電気が当たる。すると動きが少し遅くなった。
「……渦電流?」
私はその光景を見て少し考え込んだ。鉄とか、アルミみたいな素材なのか?あれは…純粋な生命体と言えるのか?…私達が知る生き物の範疇に収まらない存在なのか?
「よっしゃ、ラッキー!!千春、抑えてて!」
がし、と遠慮なく掴みあの謎の生き物に投げ返した。
逃げようとするも千春の拘束から逃れられない。その上熱により痛みを感じているようだ。
ブーメランにより頭らしき部位が破損し消失した。
「怪我は?」
私が二人に駆け寄り見るが特に怪我はなかった。あの生き物の事はわからないが2人は戦い慣れているようだった。
「千春の遺漏は『提灯お化け』なんだよ〜。めっちゃ使い勝手良いし強いんだよ」
まるで自分のことのように語っている。
実際提灯お化けは知名度が高いから強いということだろうか。集合的無意識由来の力なら納得だ。
改めてあれはなんだったのかリビングに戻り話をしようとすると一人の男が玄関から入ってきた。それを見ると双が目を輝かせる。
「一樹兄さん!」




