13話【頭替え】
願うだけなら好きなだけ願う。でも何も解決しない。
『現実は非情』
そう言っていた卯木は今絶望している。
絶望に打ちひしがれ俯いた卯木。それでも彼女はまだ結子を求めていた。結子が望んだ差別されない世界。そして結子への敬愛。全て今も持ち合わせているからこそ世界に存在している。
「そう…現実は、世界は…上手くいかないことばかりで……私も自分のことが知りたいだけなのにこんな事になって」
手を伸ばす。届かない理想には届かないが…私はその手が丸い空間に吸い込まれ空間が歪みエラー化したシズの母に触れた。
縛られ傷だらけの彼女の体が空間に巻き込まれ体が切り刻まれる。しかし最後は人の形に戻って苦しみから解放されたかのような顔をしてシズを一目みてから息を引き取った。
私の力は…空間に関係するものなのだろう。私の在り方を悟った。あのエラーはこの世界のバグだ。それを通じてようやく空間の存在の仕方を把握した。
感触は触れた時だけ。でも、仲間の家族を葬った。異形だったからとか凶暴で自我がなかったからとか色々な言い訳が頭を巡る中シズが一言肩に手を置き絞り出すような声で言った。
「ありがとう」
ありがとう…。それは人に戻してくれたからということだろうか。解放されたからか。私はその言葉を素直には受け取ることができなかった。
――――
残り二体は傷が癒えていき動きを速めた。身体を動かし確実に息の根を止めようとしてくる。
旬の疾風が当たり前に一樹は電車を立て替わりにする。
鉄の塊がズタボロにされている。それに結子にも当たったのか巨大なエラー2体が殺し合い巻き込まれそうにもなる。
電車を動かし突進させるも触手に押しつぶされてしまう。
急激な吐き気。結子の力か。『欺瞞』『不実』『不正』『失望』を働かせる催眠。
ランバは手を空間で移動させ結子の頭の目を潰した。
身体を足で蹴り飛ばす。
「……っ」
千春が火で結子を燃やし能力を使わせないように最大限警戒している。
「鈴彦…苦しいなら部屋を出ていってくれ」
「…いえ、妹の死に目にいないと…また寂しがります」
鈴彦はそう言い壁に背を当てて涙を零した。
「旬って人は…」
あれは『半端』なエラー化。元々遺漏がバグを起こして歪になっていた肉体がエラーを起こした。だからまだ、
瞬間移動で近づき触れる。
旬の身体がゴキ、ボギゴキと嫌な音を立ててバグったCGポリゴンのように不自然な挙動を見せる。ゴリリリ、と機械のような不自然な音を立ててバチンと色彩が狂ったかと思えば人の姿に戻り倒れて呻いていた。まだ、生きてる。
「……っ」
ランバは気分を悪くしへたり込みながらも旬を安全な場所に移動させようとした。その時鈴彦が肩を貸して手伝い反対側に移動した。
「お疲れ様です…」
「………あり、がとう」
ランバは壁にもたれかかりながら旬の様子を観察する。怪我も異常もない健康な姿。
――――
「鈴彦に家族を殺させない」
シズは燃えながら這い回る結子の腹らしい部分を蹴りつける。
その一撃で腹からバキンと骨が折れる音が響く。
ドロドロと足の代わりの箱から液体が溢れる。
危険なものだと瞬時に察した。
引き下がるとそれはじゅう、と音を立てて床を溶かしていく。煙すら有害なようで目が痛くなる。
「結子…」
「駄目…!」
鈴彦が手を伸ばしたがそれをランバが抑え無理やり空間を切断した。この壊れた世界でせめて家族を手に掛けるのは止めさせたかった。正義だとか偽善だとかそういうのじゃない。ただそうしたかった自己満足。
結子はエラーの姿のまま息絶え身体が消滅する。
息を荒げランバは周りを見渡す。
結子が死ぬのを目撃し卯木瓦礫の破片で自身の遺漏の能力のテラトマ体を傷つけて自傷をしようとしていた。
それをランバが自身の手で防ぎ瓦礫の先が壊れる。
「やめてください…」
卯木はもう一度振りかざそうとして…止めた。
「私も、私も裁かれるべきです…」
「結子様を悼む人が殆どいないのはそれだけ憎まれたからでしょう。死んで清々する人もいるでしょう…でも、私は結子様の死を悲しみ続けたいんです」
しばらくの沈黙の後再び口を開いた。
「催眠なんて私はかけられていません。私の事だけは信頼してずっと頼ってくださいました…」
余りにも痛々しい共依存。それでお互いが救われていたのはこの厳しい現実のせいなのかそれとも個人の性なのか。
「…それで目の前で自傷されたら困るんですよ」
ランバにとっては仲間を沢山の人を傷つけた人。鈴彦の妹という認識でしかない。しかし此処まで慕われた人徳自体はちゃんと存在していた。
――――
包まれた4人を見る。
自衛隊員2人、アメリカ軍人三人。合計五人今日は亡くなった。
「……ほんと毎日辟易するよ」
東京はもう死人だらけ。火葬が間に合わない。それにオミッションの数が異常に多い。
自衛隊員の鷹林松実は共に行動している在日アメリカ軍人と共に行動している。
殆どの自衛隊員や在日アメリカ軍人は国の体を成すための建物や御用人の守護に徹しているが独自に動く者もいる。彼女らはその数少ない人物達だ。
それを推し進めた在日アメリカ軍人連隊長大佐のデレック・オルティスはラジオの音声を聞いていた。
『仙台にある陋能転国は新たな運営体制を整え…』
「……此処を片付けたら仙台に行く」
と低い声を出した。
彼の姿は異形のメンフクロウであり一見するとオミッションと勘違いしかねない。
部下である在日アメリカ軍人タニア・キャンベルとウェズ・アップルゲイトはその言葉に目を見開く。
「え?こっから東北に!?」
「あら、まぁ…」
ウェズは首を270度回転させ2人を見やると「そうだ」と肯定した。
「まぁ…貴方がいなけりゃ成立しないですし…了解です。」
松実は面倒くさそうだと思ったが此処にいつづけたら頭がおかしくなりそうだと東北旅行の気分で行こうと無理やり思考を明るくした。
デレックは陋能転国の『エラー』という言葉に関心が向いていた。
――――
陋能転国の頭は責任と共に消え去った。
卯木や歩達が結子に代わり陋能転国を運営することになっている。
陋能転国が無くなれば生活がままならなくなるという理由で組織自体は消えなかった。
人見がその事をアピールし陋能転国での一件は幕を閉じた。臓器移植はできなくなったが人一人を潰して運営するのは流石に致し方無いだろう。
結局私の記憶はなにも解決しなかった。
いや、陋能転国の負の側面は潰えて人を救えた。しかし陋能転国は善の部分も確かにあった。それが潰れれば今後日本のインフラに問題が出る。
私達はちゃんと正しい事をしている。…人を殺してはいるのだが。それで良くなって本当に正しいとは言えない。
この世界では善も悪も完璧にジャッジできる人間などいない。
頭を横に振り私は自身の記憶の問題に戻る。
記憶…私の記憶…。
『…貴方…人なんですか?』
思い返せば僻地で倒れていたところを見つけてもらうのって…おかしい。普通あんな影にならない所で目立つだろうに。ずっと放置されていたかのように砂をかぶっていた。双が見つけてくれたときも特段腹は空いていなかった。体調が万全。
考えれば考えるほど私が人間という枠からはみ出た存在だと実感してしまう。
「機械…壊れて使えねぇなんてさ」
まひるは机の上に乗っかった機械【記憶の雫】をネイルの付いた鋭い爪でつついている。
鈴彦は妹の死を経験し、喪に服している。暫くそっとしておいてやろうと皆の中で暗黙の了解になっていた。
人見はいつの間にかあけぼのクラブに居座っていた。元々世界中をぶらついて情報発信をしているからなのと此処に『まだ知らないこと』があるかららしい。
双は本物の人見を見て嬉しそうにはしゃいでいて花菜に窘められていた。
「あ、連絡」
電話のように陋能転国からの連絡を受信している。
卯木からのようだった。
『もしもし…?あ、これ言うの久しぶりだ…。えっと…聞こえてる?』
「はい、聞こえてますよ」
千春が返事をすると安心したような息遣いが聞こえた。
『正元の…あの機械…直せるかもしれない人知ってるから…教えとこうと思って』




