32.神託の真実
『わたしがわるかった。たのむ、たすけてくれ!』
喚き散らかす『神』に『剣』を突き付けて質問する。
『クラヴィスは無事ですか?』
『ぶじだとも、このさきのじしつでたいきしている』
醜く肥え太った『神』を置きざりにしようとした僕は、警告に足を止める。
「やさしさは美徳だが、わたしは神をこうげきできない。むぼうびなきみを守ることはできないんだ」
それは、『神』が不意打ちを狙っていると警戒した騎士の警告。
信じたくないが、その可能性は一理ある。
『まてっ、わたしはていこうするきがない!』
「言葉では、なんとでもいえる」
冷たく突き放すのは当然、それなりの理由があるに違いない。僕は、クロムさんを信じて立ち尽くす。
『なら、わたしののうりょくをそのこどもにあずけよう。そうすれば、わたしはむりょくになる』
『能力を、僕に渡す?』
『そうだ。おまえはつよくなり、わたしはよわまる。わるくないていあんだろう?』
「私ははんたいだ。そんなうまい話は信用できない」
『僕は───信じてみようと思います』
『けんめいなせんたくだ』
美しい恩恵の結晶。
その幻想的な球体が、僕の体にふわふわ近づき、僕の額に触れて、
─体内を燃やすような痛みが走る。
『があっ!?』
『神』の『能力』は『天地万物』。存在する99%の『スキル』を保有するというもの。
つまり、『情報』が『大量』の『暴力』となって押し寄せていた。
脳に収まりきらない情報が、『激痛』に変わる。
そして。
ピシリッ! と。
何かが壊れる音がした。
『あ゛』
駄目だ。
駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄。
壊れた意識が、無駄な思考を繰り返す。
そして、一瞬、エリシアの顔が脳裏をよぎった。彼女のスキルは恐らく『複製』。
壊れた思考回路を複製して繋ぎ止める。
情報が多すぎる。『転移』のスキルがあったはずだ。余計な能力を何処かに移そうと試みる。
─適正な器は『頑丈な石板』。
どれだけ刻まれても壊れることのない、『奇跡の石板』。
そこに、持てる全てを注ぎ込んで、『情報』を刻み込んだ。
次に『転移』と『強化』の合わせ技。
転移だけでは駄目だ。過去に送れない。何故過去なのか、それは処理時間に所以する。
石板に刻まれた『情報』は、壊れて文字化けしてしまった。
再度使用可能状態になる迄、情報を整理する必要がある。そのための時間が必要だった。
だから、過去に託した。
そして、僕の『意識』は完全に途絶え、石板が床に転がり落ちた。
「マルス!?」
『ヴァカめ! わいしょうなみで、かみのすきるにたえられるわけないだろうが!』
笑い声が聞こえる。
耳障りな声が、目覚ましとなって、僕を起こした。
「まったく、危うく死ぬ所だったよ。うまい話はない、心理ですね」
『な、なぜいきている!?』
「全ての能力を修復して、学習を終えるのに人生二週目を経験してしまった。あなたの言う通り、強くなったんだ」
『えとくしたのか、すべてのスキルを?』
「もちろんです。今では『奇跡の石板』の補助なしに全ての『スキル』を扱える」
『ぐああああああああああっっ!?』
重圧で『神』を固定する。
動けない神を尻目に『神託の石板』を拾い、表面を撫でる。
それは全ての『スキル』が印された最強の石板。
「ありがとう。僕を、僕自身を守ってくれて」
「君は、マルスなのか?」
「理論上はそうなります。ですが、石板から意識を移したのはたったいまなので、十分前の僕では無いですね」
クロムさんの肩に手を乗せ、『黒』を回収した。
「君は、化け物か?」
「クロムさんほどではありませんよ」
謙遜して、『神』に向き合った。
代償は、払うべきだ。
パチンッと指を鳴らし、協力者を呼ぶ。
「お久しぶりです。妨害してすいませんでした。クロノスさん」
【マルス。時を越えたのか】
「はい、あなたに存在が発覚しないように妨害しました。ですが、いまは正常な時間軸にいます」
【今の君に罪はないと言いたい訳か。確かに、パラドックスは存在していない。これでは、私の裁きは対象外だ】
わざとらしく肩を竦めたクロノスは、実際、罰する意思は無さそうに感じた。
「『神』の王について、処遇はあなたに任せます。いつでも消せますので安心してください」
【末恐ろしいが、安心させて貰うよ】
去り際に、ひとつだけスキルを発動する。
それは【意思伝達】のスキル。
【心に直接呼び掛ける必要あります?】
【これは職業病だ。気にしないでくれ】
扉をあける。螺旋階段が地下へと誘う。
拐われた姫君を助けに向かう。
扉の鍵は意味をなさない。
『解錠』のスキルで、解錠する。
ガチャ。
「ふぇ?」
天蓋付きのベッドで、ポテチを齧りながら、漫画を読む姫と目があった。
パタンッ!
仕切り直そう。一、二、三。
もう一度扉を開けると、そこにはベッドに腰掛けるクラヴィスが、悲壮感漂う雰囲気で途方に暮れていた。
「迎えに来たよ」
「マルス! 助けに来てくれたんですねっ」
「一緒に帰ろう、クラヴィス」
その手を取って、階段を掛け上がる。
レグナリア王と光の王は一旦、クロノスに預け、帰還の準備をする。
レグナリア王を見捨てた訳ではない。
いつでも来れるようになった為、無理して残る必要なくなったのだ。
「【ヒール】」
『回復』のスキルで、次元の亀裂を縫い合わせる。放置はどの世界にとってもマイナスでしかないと判断した。
「行くよ!」
「はい!」
「頼む」
帰宅手段は転移。一瞬で移動する便利な『スキル』。
ピラミッドから見下ろす景色には、百を越える『勇者』達が、厳戒態勢を敷いていた。
「「マルス!?」」
「居なくなったから、心配してたんだぞ!」
「ごめん、ちょっと急用があってね」
「...お前、成長したか?」
「分かる? もうリクじゃ相手にならないよ」
「抜かせ。俺はまだ、本気を出していないだけだ」
不適な笑みを浮かべ、最戦を誓った。
僕らは友達であり、好敵手だ。これから先もそれが変わることはない。
特に人との隔たりを実感している今、そんな関係がとても有り難く思える。
大切にしたい。そう願った。
「行き先は、『勇者村』でいいかな?」
「そうだけど、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫。問題ないよ」
百を越える『勇者』たちが、一斉に姿を消した。
「ヤバい、俺勝てないかも」
「弱気になるのはまだ早いんじゃない? 本気出すなら本を読もう。たとえば、この最強の石板とかね」
「こんな文字、読めるか!!」
石板の文字化けは敢えて残している。
これが誰にでも読めるとなると、いつ『災厄』が訪れてもおかしくはないからだ。
それに、手放すつもりもなかった。
もはや、大切な家族。それくらい愛着心が湧いている。
久しぶりの『勇者村』は『村』というより『街』といった様相に変わっていた。
短期間に急成長したのは、『天才』エンジニアの防衛システムが、流通の幅を広げたからだとすぐに情報を得ることが出来た。
拠点ともいえる建物に停車する自動車を見て、なるほどこれが噂の防衛システム搭載車かと手で触れた、その時。
「待って! 触っちゃダメ!!」
「え?」
電撃が全身を駆け巡った。
土の焦げる匂いが、辺りに充満する。
「そ、そんな...」
「凄い威力だね」
「え、生きてる? ...そんなわけない、ワイバーンさえ一撃で仕留める威力なのよ!!」
「そんな凄い威力ならもう少し取り扱いに注意した方が良いと思うよ?」
子供が触れる場所に置いては行けない。
杜撰な管理はダメ、絶対。
しかし、この技術があれば、モンスターの脅威に悩まされる心配はなさそうだ。
僕は、いや僕らがいなくなっても、きっとこの世界の平穏は保たれるのだと、確信する。




