03.ダンジョン学園 前編
「ごめんなさぁあああああいっ」
孤児院の管理人兼『シスター』である少女、マリー・ゴールドは少年を見下ろしていた。
上目遣いで瞳を潤ませる少年。
映るのは眉を潜め、きゅっと結んだ唇。
怒っていても分かる端麗な容貌。
ショートに見える銀髪は長い髪を三つ編みにして纏めている。スラッとした黒い修道服姿はまるでお人形のように綺麗なシルエット。
床ギリギリまで伸びるスカートは、腰から二つに裂け、艶やかな太股を晒していた。
そのおみ足から感じるのは、恐怖。
清楚でか弱いイメージの彼女は男性に言い寄られることが多い。
僕と買い物に行ったときもそうだった。
彼女は基本的に、優しくお断りする。
「神に奉仕する身は恋愛禁止」これは周知の事実。
けれど、それでもしつこく迫る者、時には暴力に頼る者が一定数いる悲しい現実。
そんなときはいつも蹴りが跳ぶ。
華奢な見た目からは想像できない脚力で、衣服を切り裂き、地面を砕いた。
故に、彼女に恋人の類いはいない。
そんなこんなで鍛えられた足は、敏感にマルスのポケットにある銅貨を察知した。
マルスの敗因は、彼女にしがみついたことだ。
謝罪の言葉と共に額を床に着ける少年。
ジャパニーズ土下座、それは異世界より伝授された究極の謝罪方法。
【騾�£繧九′蜍昴■】
神託の石板に書かれた「逃げろ」の意味がようやく分かった。
けれども、気付いたときにはもう遅い。
「問題は起こしていけない。約束ですよね?」
「はい、反省しています」
ポケットの銅貨からバレた僕の商売。
警備隊に受けた厳重注意。
それは、詐欺、クレーム、税金、金銭目的の誘拐など様々な問題を誘発する可能性があると指摘された。
軽い気持ちでやっていいことでは無かった。
もう一度、反省する。
「まぁまぁ、マルスも悪気があった訳じゃないんだ、許してやろう」
持ち上げられたフライパンから聞こえるジュウジュウ肉の焼ける音。
騎士団長よりもコックと言われた方がしっくり来る、エプロン姿のクロム。
そして、室内に漂う油の溶ける甘い匂い、スパイスの香ばしい匂い。おいしそうな香りが鼻腔を擽り、空腹を刺激する。
しかし、まだお預け。
─僕の説教が終わるまで。
なぜ、騎士団長であるクロムさんが夕食を作ってくれるのかと言うと、単純に巨大なムーンベアを解体・調理出来る者が居なかったのだ。
彼が持つのは煮てよし、焼いてよし、冷やしてよしの万能型『スキル』。
極めつけには戦闘もこなせる優しい騎士団長。一家に一人は欲しい。
決して、口には出せないけどね。
「マルスが学校に通いたいのであれば、問題は既に解決したようなものじゃないか」
「ちょっと、クロム!」
「マリー、彼には真実を話した方が良いだろう」
シスターマリーは口を噤む。それを肯定と見たクロムは話を続ける。
「実は、教会から孤児院へ入学資金が援助されるかもしれないんだ。私は、その対象を見定めに来た。」
願ったり叶ったりの提案に、手放しに喜ぶことが出来ない。
明らかに乗り気でないシスターの様子。
良いことばかりではないのだろう。
「何か...条件があるのでしょうか?」
「条件は簡単さ。『入学試験に受かる』こと、それだけだよ」
良く分からなかった。それは、悪いことではない。深まる僕の疑念。
「最初に言ったように『援助』だからね。表向きのデメリットは存在しない。でも、君の成績は後世に影響を与えることになる」
シスターが悩む理由。
それが少しわかった気がする。僕が失敗すれば援助は打ち切られ、エリシアは学校に通えなくなる。
エリシアだけじゃ済まないかもしれない。
つまり、僕の選択や行動が他人の人生に左右する。
落ちる訳には行かない、相当なプレッシャーだ。
けれど、僕の決心は決まっていた。
「僕は、学校に通いたいです!」
貴族や有名人の殆どが学校卒業者。
つまり、金を稼ぐには学校に通う必要がある。
僕は、金を稼いでボロボロの『孤児院』を立て直す!
自分の理想の将来を思い描いた。
...金貨お風呂で寛ぐ姿を想像したのは皆に内緒。
─結局、僕の意思は尊重されることになった。
明日から、試験に向けて勉強しなくちゃ!
その前に、エネルギーチャージ。
皆で手を合わせて、お祈りする。
「「「「いただきます!」」」」
口の中で弾ける濃厚な肉汁。
噛まずに溶けて無くなる脂身。
止まらないフォーク。
豪華な夕食の時間は、あっという間に過ぎ去った。
Ж Ж Ж
入学試験。それは対策が重要。
早い者は数年前から準備しているらしい。
僕は、何をすれば良いか分からなかった。
【縺ェ繧九h縺�↓縺ェ繧�】
「なるようになる、じゃあ駄目なんだよなぁ」
試験に掛かっているのは、自分の運命だけじゃない。楽観視して努力を怠るのは愚者の特徴。
金持ちは賢い人がなるものだ。
だから、本を読むことにした。手に取るのは『猿でも分かる魔法理論初級』
よかった...僕は、猿では無かったようだ。
「へぇ、勉強とは感心だね」
「クロムさん!」
気配も無く、背後から現れたのは全身鎧の男性。
兜で隠れている顔立ちは、堀の深い彫刻のように整っていて、特に透き通る碧眼は奥に虹を宿し、見るもの全てを惹き付けた。
それでいて意外にも親しみ性格なものだから、市井の人間にファンが多い見たい。
天から二物を与えられた者。
そんなクロムさんは僕に用事があるようだ。
それは、もちろん『学校』に関すること。
「マルス、君の援助が決定したよ」
「ありがとうございます! ちなみに、どこの試験を受けることになるのでしょうか?」
「ダンジョン学園だ!」
「え?」
あまり聞いたことが無い名前だ。教会からの『援助』だから、教会学校に受験するとばかり思っていた。
でも、正直嬉しい。僕にあるのはダンジョンについてもっと知りたいという純粋な興味。
あの日、死にかけながらもその奥地で『神託の石板』に出逢ったから。
「試験日はいつですか?」
「明日だ」
「え?」
「明日、このパンフレットに従って試験を受けてくれ」
「えぇえええ!?」
どうやら、本当に人生はなるようにしかならないらしい。準備をする時間は、無さそうだ。
Ж
人々の溢れる大通りを歩いていく。
年の頃が近い少年・少女が向かう先は同じ。
メインストリートを過ぎ、細い路地裏を抜けると不思議な門に群がる受験生達。
花冠のように連なる門は横方向に回転している。
花びらのような構造の門は地下から生え、地下に潜る。
そして、目を凝らすと毎回変わる門の内側。
不正解の門を潜ると、試験会場に辿り着けないようだ。
正解を指し示すのはパンフレット。
説明文には『白い旗が見えたら門を潜るように』と指定されていた。
また二人、門を潜る。動く門には時間制限がある。
全員が通行出来る仕組みではない。
順番待ちで列を成すのは、必然。
でも、僕は悩んでいる。
究極の選択を強いられていたのだ。
手元には正解である筈のパンフレットと異なる指示を出す『神託』の石板。
【襍、譌励′隕九∴縺溘i荳贋ク贋ク倶ク句キヲ蜿ウ蟾ヲ蜿ウBA逶エ騾イ】
「門に赤旗が見えたら上上下下左右左右BA
に進め?」
(あ、赤旗だ!)
僕は、『神託』を信じることにした。
僕が信じないで、誰が僕の『神託』信じると言うのだろうか?




