04.ダンジョン学園 後編
ダンジョン学園。探索の基礎知識や戦闘技術を育む教育機関。
史上初『人工ダンジョン』を内包した校内は、実際のダンジョンと限り無く近い体験をすることが可能。
また、卒業生が直ぐにダンジョン探索に向かえるよう、パーティメンバーの斡旋やアフターフォローも完璧。
全てパンフレットに記載された謳い文句である。
パンフレットが真実ならば、前回同様死にかける可能性が高い。
つまるところ、門の中は危険なダンジョンだ。
決断は一瞬、後悔は一生。
チャンスは何度も訪れないし、待ってもくれない。
だから、僕は駆け出した。後悔しないように、ダンジョンの入口へ。
人混みのなか、縫うように隙間を抜けて行く。
集団に発生した異物に周囲がざわめき立つ。
びっくりした表情で距離を開ける人が殆どの中、一人だけ立ち塞がるツインテールの青髪少女。
その表情は険しく、犯罪者を見るような冷たい視線が僕に突き刺さる。
「まだ通れないわ、順番を守りなさい!」
僕が順番を抜かすために移動していると勘違いしているようだ。
気持ちはわかる。横入りは、駄目、絶対。
そう、これが横入りならばである。
両手を広げ、通せんぼする少女の股下をスライディングで通り抜けた。
流れる景色、驚く少女の顔。
純白のパンツ。
おっといけない、シスターに怒られちゃう。
「ちょっ、まさか通るのですか!?」
「その通り! さようなら!」
勢いよく潜り抜けて、ギリギリの通過。
少しでも遅れていたら挟まっていたかも。
セーフ。
先程の喧騒が嘘のように静まり返り、鼓動の音だけが鳴り響く。
薄暗いフロアを見渡す。
ところどころ剥がれ落ちた石材が年期を感じさせる煉瓦造りの壁。鼻を擽る埃の匂い。
茶色一面になった門は動きを停止していて、その横に立てられた赤旗は力なく垂れ下がっている。
抜こうとしてみたけど、びくともしなかった。
ちょっと残念。
人類産のダンジョン。歴史はないはずなのにひしひしと感じる古臭さ。異様な雰囲気。
あえて、違いをあげるとすれば一箇所だけ。
モンスターの存在だ。
通常、ダンジョンは入口からモンスターの洗礼を受けることが多い。隠された入口の先にも当然、モンスターがいた。
人工ダンジョンは安全を考慮しているのか、今のところ生物の気配は感じなかった。
でも、ダンジョンを想定している以上、モンスターがいると考える方が自然だろう。
...気を抜かないようにしなくちゃ。
フロアに設置された階段を昇る。
その先は一直線の通路。足音が反響する中、全体を見渡しながら歩くが、扉のようなものは無さそうだった。
『神託』による指示は上だ。
しかし、天井をよく見ても規則正しく羅列された煉瓦が何処までも続いているだけだった。
天井のシミを数える。
角度によって様相を変える染みは、不気味な人面にみえたり、可愛い動物のように見えて探すのが楽しくなった。
そんなこんなをしていると、足元が疎かになるのは必然だろう。
...ガコンッ
「おっとっと」
縺れた足を小さく一歩、前に出して体重を逃がす。
...いけない、躓いてしまった。
不自然に凹む床を視認したとき、天井が軋みトラップが作動した。
─ここは仮にもダンジョン。気を緩めては、いけなかった。
「...急がなきゃ」
ガラガリガリガリと岩が擦れる音が響く。それに伴って徐々に短くなる天井。
挟まれればきっとただでは済まない。
僕は選択を迫られる。
引き返すか、進むかの二択。
神託は変わらず『上』へと導いている。
ならば信じよう。この先に道があると。
信じる者は救われる、とシスターに教わったのだ。
全力疾走しながら道を探す。
結局、一本道を真っ直ぐ進み、袋小路まで辿り着いてしまった。
そして、それは僕を試すかのように設置されていた。目線の丁度先。そこにスイッチがある。
正確には一ヶ所だけ盛り上がった煉瓦。
明らかな罠感。
押しても意味はないかもしれないけど、状況的に押す以外の選択肢は考えられなかった。
ちょっとだけワクワクしてしまう。
押しては行けないものは押したくなるよね?
押してみよう、ポチッとな!
「う゛っ」
─衝撃。
思わず声が出てしまう程の圧迫感が全身に押し寄せる。何倍にも増幅した重力に、立つことも出来なくなり、膝をついた。
─重力操作系の魔法を使ったトラップ。
聞いたことはあっても、対処法までは知らない。
トラップにも効果範囲はある筈だ。
這いながら、前に進む。一歩、また一歩。
範囲外を目指して。
しかし、圧迫感は次第に増幅し、とうとう力尽きて倒れ伏す。天井のトラップが命の砂時計のように、残りの時間を刻む姿が瞳に映った。
だが、結果的に、それが正解だった。
「そう言う、ことか」
体感二メートルほどある天井。
そこに、いつの間にか空いた穴。
見逃した覚えはないので、スイッチを押した後に空いたのだろう。
それは、探していた神託のルート。
重く、動かすことも一苦労な身体を懸命に動かす。
天井の穴は、体勢を変えてギリギリサイズだ。
折角見つけた希望も動かなければ通ることは叶わず潰される運命。
「ふんぬっ」
気合い一息。
まずは、大の字に両手足を広げ、右手を肘から上に曲げる。手首は直角。
左手は肘から下にして、両足をカニのように目一杯開いて曲げた。
天井が近付く度に、よじよじと細部を微調整。
ゆっくりと、天井は床の一部になった。
(...危なかった)
消失する圧迫感。
上半身だけ起こし、視線を泳がす。円柱状の空間。
中央にモゾモゾ動く、細長い緑色の物体。
モンスターだ。
刺に覆われた全身。
多肉植物特有のふっくらした胴体の中心から二本の腕が生えていて、上下に動いている。
大きなサボテンのようなモンスター。
がに股で鎮座する巨体。
右手は関節から上に向き、左手は関節から下にさがる。
それが左右交互に入れ替わる。
奇妙なポーズだ。
ふいに、空虚な瞳に光が灯って、交差する視線。
モンスターが、僕を捉えた。
(ヤバいっ!)
『アララララ、テイッ』
奇声をと共にサボテンの身体から、鋭い棘がばら蒔かれた。
ドドドドドドドッ
壁に半分ほど埋め込まれていくのは、サボテンが発射し続ける棘の残骸。
流れ弾? を神託の石板を盾にして凌ぐ。
幸いにも、石板はそれなりの強度があるようで、棘を防ぐことが出来た。
時間が立つにつれ、棘は計算されたかのように連なり、まるで螺旋階段のように壁に刺さっていることに気付く。
登れるかもしれない、けれど...
問題は、サボテンのモンスター。
サボテンは動きに敏感で、動いたものを優先に棘を放って来るようだ。
ゆっくりと、防げる範囲で行動する。
なんとか、棘の階段まで辿り着いた。後は覚悟を決めるのみ!
一か八か、一気に棘の螺旋階段を駆け上がった。
「うわぁあああああ!」
手足を振り上げて、真剣に走る。
待ち構えたのは棘の砲撃。
しかし、予想していた攻撃が放たれることはなかった。
「あれ?」
ドンッ!
フロア中央に目線を映すと、そこにあるべき物が無かった。
バキッ!
『アララLaLaLaLaLaLaッ』
棘で出来た螺旋階段を破壊する勢いで駆け上がり、接近するサボテン!
一度落ちたら、戻ることは出来ない!
「うぉおおおおおっ!」
全力疾走!
天井の隙間へと飛び込んだ。
ドシンッ!!!
衝撃に床が震え、通過出来なかったサボテンが隙間から覗く。心なしか悔しそうに見える。
「ふぅ」
やっと一息付ける。
危なかった。攻撃手段を持たない僕は、捕まったらそこで終了なのだ。
そうして辿り着いたのはドーム状の空間。
円形の空間の隅には対角線上に六つの穴が空いている。
一ヶ所は入口、なので選ぶのは五ヶ所だ。
どれも違いはなく、正解は分からない。
でも、モンスターに遭遇する可能性がある以上、安易に選んではいけないことは分かる。
神託の石板は下のみを示す。場所の指定はしてくれない。
自分で考えろ、と言われているようだけど生憎、僕に選ぶ勇気は無かった。
部屋の中央で、石板の角を床に押し当てる。
支点を定め、全力で板を回す!
くるくるくるくる....パタンッ!
決まった。
指し示す先は恐らく北側であろう穴。
覗き込んでも、底は見えない深い穴。
そこに、入ることに決めた。
上着を脱いで両手に持つ。
それをパラシュートのように広げて、鳥のように飛ぶ作戦だ。
「とうっ!
あわわわわっ!」
─作戦失敗。




