26.失意の淵、成長の時
ドシャアッ! と。
音を立てて迫る土砂。
「俺から離れるな!!」
「うん!」
土の盾に守られた安全地帯に、土砂がぶつかり弾け飛んだ。その衝撃音は爆発の比ではなく、天変地異に近いものだった。
いま、この場にいるのは二人だけ。
砕け散りそうな盾に、さらに盾を重ねながら、防御に徹するリクには、焦燥の色が見えた。
『土鯨』は攻撃したのではない。ただ飛びあがっただけでこれだ。勝負になどならない。
土砂と共に『絶望感』が押し寄せ、心が折れそうになる。
「神託は!?」
困ったときの神頼み。リクの要求に、しかし神託の石板は答えを出さなかった。
「ごめんっ、やっぱり駄目みたい!」
「クソっ、このままじゃジリ貧だっ!!」
『ォオオオオオオオオオオオオオオン!!』
「「ッ!!」」
盾を貫く『衝撃波』が二人を襲い、一斉に吹き飛ばされる。
「リクッ!! 【──】」
声は、届かない。
─『土鯨』の『攻撃』に『土盾』に頼りきっていた二人はなす術もなく、敗北した。
Ж
パキッ! と。
心に罅が走り、気持ちが折れる。
だって、どうしようもないから。
勝てる未来など想像できないから。
だから、諦める。
本当にそれでいいのか?
だってしょうがないじゃないか。
なんのための修行だったのか。
確か、大切な人を守るためだったか。
自問自答する心が、諦めることを許さない。
だって、守れていない。
きっと、今も大切な友は戦っているだろう。
きっと、諦めていないだろう。
ならば、考えるのは後にしよう。
起きて、戦え。
敗北は、戦うことを止めたときに訪れる。
神は、乗り越えられない試練は与えない。
...空は、曇っていた。
視界に広がる空さえ、希望の光を閉ざしている。
広大な砂地の中で泳いでいるだろう巨大なモンスターに足が震えそうになる。
だが、戦うと決めた。
なら、足踏みしている時間はない。
「【ファイヤーボール】」
僕が『魔法』を放ったのは、砂地。
一瞬爆発し、すぐに跡形もない状態に戻る。
決して無駄な行為ではない。
何故なら自身の魔力を使用した『魔法』は使用可能だと証明された。
そして、砂漠の主がその攻撃を見逃さないとも思っていたのだ。
視界は砂嵐に遮られている。無闇に動くより、誘き寄せる方が得策。それが狙いだった。
『─オオオオオオオオオオオンッッ!!』
─来た。
咆哮の先を目掛け駆け抜ける。そこに、モンスターは見えない。それは、想定内。
奴は、上空浮遊している。
上空から押し寄せる風圧を感じ、それを確信した。影を見て、力いっぱい跳び上がった。
ギリギリのところですれ違う巨体を回避して、必死にしがみつく。滑る体が止まったとき、体が一瞬浮き、叩きつけられた。
着地の衝撃に、苦悶が漏れる。
「ぐぅっ!!」
これは、やむを得ない。土砂を避けることが最優先。リクのいない状況で、その攻撃は致命傷になる。
この場所が、一番の安全圏だと思った。
そして、死角となる場所は弱点であることが多い。
「【ファイヤーボール】」
─硬い。
渾身の一撃は、しかし傷一つ付けられない。
「これならどうだっ!!」
咄嗟に取り出したのは、魔法の杖。
青い光を放つ杖は、激しい音を鳴らし神獣の体を爆発させる。
『ウォォォォォン!!』
効果は抜群だ!
巨体は魔法の杖で確かに怯んだ。そして、忌々しそうに大量の砂を吹いた。
巻き上がる突風に引っ張られ、体が宙に浮く。
距離的にチャンスは一回。力の限り杖を降った。
蒼炎は、背中で弾け、巨体を震わせる。
そして土鯨は、背中を丸め、そのまま勢いよく地中に潜った。
「しまった!」
土鯨を見失う。それは致命的なミス。
風に煽られる体で敵の姿を探す。見付かったのは一本の木だけ。
着地と同時、全力疾走する。
背後で砂が爆発する音がして、追い風が背中を押した。
(やっぱり!)
木は一本では無かった。そこはピラミッドと呼ばれる山。目的地にたどり着いたのだ。
けど、安心は出来ない。
僕は今、死の瀬戸際にいる。
「【ファイヤーボール】」
遥か彼方。天空に向けて『魔法』を飛ばした。
「あ」
死の波が、すぐ傍に迫っている。
防ぎようのない不条理の塊が、叩きつけられた。
ドシャアッ!
「─ッ」
「悪ぃ、遅くなった!」
「本当に、遅かったよ!」
二人を守るように展開された土の盾。
それは、忘れようのない友の『スキル』。
信号は彼に届いていた。間一髪、ナイスタイミングだ。
「マルス。策はあるのか!?」
「ある。けど、まだピースが足らない」
「なら、俺は何をすれば良い!」
「これを、なるべく高く飛ばして!」
空に投げたのは神託の石板。
土盾が弾き、甲高い音と共に加速。天高く舞い上がった。
「これが限度だ!!」
(足りない、もう少し!)
魔法の杖が放つ蒼炎が、さらに高度を押し上げる。高度は充分。
次は背後に流された木々。そこに、火を点ける必要があった。
「【ファイヤーボール】」
倒れた木々が燃え盛る。
胸が苦しい。『魔法』は後一回が限度だろう。
一呼吸したとき、神託の石板が地に突き刺さった。
─お願い。
僅かな願いを込めて打ち上げた石板には、僕の欲した魔法が記されていた。
これで、成功率は格段に上がる。
『魔法』が、なけなしの魔力を吸いとった。
「【アイスストーン】」
冷気が漂う、『氷』の魔法。
まだ、まだだ。ふらつく体で魔法の杖を使い、自ら作った『氷』砕いた。
氷粒は炎によって生まれた上昇気流に巻き込まれ、キラキラ舞い上がった。
─後は、天に任せ。
そして。
予想より早く。
その時は訪れた。
ポツポツ、と。
弾ける音。
それは、待ち望んだ。
天の恵み。
この状況を覆すために仕掛けた即席の『祈雨術』。
─雨が降り注ぐ。
最初から分かっていた。
リクの『スキル』は『水』が苦手。
ならばきっと、『土鯨』の弱点は『水』。
それは分かっていたのだ。しかし、この広大な砂地を濡らす『水』が存在しなかった。
『魔法』で濡らすには圧倒的に魔力不足。
そこで一旦、諦めてしまったのだ。
だが、再起した。
戦うと決めた心が、手繰り寄せた回答。
神託は変わらず音信不通。それでも雨乞いが出来たのは友達のお蔭。好戦的な彼に備えて、蓄えていた知識があった。
正直、成功確率は五分五分だったのは内緒。
やはり『水』は苦手なのか、土鯨は体を溶かしながら、もがき、苦しみ、暴れ狂った。奇しくもそれが、溶解を加速させることになる。
作戦は成功、後は『土鯨』の最後を見届けるだけ。
土が溶け、骨格が露になった巨体が、その動きを止めた。
─勝った、のか?
抱いた希望は、一瞬で崩れ落ちる。
ぶくぶく沸き立つ泥水。突然の悪寒。
水溜まりから、泥の竜が飛び出し、襲いかかった。
そう、土鯨は、ガワの土が本体だったのだ。
魔力不足。もう一歩も踏み出すことが出来そうにない。そこに...
「後は、俺に任せろ」
僕らに噛みつかんとする竜に向けて、新たなる竜が食らい付いた。
泥水を裂いて滑る二匹の竜。まるで共食い。絡み付いたままお互いを滅ばさんと鬩ぎ合っている。
「行っけえええええええ───っ!!」
容赦ない絡み合いの末、一匹の竜が喉元を噛み砕いた。
断末魔をあげる竜の首から夥しい汚泥が吹き出し、雨を黒く染めあげる。
「終わった、の?」
「いや、まだだ!」
泥のなか走り抜ける『何者か』。
勢いよく飛び出したそれが、リクの喉元に迫り、握り潰された。
『グェ!!!!』
「これが『土鯨』の正体、か...?」
─泥のスライム。
『神』とは程遠い存在、ただの『モンスター』。
だが、『最強』の敵だった。
『神獣』の打倒は『英雄』と呼ぶに相応しい快挙。
それを成し遂げた二人はボロボロで、しかし笑顔だった。
「マルス、帰れるか?」
「無理、魔力切れ」
「だよな」
雨が止み、虹がかかるまで、二人は空を見上げ続けた。
晴れやかな空を。
晴れやかな顔で。




