23.最強の重み
街の歓声が遠くまで響いている。
街を囲う壁は本格的な衝撃に耐えられるよう設計されており、よく見ると傷が入っている。
騎士団長に案内された街は、意外にも近場に存在した。あれだけ暴れて崩落していないのは職人の技術の賜物。
頭上から話し掛ける兵士に合図して、門を潜った。
中央広場を中心に人が集まり教皇の演説が行われていた。教皇が壇上を降りると、自然と広場は大きく賑わっていった。
それは勝利を祝う小さなお祭り騒ぎ。
「この街のみなさんは元気ですね」
「きょうこうさまのおかげさ。あかるいしんたくが、ひとびとにきぼうをあたえている。わたしも、そうあらなくてはいけないな」
そう言って、クロムさんはぶひぶひ笑った。
見た目は変わっても、心の在り方は変わらない。心根の強い人だ。
だからこそ、彼が何故激太りしたのか理由がわからなかった。
道行く人々は、戦の功労者に握手を求めた。
騎士団長の人気は健在。今もまた女性が二人、握手に喜び立ち去った。
「クロムちゃんはモチモチになってもモテモテだね! ホント羨ましいよ。あ、マルスちゃんいらっしゃい。待っていたよ!」
教皇様が、笑顔でクロムさんを労い、両手を広げ、僕達を歓迎した。
「クロムちゃん、彼女は戻る方法を口にしたのかい?」
「いえ、きょうりょくするきはないようでしたので、ろうにしゅうようしております」
「そっか、まぁ期待はしてなかったよね」
「めんもくございません」
「謝ることはないよ、クロムちゃんは悪くないからね。疲れたでしょ。今日はもう休んで、続きは明日にしよっか」
宿屋に向かう途中、金槌を持つ男とすれ違った。それは、確かダンジョン学園の大工。改修された街並みには、何処と無くレグナリアの面影があった。
異国の商品が並ぶ商店街は、やはり活気に溢れている。見上げるほどに大きい神像を作っていたり、談笑していたり、道路を騎士が走ったりしていた。
「...マルス!」
「ええと、どちら様でしょうか?」
爆走騎士が、急停止。
フルフェイスの兜が、僕の認識を阻害する。
それに気付いた騎士はゆっくりと兜を外し、微笑んだ。
「シスターマリー!」
僕は、嬉しくてしがみついた。
固くて、少し痛かった。
「無事、では無かったようですね。こんなに、逞しくなって...」
「ぐえっ」
両手で抱きしめようとしたマリーが慌てて手を離す。甲冑が食い込み、潰されるところだった。
「ごめんなさい。この格好では痛かったですね?」
「大丈夫です。えっと、その格好はなんですか?」
「ふふっ、こんなご時世ですからね。少しの間、職場復帰することになりました」
衝撃の事実。
シスターマリーは、騎士団の一員だったのだ。クロムさんと顔見知りだった理由が判明した。
「エリシア、エリシアは居ますか!?」
「ごめんなさい。この街にはいないの。北の街で見掛けたと言う報告はあったのだけれど」
「...そうですか。でも、無事なんですね?」
「ええ、でも、逃げられてしまったようです」
エリシアの行動には謎が多い。
逃走するような行動。そして、複数の目撃証言。僕が見たのは南の都市である。
やはり、見間違いだったのか?
謎は深まるばかりだったが、今はただ、エリシアが無事であることを祈った。
宿に着き、ベッドに寝転び、知らぬ間に眠りに落ちた。夢現...ゆらゆら。
「──!」
「──、─っ!」
夢の中、誰かに呼ばれている気がして、目が覚めた。
「マルスちゃん! マルスちゃん大変! 神託が聞こえなくなっちゃった」
「~? 教皇さま?」
寝ぼけ眼を擦って神託を確認する。
【蝨ー迯��菴ソ閠�・イ謦�↓蛯吶∴繧�】
「え?」
神託は、届いている。大丈夫。
しかし、問題はその内容。襲撃を、モンスターの接近を知らせていた。
「大変です教皇さま。モンスターが、近付いてるみたいです!」
「本当かい!? 嫌な予感が的中しちゃったか...ちょっとクロムちゃんの所に行ってくるね!」
その後、クロムさんは迅速に行動した。太く、丸くなっていても彼は騎士団長。防衛準備に邁進する姿は、とても機敏だった。
そして人望も健在。
彼の指示に、異を唱える者は一人もおらず、準備は万端に整ったように思えた。
敵が姿を表すまでは。
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見渡す限り、何百何千ものモンスターが曇天の下、待ち構えている。既に敗戦濃厚な空気が戦場に漂い、指揮が下がっていた。
「あんずるな! きしだんはぼうえいにしゅうちゅうせよ。わたしが、せんじんをきる!」
そんな空気を一変させる存在。
戦場で遭遇したくないランキングNo.1の男が、その重さを感じさせぬ勢いで空へ跳び上がった。
「とうっ!!」
曇天に日の光が差し込み、クロムを包む烈火の炎。
次の瞬間、モンスターの大群はぶっ飛んだ。
『ぐえええええええええええっ!?』
空に舞うモンスターが、燃え尽き、塵となる。
まるで隕石。嘘のような衝撃が、大地を揺らし唸りをあげた。
しかし、落下地点はモンスターの巣窟。
煙をあげる獲物き食らい付かんと飛び掛かった。
「ふんっ!!」
渾身の、たった一度の足踏み。はね上がった岩が突き刺さり、数メートルの地面を陥没させ、押し寄せるモンスターが弾き飛んだ。
─規格外。
モンスターの顔が醜く歪む。生まれて初めての『恐怖心』だった。
恐怖は戦意を消失させる。多くのモンスターが逃げ出そうとした時、その首は一斉に胴体と別れを告げ、宙を舞った。
『敵前逃亡は死刑っ!』
それは、モンスターと言うより、人だった。
異なる点はひとつ、肌の色。真っ赤な素肌は鬼のようで、しかし角の類いは生えていなかった。
それは、モンスターを従えていた。
「ひとがたの、もんすたーか?」
『邪魔なデブめっ、死刑!』
「─くっ!」
クロムの巨体が吹き飛ばされた。
技や術など関係ない、ただの蹴りが示す圧倒的な力量。
それは、対峙しているクロムが一番悟っていた。
「いたたたっ、きみはいったいなにものだい?」
『名乗るななど持ち合わせておらん!!』
「そうか、では『ななど』とよばせてもらおうか?」
『俺をななどなどと呼ぶ奴は、死刑!』
大気を震わせる拳が叩き付けられる。
その一撃をギリギリのところで回避したクロムは自身の体重を乗せた蹴りを放った。
殺人的な速度で迫る足はしかし掴まれ、巨体ごと宙に放り投げられた。
跳び跳ね、転がる巨体。空中で素早く体をひねり体勢を整えると、敵の間合いを離れるため距離をとった。
「死刑!!」
炎が渦巻き、槍となる。地面を焦がす熱気。
直撃は、死を意味する。そう本能が警告していた。
「色彩操作・青」
石を凍らせた即席の剣が、赤い槍を反らし砕け散った。
夥しい数の氷の破片が舞い、そのなかを突っ切るように突進する青い騎士。
「【蒼氷穿】」
氷の残骸が空気中の水分と合わさり、矢を模した。舞い上がった矢は、放射線状になって地上に降り注ぐ『広範囲』の攻撃になる。
『クソがあああああああああああ!!』
氷矢が刺さり次々とモンスターが倒れ伏し逃げ惑う。唯一、致命傷を防ぎ、怒り狂うのはナナド一人。
数えきれないほどの氷矢。
それを弾く腕がピキピキッと凍り付いた。
「【紅焔穿】」
新たに放った矢は一本。
『速さ』と『威力』を重視した火矢が空気を切り裂き、音速に変わる。
バキッ!!
砕けた腕の欠片が、落ちた。
『~~~~~~~~~~っっ!!』
「さて、すこしははなしをきくきになったかな?」
『...これ程の力を持って、何故奴を処刑しなかった!?』
「やつとは、あのなぞのじょせいのことかな」
『そうだ、俺は!! 奴を処刑しに来た!!』
「そんなことさせないさ」
『いや、するだろう。お前の後ろを見てみろ!』
「なに?」
モンスターの群れの大半が、回り込み、街に迫っている。総数は、十や百では無かった。
「くそっ!!」
『俺が、行かせると思うか?』
足元に突き刺さる炎の槍。
それは、行かせないという意思表示。
そこに、風が吹いた。
そして、ここにいる筈のない。
拘束された筈の女性と。
目があった。
「あら、お邪魔だったかしら?」
「なぜここにきた!?」
「馬鹿ね。わかってるんでしょう?」
黒い刃が、背後から騎士の腹を突き破った。
「───ぐ、ふっ!!」




