20.ネームドモンスター
戦いに餓えていた。
そこに獲物が置かれた時、最初に行ったことは骨格の粉砕だった。
それは、自身が受けた修行。同族も同じ試練を乗り越え、いづれ最強の戦士へと至る。
だから、容赦はしなかった。
そんなことは欠片も考えなかった。
骨を砕き、出血を焼き、皮膚を剥ぎ、臓物を叩く。無限に続く修行に耐えた個体は居らず、全てが故郷へと渡った。
いつ、その名前を呼ばれたのかは覚えていない。気が付いた時には【骨破壊・粉砕鬼】と呼ばれていた。
戦いを挑むものはどんなものでも歓迎だった。
だが、戦いを楽しませてくれる強者が、現れることはない。
今も、戦いを楽しませてくれるものを探している。
自身を殺すほどの強力な個体を。
それは、繁殖行為。
自らの武、それを越えし者を将来に残す、本能的欲求。
そして、転機は訪れた。
目の前には、修行に耐えきれず崩壊した筈の愛弟子。
教えてもいない同胞の【技】を駆使して、我が身を刈らんと怒り狂っている。
─素晴らしい。
戦いが始まると嬉しくて笑みが漏れた。それは、愛弟子も同じようだ。
弟子は、師匠の屍を越えて成長するもの。
同時に、負けるつもりはなかった。
簡単に殺られるのなら、その程度の実力。
未来に残す、価値はない。
だが、『称賛』してしまった。その実力が『本物』であることを理解した。
そうして、生きる意味を失った時、愛弟子は笑うのをやめた。
─つまらない、こんなものか。
そう言われた気がして、猛り、さまざまなものをぶつけることにした。
力を、技を、駆け引きを、強さの全てを出しきったとき、立っていたのは弟子の方だった。
そうして満足感に包まれ目を瞑ったが、いつまで経っても終わりは訪れない。
─失望感。
目を開けると同時に、体を光が包み込んで行った。
『グァアアアアアアアアアアアアッ!!』
Ж
「【ヒール】」
傷を癒す代わりに、悲鳴をあげる粉砕鬼。
どうやら、癒しの呪文は逆効果かもしれないと、一旦発動を止めた。
「あの、聞いても良いですか?」
『断ル、コロセ』
「【ヒール】」
『グァアアアアアアアアアアアアッ!!』
言葉は通じるが、コミュニケーションは計れなかった。
考えを改めるまで、少なくとも石板の示す回数分は、回復を続けた。
『...何ヲ聞キタイ』
表向きは従順になった鬼が、虚ろな瞳で答える。実際には、ダメージにより思考能力が低下しているだけだった。
「生贄を要求した理由を教えてください」
『生贄─修業ノコトカ、軟弱ナ奴ナド要ラヌ、全テガ帰郷シタ』
「故郷に、帰った?」
『ソウダ。ソレガ常道』
「強い者が欲しいなら、僕を『修行』をして見ませんか?」
『ガ...グガガガガガガ』
頭を抑え、嗤う鬼。それはきっと思考能力が戻りつつある兆候。
「皆さん。僕が『修行』を受けてみます。その後、決着はトウカさんにお願いしたいんです」
「奴の言葉を信じるのか? 止めておいた方が良い」
「でも、『故郷』に帰る方法を知らなくては行けませんし、僕も、強くなりたいんです」
トウカの説得で皆は去り、残された二人。
きっと、今でも『修行』の内容を覚えているのかもしれない。
そして、僕の地獄の『修行』が始まった。
秘密の修行は一晩。悲鳴はいの一番。その夜、僕の声が鳴り止むことはなかった。
結果。
トウカさんがいなかったら、死んでいた。
「大丈夫か?」
「はい、体は回復で元通りです」
「いや、精神の心配をしているんだ」
「トウカさんのお陰で、何とか耐えることが出来ました」
「私は、耐えられなかった『苦行』だぞ?」
「そういえばそうでした。トウカさんこそ大丈夫ですか?」
「ん? 私は大したダメージは受けて無いからな、大丈夫だ」
「ふふっ、精神の話をしているんですよ」
「...そうだな、正直にいうと心の整理はまだ出来ていない。だけど、妹の敵を打てて良かったと、心から思っているよ」
そう、嬉しそうに微笑んだ。
「ちょっと、私は死んでないわよ!」
「おわっ!」
「フタバ、まだいたのか」
待ち伏せていたフタバは、切り出しにくそうにもじもじした後、上目遣いなやトウカを見詰めた。
「ねぇ...全て、思い出したんだよね?」
「ああ...」
「そ、その、助けに来てくれてありがとう」
「いや、謝るのは私の方だ。結局助けられず、犬死にした。フタバは、私を恨んでいるんだろう?」
「な、なんで?」
「...異世界で『私』を覚えたいた。それが意味することはひとつ、違うか?」
「そ、それは!」
「別に責めている訳じゃない。いつも私が優先されていた。私を越えるよう強要され続けたフタバが、私を恨むのは当然だと理解している」
「っ!!」
「私はフタバが『努力』の『天才』だと知っている。これからは、私を目指さず『自分の道』を、突き進んで欲しいと願っているよ」
「お姉さん! 私は恨んでなんかいないっ。私は、お姉さんが嫌いだったのっ」
泣きじゃくり、抱き締め合う姉妹。確め合う絆。
そして、その絆は脆くも崩れ去った。
「...ねぇ、フタバ。私は『嫌い』と言われた方が、とても傷付いたのだ・け・れ・ど?」
「痛っ、ちから、力がぁ! 今は違う、いまわちがうからぁ~」
「今度は離さないわよ...双葉」
いや、絆は壊れ、また結ばれる。
新たな絆はより強固なものに変わったのだと、肌身に感じることが出来た。
そうして僕は二人と一緒に、大声で笑った。
Ж
結局、『故郷』については理解出来なかった。
「生贄は最終的にどうなる?」
「し、知らない! 喰われるか、運がよければ逃げ出せた筈だ。」
粉砕鬼から情報が得られた。ならば人類からも情報を得るのが道理。人類代表、小栗が連行されたのは勇者村の一室。
「粉砕鬼は生贄を全て帰したと言った。しかし、彼らは帰っていない。寧ろ、拒否...いや、襲われたよ」
「...おそ、われた?」
「そうだ。何故だかわかるか?」
「分からない。生贄を取り戻しに『ネームド』が襲いに来ると思った、とか」
ゴロンッと床を転がる鬼の頭。
「ひぃっ!?」
「それは、ネームドモンスター『粉砕鬼』の頭部だ。我々は、生贄を取り戻しに来る脅威から君達を守ることが出来る」
「『ネームドモンスター』を、倒した...のか? そんなこと、いままで聞いたこともないっ!」
それは、世界初の偉業。
勇者村の誰もが知らない、衝撃の事実。
「分かりました。私は具体的に何をしたら良いでしょう!」
「我々は『ネームドモンスター』を倒し、勇者達を家族の元へ帰したい。そのお膳立てを、君に頼みたいと思っている」
「政府が、関わってくると思いますが?」
「それを含めての『お膳立て』だろう。違うかな?」
「分かりました。必ず、やって見せます!」
拘束が外され、足早に去っていく男。
その後ろ姿には、揺るぎない意志が感じられた。
「ふうっ、」
「格好良かったですよ、学園長」
「これで、事が良くなると良いのですが...」
「そればかりは、あの男を信じるしか無かろう」
『希望』を失った勇者達が、再び『希望』に向かって歩き出せるように影ながら支える。
それは、教育者の役割。
学園長が敵ではないと誰もが確信した時、扉が乱雑に開れ、その『裏切り』を伝える。
「ネームドモンスター偵察部隊が『壊滅』! 裏切り者はマルス! ダンジョン学園の、新入生だ!」
「「え?」」
みんなの敵は、僕?
伝えられた報告に、皆が衝撃に打ちひしがれる。
「早く、救援を頼むっ!!」
悲痛な声に、嘘をついてるとは思えず、混乱をさらに加速させた。
僕はやってない。
それを証明したいけど、確かな証拠がない。
─何も、分からない。
僕はいったい、何をしたんだろうか?




