王太子スタンリー・フォン・フリーウォーデン②
僕は3人に断ってダルクに混ぜてもらうことにした。
話を聞けばジュリアは僕の一つ下の6歳、オーランドとローレンスは二つ下の5歳だと言う。
あまりに幼いため、正直言って腕前には期待していなかった。
ーーーのだが。
3戦やって結果は僕とジュリアとローレンスが一勝ずつ。
一勝もできなかったオーランドは悔しくてピーピー泣いていたが、その横では密かに僕も悔しさに震えていた。
自分で言うのも何だけど、僕は何でも上手にできた。
一つ上の兄にも、ましてや下の妹弟達になんて何一つ負けたことはなかった。
世界で一番、自分が優れている気がしていた。
でも、そうじゃなかった。
その事実が僕の自意識を大きく揺さぶっていた。
「オーランド泣かないで。またやりましょう。次は勝てるように今から一生懸命練習すればいいのよ。」
ジュリアが泣き続けるオーランドにかけた言葉を聞いて、僕はハッと顔を上げた。
「またやろう!…ぜひまた誘うから王城に遊びにきてよ。君達には僕のダルク仲間になって欲しいんだ。」
僕は笑顔でそう言った。
今度は貼り付けてない、本物の笑顔で。
その後、僕らは幾度となく王城の僕の私室でダルクをした。
時には朝から晩まで、おやつの時間も忘れて没頭し、大人たちに叱られた。
僕は初めの頃、ジュリアは年齢の割に大人びていて子供らしいことを何も言わない、本当にお人形のような子だなと思っていた。
ある時いつものメンバーでダルクをしながら、僕は前に疑問に思ったことをジュリアに聞いてみた。
「そういえばジュリアはあのお茶会の日、何で他の令嬢たちと一緒に座っていなかったの?」
あの日僕はキャアキャアと騒ぐ令嬢達の中にジュリアがいなかったことを不思議に思っていた。
もしあの中にジュリアがいたら、きっと目が離せなかったはずだもの。
ジュリアは少しバツが悪そうに顔を顰めると、イタズラがバレた子供のように眉尻を下げた。
「ーーーあのね、私、お茶会って苦手なの。
ふつうの女の子ってドレスや宝石や甘いお菓子が好きでしょう?私はダルクが好きなんだもの。話が合うわけがないわ。」
「お茶会で、ダルクが好きだと言ってみたらいいじゃないか?案外同じ趣味の子がいるかもしれないよ。」
僕は深く考えずにそう答えた。
「言ったことあるのよ。…お茶会で。そしたら、こう言われたの。『ダルクなんて淑女の嗜みじゃないわ』とね。『ドレスやお菓子に興味がないなんて、あなたは欠陥品よ』とも言われたわ。」
ーーーえっ?!美しく聡明なこのジュリアが欠陥品だって??
あまりの言葉に、僕の思考は停止してしまった。
その様子をチラリと見て、ジュリアは続けた。
「でも、何を言われてもいいの。欠陥品だとしても私は私だもの。お茶会が嫌なら出なければいい、そうでしょ?
他人の評価のために、自分の好きなものを曲げる必要はないわ。」
その時僕は、ずっとジュリアのことをお人形のようだと思っていたけれど、それが大きな間違いだったことに気がついた。
ジュリアはまだ6歳なのに、色々な経験を通して自分を作り上げて来たんだ。
そう考えたら何だか…。
目の前のジュリアの微笑みがとても崇高なものに思えて…。
いつの間にか僕は熟れたリンゴのように赤面していた。
「…スタン?顔が真っ赤だけど大丈夫?」
ジュリアが心配そうに僕の額に手を乗せると、僕の心臓は破裂しそうなくらいバクバクと高鳴った。
「私たちがお話ししている間に、オーランドとローレンスが寝てしまったのよ。」
「…それなら、僕のベッドに寝せるといい。ちょうどお昼寝の時間だ。」
僕は気を取り直して、オーリーとローリーをベッドに運んだ。
「スタンもさっき顔が真っ赤だったから、寝た方がいいわ。どうせだから、みんなでお昼寝しましょ。」
そう言ってジュリアはベッドに横になった。
僕はオーリーとローリーを挟んで、ジュリアの反対側に寝転んだ。
まだ心臓が高鳴って、なかなか寝付けない。
しばらくして、僕は起き上がりジュリアの様子を伺った。
ジュリアは既に寝てしまったようで、顔をこちらに向けて規則的に呼吸をしている。
閉じた目には金色の長いまつ毛が被さり、光を浴びてキラキラと輝いているように見えた。
化粧などしているはずもないのに、紅を塗ったように赤い唇はツヤツヤとして何だか果物みたいで美味しそうだ。
ーーージュリアと結婚したら、この寝顔が毎日見られるんだな。
ジュリアと結婚して毎日同じベッドで寝て…。
そんなことを考えるうちに、再び僕の顔は熱を帯びるのだった。
あれから僕はすぐに「ジュリアをお嫁さんにする!」と言って、王家からクラウンベルツ侯爵家へ婚約の打診がなされた。
しかし、クラウンベルツ侯爵は首を縦に振らなかった。
『結婚は、ジュリアの意思に任せたい』と。
それならばジュリアを振り向かせてみせると、僕はジュリアを口説き続けているわけだけど…。
ジュリアもまた、一向に首を縦に振ってくれないのである。
*************
先ほどの中庭の光景が思い出される。
「もし君が他の男と結婚するなんてことになったら、僕はどうしたらいいんだろう…。」
美しい金髪に宝石のような金の瞳を持つ恐ろしく顔の整った青年は、今にも泣きそうな表情でそう呟いた。