ジュリアの好きな時間
昼休みが終わり、午後の授業は専攻別である。
イグニスは剣術専攻なので、次はクラスが別れる。
ジュリアは1人で魔術クラスへ移動するために、魔術棟につながる中庭を歩いている。
「ジュリア!」
ふいに後ろから声をかけられ、ジュリアは振り返る。
そこには太陽を反射する眩しい銀の髪と黄金色の瞳を持った青年が立っている。
「アリアス」
「ちょうど良かった、さっき君のクラスに行ったら次は専攻別授業だって言われた。まだ間に合うかもって追いかけてきたんだ。」
秋口とはいえまだまだ日差しが高く、日中は汗ばむ陽気だ。
アリアスはここまで走ってきたのか、銀髪の隙間から汗を滲ませている。
「あら、急ぎの御用かしら?」
ジュリアはハンカチを差し出しながら答える。
アリアスはハンカチを受け取ると「すまない」と言って額の汗を拭う。
「今度2人で遊ぼうって約束…。実は君を連れていきたいところがあるんだが、予約が必要なんだ。早めに都合を聞きたいと思って。」
「ああ、なるほど。ここ二月ほどは特に重要な用事はなかったはずだけど。アリアスの都合に合わせるわ。」
「分かった。予約が取れたらまた連絡する。引き留めて悪かった。ハンカチ、ありがとう。」
一息にそう言うと、アリアスは軽く右手を挙げて足早に立ち去っていった。
ーーー剣術クラスはここから結構離れていたはずだけど、間に合うのかしら。わざわざ来てもらって申し訳なかったわ。
ジュリアは立ち去るアリアスの背をしばらく見つめてから、さっと踵を返し魔術クラスへと急ぐ。
◇
魔術クラスに入ると窓際に座っている令嬢が「こっちこっち!」と手を振るのが見える。
ジュリアがその令嬢の隣に着席すると、その焦茶色の髪にアンバーの瞳の令嬢は待ちきれないといった様子でジュリアに話しかける。
「先週ジュリアが授業で描いた魔術印のことだけどさ…。家で試してみたら、想定通り上手く行ったのよ!!やっぱりジュリアは天才ね!」
「イレーヌ…。防火設備のない邸では試してはいけないと言ったでしょう?失敗して暴発したらどうするつもりだったの?」
ジュリアが呆れたように声をかけると、イレーヌと呼ばれた令嬢はしまった、というような表情で肩をすくめたが、すぐに気を持ち直した。
「大丈夫よ、ギルバートも一緒にいたし…。それにお父様にもきちんと許可を取ったのよ。」
「アグスタン様が許可を出したと言うのであれば問題ないのでしょうけど。」
伯爵令嬢イレーナ・ハーツがお父様と呼ぶのは、王立魔術研究所の所長であるアグスタン・ハーツのことである。
「俺が、どうしたって?」
2人の前の席に座っていたこれまた焦茶色の髪にアンバーの瞳の青年が、こちらへ振り返る。
「ギルバート。あなた、イレーヌが危ないことする前にきちんと止めてよ。」
「そんなこと無理だって分かってるだろ、ジュリア。
俺たちは双子なんだ。興味があることも同じなんだぜ。」
ギルバートはクククッと悪童らしく笑う。
ギルバート・ハーツはイレーヌ・ハーツの双子の兄である。
「しかしあの魔術印はすごかったな!どうやったらあんなの思いつくんだ?ジュリア。」
ジュリアは魔術専攻の時間が殊更に好きだ。
魔術を専攻するのは、人の目を気にせず研究に没頭するタイプの人間が多い。
恋愛がどうのとか流行がどうのとか、ジュリアが興味のない話をする人が誰一人いないし、ただ純粋な知識欲による討論が繰り返されるのみである。
ここにいる間だけは、煩わしいことに頭を悩ませることもない。
ジュリアが将来に関係なく魔術を専攻した理由である。