大公令息アリアス・ユノアルド②
「ええ、存じております。確か剣術専攻でいらっしゃいますよね?」
ジュリアがアリアスに目線を向けると、アリアスは黄金色に輝く瞳を薄めて微笑む。
「ああ、そうだ。ゆくゆくはユノアルドの騎士団を率いなくてはならないからな。ジュリア嬢は高位令嬢には珍しく魔術専攻だよな?」
「ええ。イグニスから聞いたのですか?」
それを聞くとアリアスはハハッ、と破顔する。
「この学院に君のことを知らない人はいないだろ。王太子の覚えもめでたい完璧令嬢が魔術を専攻したって、随分話題だったし。」
ジュリアはアリアスをつぶさに観察している。
アリアスはニッコリと笑顔を浮かべジュリアを見ているが、その黄金眼の奥には何かを探り出そうとするような鋭さが感じられる。
先ほど運ばれてきた前菜を口に運び、静かに飲み込んでからジュリアは口を開く。
「…教養ならば学院に入学する前にある程度身につけておりましたので、特に専攻する必要はないかと思いました。」
高位の貴族令嬢は大抵高位の貴族の元に嫁ぐため、洗練されたマナーやある程度以上の教養が求められる。
そのため、高位貴族令嬢は学院では教養を専攻する場合がほとんどだ。
令嬢が魔術や剣術を専攻するのは、将来的に魔術師団や騎士団で生計を立てたいと思うからであり、純粋な興味関心からこれらを専攻するのは稀である。
「ふぅん?でも君は魔術師団に入るわけではないだろ?それとも魔術研究所に行きたいのか?…でも王太子妃になるならそれは無理だよな。」
アリアスはそう言うと細めていた眼を緩め、料理を口に運ぶ。
ジュリアがアリアスの隣に座っているイグニスへ目線を移すと、ニヤニヤと音が出そうなほど口角を上げ、ジュリアを見つめている。
「王太子妃になるとは…。どこからそんな話が出ているかは分かりませんが、それは事実ではありません。
私は王太子殿下の婚約者ではありませんし、その予定もありません。」
ジュリアはもうウンザリと言わんばかりの顔で小さくため息をつく。
この手の話はもう何十回、もしかしたら何百回と振られたし、その度に否定をしてきた。
それでもまだこのような話をされるのだから、ウンザリするなと言う方が無理である。
その言葉と表情を見て、アリアスは再びニッと笑うとワイングラスを持ち上げてくるくると中身を回し始める。
「ジュリア嬢。いや、ジュリアと呼ばせてもらおうかな。ジュリアもそんなに畏まらないで。イグニスと話すときのように気楽にして。」
「ええ。…分かったわ。」
「ジュリアはさ。何で王太子妃になりたくないんだ?」
その質問ももう何十回と聞いたし答えた。
面倒だと思うのをおくびにも出さずにジュリアは答え慣れた言葉を返す。
「私には荷が重いので。」
それを聞いた瞬間、アリアスは再びその黄金眼を細める。
しかしそれは先ほどのように笑みを含んだものではなく、突き刺すような鋭いものであった。
アリアスの雰囲気の変容にジュリアは少したじろぎ、困惑した面持ちでイグニスを見やる。
するとイグニスは物言いたげな顔をして、ジュリアに何かを求めるように顎をクイッと動かし合図する。
イグニスのその様子を見て、ジュリアは意を決して口を開く。
「ーーー王太子妃なんて面倒だもの。私、サロンとか茶会とか、女性の社交場が大嫌いなの。」
ジュリアがそう言うと、一呼吸おいて「ぶっ」と何かを吹き出す音がする。
前方ではアリアスとイグニスが片手で口を抑え、肩がプルプルと揺れている。
「…聞いておいて笑うなんて失礼な人ね。」
ジュリアはその陶器のように白く滑らかな頬を少しだけぷくっと膨らませ、ささやかに紅潮させる。
「はぁ〜、笑った。だから言ったろ?兄さん。ジュリアはこういう子なんだ!」
イグニスが人差し指で涙を拭いながらアリアスに話しかける。
「…確かに聞いてた通りみたいだな。いやー、完璧令嬢なんて言われるくらいだから女を煮詰めたような性格を想像してたけど。」
「案外いい性格してるでしょ?」
イグニスがアリアスの方へ体を向けると、アリアスはまだ笑いを堪えきれないと言わんばかりに肩を震わせながら、その艶めく銀髪をかきあげる。
先ほどの鋭さもなく完全に破顔したアリアスの顔を見て、ジュリアは安堵し少し口角を上げる。
「褒められてるのか貶されてるのか分からないけれど。私がこういう性格なのは別に隠してないわ。」
「いや、褒めてるんだよ。人の悪口が大好物などこぞのご令嬢たちよりずっと好感が持てる…。」
アリアスはそう言うと、腕を組んだままジュリアへその黄金眼の双眸をじっと向ける。
「うん、気に入った。君のことをもっと知りたいから、今度は2人で遊びに行こう。もちろん、君さえ良ければだけど。」
ジュリアがイグニスにそっと目を向けると、イグニスはコクコクと首を縦に振り、親指をグッと上に向けている。
「ええ、是非。お誘い待ってるわ。」