第二十九話 打上
「それじゃあ、到達を記念して、乾杯。」
「乾杯!」
「かんぱいー!」
「かぁんぱーい!」
その日の夜、私たちは近くの焼肉屋に立ち寄り打ち上げを行っていた。
私と美幸はコーラ、陽毬さんはウーロン茶、そして打ち上げと聞いて即座に乗ってきた紗枝さんはハイボールだ。
「んぐっ......ぷはっ。」
「はー!仕事中の酒も仕事上がりの酒には敵わないわねー!」
とても美味しそうにお酒を飲む紗枝さん。よく八千代課長に酒を勧めているがこの人は誰も彼もに酒を勧めるわけではない。八千代課長限定なのだ。
ちなみにその八千代課長だが打ち上げは行けたら行くとのこと。果たしてくるのだろうか......?
「ねー紗綾香?何頼もっか?」
「私カルビとハラミ欲しい。美幸は?」
「私はタン塩とホルモンー!でもいいのかなー?」
「いくらでもってわけにはいかない、でも好きなの選んで?今日は私の奢り。」
「そうよぉ?若者たちは何にも気にせず頼んじゃえばいいのよぉ。あ、私生一つ!」
「......紗枝さんはもう少し自重する。」
私たちは思い思いの肉を頼んでいく。
「しかし、長かったねー。」
攻略までの試行回数20回。私たちは一日一回の挑戦をしているので、これはそのまま攻略にかかった日数を表している。
「ホントだよ......1Fでこの状態なんだから2Fすら行けるかどうか......」
「これまでは基本を叩き込むために時間がかかった。でも2Fからは応用も混ぜていくからかかる時間はグッと短くなるはず。」
陽毬さんの言葉に私は安心する。
「ただ、」
しかしそれは次の一言でかき消された。
「2Fまで行く時間や、罠の解除時間での探索の遅れ、後はおそらく魔物も強くなるからやっぱり時間はかかる。......二週間ぐらい?」
「うへぇ......」
私は辟易する。ただ、安全と時間なら今は安全を取っていいと思うので慎重に行くのは賛成だ。
「それに、私たちが身につけたスキル......〔マッピング〕や〔罠解除〕も共有しておく必要がある。もし攻略中に誰か一人が戦闘不能になった時、帰りまでの間の代役がいる。それも並行して進める。」
「それは......」
「うんー......」
陽毬さんが言っているのはそういうこと、なのだろう。だが実感がない。
「で、でもー!これまでも頑張ってきたんだし、ここからも頑張れば......」
「頑張り、ですか。いい言葉ですね。」
その時、私たち以外の言葉が響いた。すぐにそちらに向く。その声は私たちが知っているものだったから。
「八千代課長......」
「なんですか?あたしは確かに行けたら行くと言ったはずですけど......なんですその以外そうな目は。」
いや、その言葉は断りの常套句だろう。というか、
「仕事、終わったんです?」
いつも八千代課長は仕事に追われている。少なくとも私たちより先に帰った所を今まで見たことがない。
「ん?ああ、そういうことですか。まあ今日は結構仕事が少なかったですし、時間のかかる仕事もなかったので。ただ、明日からはまた時間が掛かると思うので今日限定ですかね。」
「うわぁ......」
同情する。私たちより歳下の八千代課長の激務に対して。
「まあ、なんだかんだでやりがいは感じてますよ。それに責務みたいなもんだし......」
「?責務って———」
「お待たせしましたーハラミ1カルビ1タン塩1ホルモン1レバー1ですねー。」
と、ここで注文が来た。テーブルには肉が並べられる。
「すみません。上ミノとビビンバ、それからキムチ一つずつお願いできますか?」
「かしこまりましたー。」
八千代課長は注文を持ってきた店員に注文をし、紗枝さんの隣に座る。
「......そうそう、ようやくうちの人員、『特対課』から引っ張ってこれそうですよ。あっちも警戒だけしてて魔物と戦闘してないから予算下げられたみたいで、押しに弱くなってましたから。」
「えっ、マジですか?」
「まだ3人だけですけどね。皆さんにはそのチームの指導もしていただくかもです。」
それはいいことだ。私たち以外のチームができるということは毎日ダンジョン行軍しなくていいということ。さすがにすぐにとはいかないけど......『特対課』の人員なら一通りの訓練はしている、はず。
あとは1Fで私たちが叩き込まれた基礎を思う存分打ち込むだけだ。
「あのあのー、頑張りがいい言葉ってどういうことですかー?」
そこで美幸が質問した。八千代課長が登場した時から結構気になっていたらしい。
「ん......まあ、そのままの意味ですよ。頑張り、つまり努力というのはいい。必ず力を上げてくれますし、必ず人を裏切りません。絶対に、その努力は応えてくれるんですよ。だから努力はいい言葉なんです。」
「へぇ......」
なるほど確かにその通りだ。
「でも......」
そこで一度、八千代課長は区切った。そのまま少し時間が流れる。
「......でも?」
私が聞き返すと八千代課長は顔を上げる。その眼はまたここではない遠くを見つめていた。
だが、前回とは違い、その眼には熱情がこもっている。これは———信仰?
「どれだけ努力が応えてくれても、どれほど努力をしたとしても、......異常の前では、無力なんですよねぇ......」
そして、惚けるように八千代課長は言ったのだった。
この時に八千代課長が言った言葉はまさしく本当だった。
慢心はなかった、油断もなかった。警戒もしていたし不調もなかった。準備不足でもなかっただろうし緊張していたわけでもなかった。では何が行けなかった?
この時のことを、この後その場にいた私たちは口々に言う。
———運が、悪かったのだと。




