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てんもんぶっ!!  作者: あさくらまひろ


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⑦ 勉強会!!

 ゴールデンウィークの浮かれた空気もすっかり消え去り、五月の後半――俺たち高校生にとって最初の試練、中間テストが一週間後に迫っていた。


「はーい、ここで部長から大事なお知らせでーす。今回のテストで誰か一人でも赤点を取ったら、顧問の先生から『予算を減らすぞ』って釘を刺されちゃいましたぁ」


 放課後の部室で、凜乃先輩がいつも通りのゆるい口調でとんでもない爆弾を落とした。

 それってつまり――


「……それ、夏休みの合宿費用が消滅するってことですよね」

「ひゃあっ!? りく先輩との海が!? めい、高校に入って初めてのテストなのにプレッシャーが重すぎます……っ!」

「ふふ、大丈夫だよめいちゃん。みんなでテスト勉強会をすれば、きっと乗り切れるよ」


 さすがは一年生の頃から学年一位を独走している水瀬さんだ。言葉に余裕と説得力がある。

 俺の成績は学年で真ん中よりちょっと上くらいだから、赤点の心配はまずない。……となると、問題は残りの二人だ。


「あの、ちなみに凜乃先輩の普段の順位は……」

「んー? 真ん中より、ちょっと下くらいかなぁ。油断すると危ないかもぉ」


 危ないかもぉ――って、おっとり笑っている場合ではない。


「じゃあ、今度の土曜日に集まって勉強会をしようか。でも、テスト前は図書館も駅前のカフェも混んでるよね……どこでやろっか?」

「部室は休日に使えませんしね。……あ、よかったら、うち使います?」

「「「えっ?」」」


 何気なく提案したつもりだったのだが、三人が同時に目を丸くして固まった。


「……り、りく先輩のお部屋ですか!? あ、あの、ご家族にご迷惑じゃ……」

「ああ、俺の両親、いま仕事で海外に赴任しててさ。マンションに一人暮らしなんだ。だから誰にも迷惑はかからないぞ」

「ひ、一人暮らし……っ!?」


 水瀬さんの顔が、耳の先までみるみるうちに真っ赤になっていく。

 ……あれ。もしかして、男の一人暮らしの部屋に女子三人を招くというのは、俺が思っていた以上にデリカシーのない発言だっただろうか。逆がやばいのはわかるが――まあ大丈夫だろう。


「……無理にとは言わないが」

「さんせーい! 陸くんのおうち、行ってみたいなぁ!」

「め、めいも行きます! りく先輩の生態を調査する大チャンスですっ!」

「あ……二人とも行くなら、私も、お邪魔しようかな……」


 撤回する間もなく、満場一致で俺の部屋での開催が決定した。金曜日中に部屋の掃除を徹底的にやっておこう、と俺は心に誓った。あ、あとベッドの下とかも、ね。いやないんだけど一応ね。一応。




 *




 そして迎えた土曜日の昼下がり。

 インターホンが鳴り、玄関のドアを開けると、休日のラフな私服姿の三人が少しだけ緊張した面持ちで立っていた。


「お、お邪魔します、相沢くん……」

「お邪魔しまーす。わぁ、陸くんのお部屋、すごく綺麗に片付いてるねぇ」

「くんくん……りく先輩の匂いがしますっ!」

「犬みたいに嗅ぎ回るな。ほら、ローテーブルを空けておいたから、そこに広げてくれ」


 男の一人暮らしの部屋に、清楚な黒髪美人と、むっちり癒やし系のお姉さんと、ピンク髪のロリ巨乳が並んでいる。見慣れた自分の部屋のはずなのに、なんだか別世界みたいに華やかで落ち着かない。


「よし、じゃあ早速始めよっか。私と相沢くんで、凜乃先輩とめいちゃんの分からないところを見てあげるのが効率いいかな?」

「ああ、それがいいな。学年一位の水瀬先生がいれば百人力だ」

「ふふ、先生なんて大げさだよ。……じゃあ相沢くん、まずは私から相沢くんの苦手な範囲、教えてあげよっか」


 水瀬さんが俺の隣にぺたんと座り、ノートを覗き込んでくる。

 肩が触れ合うほど近い距離から、サラサラの黒髪と甘い香りがふわりと鼻先をかすめた。


「ここはね、この公式をそのまま当てはめればいいんだよ。……ほら、相沢くんの字、すごく丁寧で綺麗だね」

「……そうか? 普通だと思うけど」

「ううん、私、相沢くんの字、好きだよ」


 水瀬さんが少しだけ上目遣いで微笑む。勉強を教わっているはずなのに、心臓の鼓動が早くなって公式がまったく頭に入ってこない。


「むーっ! 水瀬先輩ばっかりずるいです! りく先輩、めいの一年生の数学も見てくださいっ!」


 反対側からめいが割り込んできて、俺の腕にぴたりと身体を寄せてくる。

 休日の薄手のトップスのせいで、たわわな胸元の柔らかさがダイレクトに二の腕へと伝わってきた。


「おい、くっつくな。これじゃノートが見えないだろ」

「だって、りく先輩の隣にいると安心するんですもん! ここ、どうやって解くんですか?」

「……これはだな、まずカッコの中を整理するんだよ」


 俺がシャーペンでめいのノートに解き方を書き込むと、めいは勉強そっちのけで俺の横顔をじっと見つめて、えへへと嬉しそうに笑った。


「……で、凜乃先輩。さっきからシャーペンが一度も動いてないみたいですけど」

「んー……? だって三年生の古典、呪文みたいで眠くなっちゃうんだもん。ねぇ陸くん、ちょっと休憩して、買ってきたシュークリーム食べない?」

「まだ早いですよ」


 正面に座っていた凜乃先輩が、ローテーブルにむっちりとした胸元を乗せながら、甘えるように目を細める。

 この調子で本当に赤点を回避できるのかは甚だ疑問だったが、まあ、夏合宿の予算を守るためにも、今日一日はスパルタ家庭教師になるしかなさそうだ。





「もうだめですぅ~」


 ヘロヘロ状態で力尽きてしまっためいの一言。スパルタで教えていたが限界が来たんだろう。めいにしては頑張ったほうだ。

 俺は短く息を吐いて立ち上がった。


「お茶淹れてくる。シュークリーム食べるんだろ」

「わぁい、ありがとぉ」

「あ、めいはお手洗い借りてもいいですかっ?」

「ああ、廊下に出て左の突き当たりな」


 めいが小走りで部屋を出ていくのを見送り、俺はリビングに隣接したキッチンへと向かった。

 麦茶のボトルを取ろうと冷蔵庫の扉を開け、中を覗き込むようにしてしゃがみ込んだ、その時だった。


「えへへ、捕まえましたっ」

「……っ」


 背中に、むぎゅっと信じられないほど柔らかくて弾力のある質量が押し当てられた。

 首筋をかすめるピンク色の髪の毛と、甘いシャンプーの香り。振り返らなくても誰だか一瞬でわかる。


「……トイレは廊下の突き当たりだぞ」

「うそです。りく先輩と二人きりになりたかっただけですよぉ」


 めいが俺の背中にぴたりと張り付いたまま、背中から腕を回してぎゅっと抱きついてくる。

 冷蔵庫から漏れ出す冷気とは裏腹に、密着した背中からは体温が一気に上がっていくような熱が伝わってきて、変な汗が出てきた。


「あのな、リビングには水瀬さんと凜乃先輩がいるんだぞ。見つかったらどうするんだ」

「見つかってもいいですよ? そしたら、めいが一番りく先輩と仲良しなんだってアピールできますし」


 悪びれもせずに耳元で囁くめいの声は、普段の「騒がしい後輩」の時より少しだけ低くて艶っぽい。

 無邪気な顔の裏に隠れた小悪魔な本音に、俺は麦茶のボトルを掴んだまま身動きが取れなくなってしまった。この至近距離で動けば、背中のあれの感触をもっと露骨に味わうことになってしまう。そうなったら俺のベビーモンスターが覚醒して怪獣大戦争だ。


「……ほら、離れろ。お茶が持てないだろ」

「じゃあ、めいの頭、ぽんぽんってしてくれたら離してあげます」

「……お前なぁ」


 俺が呆れたようにため息をつき、空いている方の手で後ろに回してめいの頭を軽く撫でてやると、めいは「えへへ」と満足そうに笑って、名残惜しそうに腕を解いた。


「それじゃあ、めいは本当にお手洗いに行ってきますね! りく先輩、お茶お願いしますっ」


 パタパタと軽い足音を立てて廊下へ消えていくめいを見送りながら、俺は冷蔵庫の扉を閉めた。

 男の一人暮らしの部屋に、このメンバー。赤点を回避する前に、俺の理性がショートするほうが先かもしれない。

 トレイに麦茶のグラスを並べてキッチンを出ようとした、まさにその時だった。


「わっ……」

「おっと……」


 ほとんどめいと入れ違うような絶妙のタイミングで、リビングから出てきた水瀬さんと鉢合わせになった。

 ぶつかりそうになって咄嗟に足を止めたせいで、グラスの中の麦茶がチャプンと揺れる。


「あ、ごめんね、相沢くん。何か手伝えることあるかなって思って見に来たんだけど……」

「いや、大丈夫だ。もう準備できたから」


 平静を装ってトレイを持ち直した俺の顔を、水瀬さんが下から覗き込むようにしてじっと見つめてくる。

 サラサラの黒髪の間から覗くその瞳はどこかこちらを探るようで。


「……ねえ、相沢くん。さっき、めいちゃんと何か話してた?」

「ん? ああ……めいの奴、お茶よりジュースがいいって言いに来ただけだよ」


 まさか後ろから抱きつかれて頭を撫でていたとは口が裂けても言えず、俺はとっさに適当な嘘を並べた。

 水瀬さんは俺の目をじっと見つめたまま、数秒の間を置いて小さく息を吐いた。


「ふぅん……そうなんだ。めいちゃん、子どもっぽいところあるもんね」


 会話の内容までは聞こえていなかったらしく、水瀬さんはそれ以上追及してくる様子もなく納得したように小さく頷き微笑んだ。

 けれど、その笑顔の奥にほんの少しだけ釈然としない色が混ざっていたような気がして、俺の胸にチクリと小さな罪悪感が刺さる。


「……ほら、冷たいお茶持ってきたぞ」


 リビングに戻ると、凜乃先輩がさっそくシュークリームの箱を開けて手を伸ばしていた。

 ――さては俺がいない間も勉強せずにつまみ食いするかどうか悩んでいたな?

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