⑥ ゴールデンウイーク最終日!!
ゴールデンウィークもとうとう最終日。世間が連休終了の帰宅ラッシュで阿鼻叫喚な真っ只中、俺は誰もいない休日の学校で、一人ため息をついていた。
肩には竹箒、手にはチリトリとゴミ袋。
「……なんで連休中に、俺一人で学校の草むしりなんかしてんだか」
事の発端は連休前の放課後、生徒会室から突きつけられた一枚の通達だった。
『部活動地域貢献ポイント規定』。要するに、普段まったく実績のない文化部は、学校や地域の清掃ボランティアに参加してポイントを稼がなければ廃部への道を数歩前進してしまう。天文部に対する事実上の宣戦布告だ。
部長の凜乃先輩は親戚の法事で遠出中。めいには「連休なんだから遊んでこい」と告げず、水瀬さんにもわざわざ休日にこんなめんどくさい作業をさせるわけにはいかない。
結果、一人暮らしで暇を持て余している俺が、人知れず部の存続ポイントを稼ぐために駆り出されたわけだ。
天文部に割り当てられた清掃区画は、部室棟の裏手にある中庭の隅。
普段から滅多に人が立ち入らないせいで、雑草が生い茂り、昨年の枯れ葉が吹き溜まりを作っている。
「っしょ……根っこ深すぎだろこれ」
軍手をはめた手で頑固な雑草を引き抜き、汗を拭う。
カンカンと照りつける五月の陽射しが、じわじわと体力を削っていく。誰にも感謝されない地道な作業だが、あの居心地のいい駄弁り場を失うよりはマシだ。
そう自分に言い聞かせて腰を上げた、その時だった。
「……やっぱり。相沢くん、一人で来てたんだ」
涼やかな声に驚いて振り返ると、そこには白のカットソーに動きやすいデニム姿の水瀬さんが立っていた。
サラサラの黒髪を後ろでラフにポニーテールにまとめていて、普段とは違ううなじのラインがやけに眩しい。手にはスーパーのビニール袋を提げている。
「水瀬さん……? なんでここに。今日、休みだろ」
「生徒会の掲示板、見たの。天文部の名前があったのに、相沢くん何も言わないから……一人で抱え込む気だと思った」
「いやいや、水瀬さんを休日に呼び出すようなことじゃないしな。ただの雑草抜きだし」
「水くさいよ。私も天文部の一員なんだから、相沢くんだけに押し付けるわけにいかないでしょ?」
水瀬さんはいたずらっぽく微笑むと、バッグから自分の軍手を取り出してスッと手にはめた。
「ほら、手伝うよ。早く終わらせて、買ってきた冷たいお茶飲もう?」
「……悪いな、助かる」
「ううん、いいの。私も家に、その、いたくない気分だったから」
まあ家にいたくないときってあるよな。たとえば? そりゃ部屋にGが出たときとかだよ。
二人で並んで草むしりを始めると、さっきまでの孤独な苦行が嘘のように軽やかな空気に変わる。
たまに手が触れそうになってはお互いに小さく身を引いたり、水瀬さんが不意に見つけた珍しい野花に目を細めたり。
静かな連休の学校で、二人きりの特別な時間が流れていく――そう思った、わずか十分後のことだった。
「りーくーせーんーぱーいっ!!」
けたたましい足音とともに、中庭の通路を全力疾走してくるピンク色の影。
めいだ。しかも手にはなぜかマイ軍手と、気合いの入ったサンバイザーを装着している。一番幼いはずが一番おばさん臭い恰好をしている。
「めい……? お前、なんでここに」
「ひどいですりく先輩! めいに内緒で水瀬先輩と二人きりで休日デートですか!?」
「デートで草むしりする奴がいるか! ボランティアだよボランティア」
「蓮先輩から聞いたんです! 『陸が学校で孤独に草むしりしてるぞ』って! めいだって天文部なんですから、りく先輩の隣で汗を流す権利がありますっ!」
息を切らしながら俺の隣へ割り込んでくるめい。
水瀬さんが「ふふ、賑やかになったね」と苦笑いを浮かべた、まさにその背後から――。
「あらあらぁ、みんな早いねぇ。もう始まっちゃってるぅ?」
のんびりとした、けれど聞き覚えのありすぎる声が響いた。
見れば、両手いっぱいに大きめのタッパーと水筒を抱えた凜乃先輩が、ふわりとワンピースの裾を揺らしながら歩いてくる。
「せ、先輩!? 今日、法事で遠出してるんじゃ……」
「午前中で終わったから、新幹線で急いで戻ってきたのぉ。ほら、陸くんが一人で頑張ってるって蓮くんから連絡あったからぁ」
「あの野郎……余計な連絡網だけは仕事が早すぎるだろ……」
親友の要らん気回しに頭を抱える俺の前で、先輩は嬉しそうにタッパーを開けてみせた。
てかあいつ部員じゃないくせになんでめいとも先輩とも連絡先交換してんだよ。
「作業が終わったらみんなで食べようと思って、お稲荷さんと卵焼き、いっぱい作ってきたよぉ」
「わぁ、美味しそう! さすが凜乃先輩です!」
「えへへ、じゃあめいも頑張って草むしりしちゃいます!」
「相沢くん、三人分のお茶、買ってきて正解だったみたい」
あっという間に、静まり返っていた中庭がいつもの騒がしい部室の空気に塗り替えられていく。
俺一人で黙々と終わらせるはずだったボランティア。
文句を言いながらも楽しそうに軍手を動かす三人の横顔を見つめながら、俺はチリトリを握り直した。
実績ゼロの名ばかり天文部。
けれど、この居心地のいい場所を守るためなら、休日の学校掃除くらい安いものかもしれない。
「陸くん、ぼーっとしてないで、そっちの草運んでぇ」
「りく先輩、この虫取ってくださいー!」
「はいはい、今行くよ」
初夏の青空の下で。
俺たちの連休はどこまでも賑やかに過ぎていった。




