⑤ ショッピングモール後半戦!!
フードコートで膨れ上がった腹をさすりながら、俺たちはモールの上層階にある大型アミューズメントエリアへとやってきた。
きらびやかな照明と賑やかな電子音がフロア全体に響き渡っている。
「うわぁ、すごく広いゲームセンターだねぇ」
「ですね! あ、りく先輩、あっちにレースゲームありますよ! みんなで対戦しましょう!」
めいが真っ先に駆け出し、大型筐体が並ぶドライブゲームのシートへ滑り込む。
せっかくだからと四人並んでコインを投入し、画面のカウントダウンに合わせてアクセルを踏み込んだ。
「ふふ、こういうの初めてだけど、ちょっと楽しみかも」
水瀬さんが気合いを入れるようにハンドルを両手でギュッと握りしめる。
……のだが、レース開始のシグナルが青に変わった直後、俺の目に飛び込んできたのは地獄のような光景だった。
――ガガガガッ!!
「きゃっ!? あ、あれ……? まっすぐ進まない……っ!」
「水瀬さん、ハンドル! 右! いや壁! 壁に突っ込んでるから!」
スタートからわずか五秒、水瀬さんの操るスポーツカーはコース上の壁という壁に火花を散らしながら激突を繰り返し、最終的には逆走を始めて後続車と正面衝突していた。
普段は何でも完璧にこなす学年一位の秀才が、涙目で必死にハンドルをぐるぐる回している。
……ダメだ。この人に将来、本物の車の運転免許を取らせてはいけない。助手席に乗る人間の命がいくつあっても足りない。
「あはは、葵ちゃん派手にクラッシュしてるねぇ。……あ、陸くん、見て見てぇ」
レースを終えた後、ふらふらになった水瀬さんを休ませつつフロアを歩いていると、凜乃先輩がクレーンゲームのガラスにピタッと張り付いた。
指差す先には、もちもちした質感の丸っこいアザラシのぬいぐるみが積まれている。
「あの子、なんだかすっごく可愛い……。陸くん、取れるかなぁ?」
「ん……まあ、アームの強さ次第ですけど、やってみますよ」
いつもお菓子をもらっている礼も兼ねて、百円玉を投入する。
重心を見極め、アザラシの胴体ではなく尾びれの隙間にアームの爪を引っ掛けるようにボタンを押した。
ウィーンと音を立ててアームが下降し――狙い通り、持ち上がった反動でゴトンと取り出し口へ転がり落ちた。
「はい、どうぞ」
「わぁっ! 一発で取れちゃった! ありがとぉ、陸くん!」
先輩が満面の笑みでアザラシをぎゅっと抱きしめる。
ただでさえ豊かな胸元にぬいぐるみがめり込んで、なんだかアザラシが羨ま――いや、何でもない。
「りく先輩って意外と器用なんですねっ!」
「意外とは余計だ」
「てへっ」
可愛らしくぺろっと舌を出すめい。そんなめいの視線がどこかに固定される。俺も視線を追う。
「――プリクラ?」
「え、や……あの……みんなで撮りたいなって……」
「プリクラ? うん、みんなで撮ろうよ!」
「ふふ、記念撮影ね」
気づけばふらふらに伸びていた水瀬さんも復活して合流していた。
みんな乗り気のようだ。となると断る理由もなく。
「っし、じゃあ撮るか」
四人で最新のプリクラ機へ。
狭いブースの中で女子三人にぎゅうぎゅうに挟まれ、お金を入れると自動音声とともにカウントダウンが始まり、画面にポーズの指定がされている。機械如きに促されて、恥ずかしながらポーズをとる。
パシャリ、と一瞬の閃光。
吐き出されたシールには、目が異様に巨大化して美肌補正が限界突破した俺と、ただただ圧倒的に可愛い三人の姿が印刷されていた。
「うわぁ、最近の機械ってすごいねぇ。陸くんのお目々が少女漫画みたい」
「……俺の顔、原型留めてないじゃないですか」
「ふふ、でも記念になるよ。手帳に貼っておこうかな」
「わーい! りく先輩と一緒だーっ!」
水瀬さんが嬉しそうにシールを見つめる。
凜乃先輩も、大事そうにシールを見ている。
「水瀬さん前見て歩いて。ほら、先輩も前見て歩かないと危ないですよ」
……と、そこで俺はある異変に気がついた。
「あれ? ……めいは?」
さっきまで一番騒いでいたピンク頭の姿が、周囲を見回してもどこにもない。
「あれぇ? 今さっきまではしゃいでたよね?」
おいおい今プリクラ撮った直後だろ。
「ちょっと電話してみます」
ポケットからスマホを取り出し、めいの番号をタップして耳に当てる。
プルルル、と呼び出し音が鳴った瞬間。
ピロリロリ〜ン♪
――ん?
なぜか、俺の肩から斜め掛けしている小さなポシェットから、軽快な着信メロディが鳴り響いた。
「……あいつ、俺にスマホ入れたバッグごと預けたまま行きやがったな」
連絡手段なし。この巨大なフロアで完全なる迷子ってことか?
俺は深くため息をついた。
「先輩と水瀬さんは、さっきのプリクラの休憩スペースで待っててください。入れ違いになったら二次災害なんで。俺、ちょっとあいつを捜してきます」
「ごめんね、陸くん。お願いねぇ」
「あ、戻ってきたら知らせてくださいね」
「「うんっ!」」
*
フロアの案内図を頭に入れ、めいが好きそうなガチャガチャコーナーやクレーンゲームの並びを早足で歩き回る。
数分後――メダルゲームコーナーの少し薄暗い通路の隅で、所在なさげにぽつんと立っている小さな後ろ姿を見つけた。
「……おい、めい」
「ひゃっ……!? あ、りく先輩……!」
振り返った瞬間、めいの瞳にじわりと涙が滲んだ。
普段の生意気な態度はどこへやら、子犬のように肩をすぼめている。
「お前、荷物全部俺に預けたまま勝手にふらふら行くなって言っただろ」
「うぅ……珍しい景品見つけて、ちょっと見てたら先輩たちの場所がわからなくなって……スマホもないし、どうしようって……」
「ったく、世話が焼ける」
俺がポシェットからハンカチを出して差し出すと、めいは鼻をすすりながら、ぼそりと小さく呟いた。
「……やっぱり、りく先輩はいつでも、めいを助けに来てくれますよね」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもありませんっ!」
聞き返すと、めいは慌てて顔を背けた。
中学の時も、準備室の鍵が壊れて閉じ込められためいを、たまたま通りかかった俺が見つけて扉をこじ開けたことがあった。あの時も、今みたいに泣きそうな顔で俺の服の裾を掴んでいたっけ。
「ほら、先輩たち待たせてるから戻るぞ」
「あ……あの、りく先輩!」
歩き出そうとした俺の腕を、めいがきゅっと引き止めた。
見上げると、さっきまでの涙目はどこへやら、少し赤くなった頬のまま上目遣いで俺を見つめている。
「戻る前に、もう一回だけプリクラ撮りませんか?」
「は? さっき四人で撮っただろ」
「あれはみんなで、です! めいは……りく先輩と、ふたりきりのやつが欲しいんですっ」
ぎゅっと握られた袖口から、熱が伝わってくる。
断る口実を探す間もなく、めいは俺の手を引いて、さっきみんなで撮ったところとは違うプリクラブースへと駆け込んだ。
さっき四人で入った時と違って、広々としているはずなのに余計に密着している気がする。
それにカーテンで仕切られた狭い空間の中にめい単独の甘い香りがする。
俺のドキドキなんて知りもしないで、めいは俺の腕にぎゅーっと抱き着いてきた。
「お、おいくっつき過ぎだ」
「えへへっ……」
パシャリ、と閃光再び。
プリントされたシールに、レンズに向けためいの満面の笑顔と、腕に抱き着かれてニヤケ混じりに苦笑いを浮かべる俺の姿が、鮮やかに収まっていた。
二人きりのプリクラを無事に(?)撮り終え、プリントされた小さなシールを大事そうにポケットへしまうめいを連れて、俺たちは休憩スペースへと戻ってきた。
ベンチに座って待っていた水瀬さんと凜乃先輩が、こちらに気づいてパッと顔を上げる。
「あ、陸くん! めいちゃんも見つかったんだねぇ、よかったぁ」
「めいちゃん、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「う……水瀬先輩、凜乃先輩……」
心底心配そうな表情で駆け寄ってくる二人の姿を見て、めいはきゅっと唇を噛み締めた。
さっきまでのあざとい笑顔や悪戯っぽい態度は完全に引っ込め、ペコッと直角に頭を下げる。
「……勝手にはぐれちゃって、ごめんなさいでした。ふたりとも、心配かけてすみません……」
消え入りそうな声で絞り出された、飾りのない本気のごめんなさい。
いつも強気で生意気な後輩がしょんぼりと肩を丸めている姿に、慈悲深い聖母のように、凜乃先輩がふわりとめいを抱きしめて柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふ、いいのいいの。無事に戻ってきてくれただけで十分だよぉ」
「うん。何事もなくて本当によかった。……ほら、顔あげて?」
水瀬さんも優しく微笑みながら、めいの頭をそっと撫でる。
二人の温かい言葉に、めいは今度こそ本当に泣きそうになりながら「はいっ……」と小さく頷いた。
……まあ、反省しているなら俺から蒸し返すこともないだろう。
「ほら、無事に見つかったことだし、そろそろ帰るか」
「そうだねぇ。今日は一日たくさん歩いて疲れたし、帰りにおいしいジュースでも買って飲もうかぁ」
「賛成です! あ、りく先輩、荷物ありがとうございますっ」
「おう。次からはちゃんと自分のバッグは自分で持てよ」
「はーい!」
すっかり元気を取り戻しためいを先頭に、俺たちは夕暮れの光が差し込むモールを後にして駅へと向かった。夕方の涼しい風が火照った身体に心地いい。
冷静に振り返れば振り回されっぱなしの一日だったはずなのに、不思議と嫌な気はしなかった。
三人仲良く楽しそうに談笑して歩く。その後ろを俺は少し遅れて。プリントされた二枚のプリクラを見ながら。




