④ ショッピングモール前半戦!!
カレンダーがすでに五月に入り、世間がゴールデンウィークで浮き足立つ中。
俺たち天文部は、凜乃先輩の「部活の課外活動だよぉ」という大義名分のもと、郊外の大型ショッピングモールへと繰り出していた。課外活動といっても天だの星だのとは関係ないただの買い物だ。
「わあ、すごい人だね。でも、みんなでこうして出かけるのってすごく新鮮」
「ですね! りく先輩、見てください、クレープ屋さんがありますよ!」
「ああ、後でフードコートで昼飯食べるんだから、今は我慢しろよ」
休日のモール内は家族連れやカップルでごった返していたが、俺たちの周りにはそれとは別の意味で視線が集まっていた。
白の清楚なワンピース姿の水瀬さんに、肩が少し出た大人っぽいニットを着た凜乃先輩、そしてフリルのついた可愛らしい私服のめい。
制服の時とは違う三人の私服姿に、合流した瞬間から俺の心臓はずっと変な音を立て続けている。
――俺? メンズ雑誌のマネキン買いだけど何か文句あるか。……俺の服なんてどうでもいいんだよ。
「ふぅ……なんだか今日は天気が良すぎて、外を歩いただけで汗ばむくらいだったねぇ」
「確かに、五月に入ったばかりなのに、最近ちょっと暑くなってきましたね」
吹き抜けのガラス天井を見上げながら俺が何気なく呟くと、凜乃先輩がぽんと手を打った。
「あ、そうだぁ。暑くなってきたといえばさ、夏休みの合宿では海とかプールにもみんなで行きたいねぇ」
「海っ! いいですね、りく先輩とビーチでキャッキャウフフです!」
「ふふ、夜の天体観測だけじゃなくて、昼間は海で遊ぶのも楽しそうだね」
三人が楽しそうに盛り上がる。まあ、夏合宿という名の旅行なんだから、海に行く流れになるのは必然かもしれない。去年は山だったが……星が綺麗以外は虫に刺された記憶しか残ってない。
「……って、あれぇ? みんな、あそこ見てぇ」
凜乃先輩が指差した先には、季節を先取りした特設コーナー――『新作水着フェア』の看板と、カラフルな水着を着たマネキンがずらりと並んでいた。先取りするにはちょっと早すぎやしないか? まだ五月だぞ。
「うわぁ、もう水着が売ってるんだねぇ。ねえねえ、せっかくだしちょっと見ていかない?」
「えっ、いまからですか!? で、でも、りく先輩も一緒ですよ……?」
「いいじゃない、陸くんにどれが似合うか選んでもらおうよぉ。ね、葵ちゃん?」
「えっ……あ、相沢くんに、水着を選んでもらう……?」
水瀬さんの白い頬が、見る間にぱっと赤く染まっていく。
いや、待て。いくら健全なショッピングモールとはいえ、男子高校生が女子三人の水着選びに同行するのはハードルが高すぎる。
「……俺はあっちのベンチで待ってますよ。三人でゆっくり見てきてください」
「やですー! りく先輩も来てください! りく先輩の好みをリサーチする絶好のチャンスじゃないですか!」
「ほらほら、荷物持ち兼アドバイザーさん、遠慮しないのぉ」
めいと凜乃先輩に両腕をぐいぐいと引っ張られ、俺はなすすべもなく華やかな水着売り場のど真ん中へと連行されてしまった。って今荷物持ちって言った? 言ったよね? 言ってた、よなあ?
「わぁ、可愛いのがいっぱいあるねぇ。陸くん、私にはどれが似合うと思う?」
凜乃先輩がさっそく、フリルのついたビキニを自分の胸元に当てて小首を傾げる。
ただでさえニットの上からでも主張の激しいむっちりボディなのに、その小さな布地が収まっている光景を想像してしまい、脳がショートしそうになる。
「……えーと、すごく大人っぽくて、似合うと思います」
「ほんとぉ? じゃあ、めいちゃんはこういうポップなのが可愛いんじゃない?」
「むー! それ、ちょっと子どもっぽくないですか!? りく先輩、めいだって大人っぽいビキニ、ちゃんと着こなせますよね!?」
めいが対抗心を燃やして、大胆なデザインのビキニを自分の前に掲げてみせる。
小柄で童顔なのに、胸元だけは先輩に負けないくらい豊かなめいがそれを着たら――いや、考えるな。ここは健全なショッピングモールだ。それにめいはつい最近まで中学生だったガキンチョじゃないか。冷静になれ、相沢陸。
「……あまり布面積が少ないのは、目のやり場に困るからやめておけ」
「えへへ、りく先輩が困るなら、なおさらこっちにしちゃおうかな」
めいがピンク色の髪を揺らして、小悪魔っぽくニヤリと笑う。
そこで俺は、少し離れたラックの前で一人立ち尽くしている水瀬さんに気がついた。
「……水瀬さんは、気になるやつあったか?」
「ひゃっ……!? あ、相沢くん……」
声をかけると、水瀬さんは持っていたハンガーを慌てて背中に隠した。
ちらりと見えたのは、清楚な白地に淡い水色の花柄があしらわれた、上品なセパレートタイプの水着だった。
「いや、隠さなくてもいいだろ。今のやつ、すごく水瀬さんらしくて綺麗だったぞ」
「……ほんとに? ちょっと、背伸びしすぎかなって思ってたんだけど……相沢くんがそう言うなら、試着してみようかな」
「試着って……ここで俺に披露する気じゃないよな」
「み、見せるわけないでしょう……! 本番の夏まで、内緒だよ」
真っ赤になりながらも、水瀬さんはその水着を大事そうに胸に抱きしめた。
スラッとしたモデル体型の水瀬さんがあれを着た姿を想像してしまい、俺は咳払いをしてそっと視線を逸らした。
「はーい、じゃあ試着室行ってくるから、陸くんはそこで待っててねぇ」
「りく先輩、もし覗きたくなったら言ってくださいね!」
「……絶対言わないから、さっさと行ってこい」
三人がキャッキャと試着室へ消えていく背中を見送りながら、俺は近くの柱に寄りかかって深く息を吐いた。もしかして我が友、蓮大先輩はいつも彼女とこんなイベントこなしてんのか?
なんだか親友への尊敬が増した気がする。
*
水着という名の精神修行(俺だけ)をなんとか乗り切り、俺たちは昼食をとるためにモールのフードコートへとやってきた。人が多くて一時はどうなるかと思ったが、意外にもすんなり席が取れてラッキーだった。
それぞれ好きな店のトレイを持ってテーブルに集合すると、なんだか随分と個性的なラインナップが並ぶ。きれいに系統被りなし。
「ふふ、みんなの頼んだもの、見事にバラバラだね」
水瀬さんの前には、定番のケチャップではなく、上からとろーりとしたチーズとデミグラスソースがたっぷりかかった洋風オムライス。
俺のトレイには、シンプルで涼しげなざるうどんが二玉盛りで鎮座している。
「りく先輩、ざるうどんだけですか? せっかくのモールなのに渋すぎますよ!」
「さっきの売り場で変な汗かいたから、さっぱりしたものが食いたかったんだよ。……そういうめいは、なんだその真っ赤なスープは」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! これは『麻辣湯』といって、いま女子の間ですっごく流行ってるんですよ! 自分で好きな野菜をたくさんトッピングして、ヘルシーで美容にもいいんですっ」
めいがピンク色の髪を揺らして、得意げに胸を張る。ボウルの中にはチンゲン菜やキノコ、春雨らしきものが山盛りになっていた。スープが赤くていかにも辛そうだ。
そして、その隣――凜乃先輩の前には、ひときわ異彩を放つ巨大な丼が鎮座していた。
「……あの、凜乃先輩。それ、なんですか」
「んー? これ? 特製油そばの麺大盛り四百グラム、チャーシューと味玉とマヨネーズの全乗せトッピングだよぉ」
「……俺のうどんの三倍――いや五倍くらいカロリーありそうですね」
「いーのいーの、いっぱい動いたからお腹ペコペコなんだもん。いただきまぁす!」
先輩が太麺を豪快に混ぜ合わせ、幸せそうに頬張り始める。
おっとりした癒やし系の見た目でがっつり系の油そばを美味しそうに食べる姿は、なんだか見ていて気持ちがいい。……あのむっちりとしたスタイルは、こういうところから作られているのかもしれないな。
「よし、めいも食べますよ! いただきまーす……ちゅるっ」
めいが勢いよく春雨をすすり――次の瞬間、ピタリと動きを止めた。
「……っ、……っ!? か、かっ……辛いですぅぅっ!」
「おい、大丈夫か。スープの色からしてヤバそうだと思ったんだよ」
「うぅ……見栄を張って『大人の三辛』にしたのが間違いでしたぁ……口の中が火事です、涙出てきました……っ」
大人の三辛……? なんだその物騒な響きは。
涙目でぷるぷると震えているめいを見かねて、俺は自分のざるうどんのトレイをすっと前に押し出した。
「……ほら、俺のうどんと交換してやるから、それ貸せ」
「え……で、でも、りく先輩のざるうどんが……」
「俺は辛いの平気だから問題ない。泣きながら食っても美味くないだろ」
「りく先輩……っ! うぅ、ありがとうございます、大好きですぅ……!」
めいが感動したように目を潤ませて、俺のうどんを引き寄せる。
「ずずっ……はぁぁ、冷たくて優しい味がします……生き返りますぅ……」
めいから引き取った麻辣湯を一口食べてみる。確かに花椒が効いてピリッとした刺激はあるが、野菜の旨味が出ていてなかなか美味い。
「ふふ、相沢くん、やさしいね」
向かいに座る水瀬さんが、微笑みながら俺を見つめている。
……のだが、よく見ると水瀬さんのスプーンの動きが、さっきから明らかに鈍くなっていた。
見つめているというより、苦しくてこっちを見ていただけかもしれない。
「……水瀬さん、もしかしてそのオムライス、キツいのか?」
「えっ……? あ、ううん、すごく美味しいんだけど……思っていたよりご飯の量が多くて、さらにチーズが濃厚で……」
清楚な顔立ちに似合わず、お腹がいっぱいで少し苦しそうに眉を下げている。
「……まだ手をつけてないそっちの端っこ、俺が食おうか?」
「え、いいの……? でも、相沢くん、いまめいちゃんの辛いスープも食べてるのに……」
「ざるうどんだけじゃちょっと足りなかったから、ちょうどいいよ。ほら、貸してみろ」
「……うん。ありがとう、相沢くん」
水瀬さんが少しだけ頬を染めながら、オムライスの皿を俺の方へと滑らせる。
俺がスプーンでチーズたっぷりの端っこをすくって口に運ぶと、水瀬さんは自分のスプーンを握りしめたまま、なんだかそわそわした様子で俺の口元を見つめていた。
「んーっ、完食ぅ! あー美味しかったぁ!」
そこでひたすら黙々と食べ続けていた凜乃先輩が空っぽになった丼をテーブルの上にドンと置いた。あの四百グラムの油そばをペロリと平らげて、満足そうに恍惚とした表情でため息をついている。――え、この人あの量をもう食べ終わったの……? 吸引力の落ちない掃除機並みだ……。
「あれぇ、陸くん、いつの間にかめいちゃんのスープと葵ちゃんのオムライス食べてるねぇ。うふふ、みんなの食べ残しを引き受けてくれるなんて、まるで頼れるお父さんみたいだねぇ」
「……誰がお父さんですか。ただの残飯処理係ですよ」
クールを装ってスープを飲み干したけれど実はけっこう辛かった。
それだけじゃなく、めいと水瀬さんから向けられる熱っぽい視線のせいで、スパイスの辛さとは違う汗もじわりと滲んでいた。




