㊳ 凜乃先輩の手料理!!
ちょっとぶらり散策しただけのはずだったが、楽しい時間というのは過ぎるのが早い。
何が言いたいかというと、もう夜になったってこと。
「みんなあ、できたよぉ」
ふんわりとしたおっとりボイスとともに、凜乃先輩が大きなお盆を抱えてリビングのテーブルへとやってきた。
昼間の買い出しや散策でペコペコになった胃袋が、その香りに一斉に反応して音を鳴らす。
一品目にドンと置かれたのは、見事な黄金色のパエリアだった。
サフランで鮮やかに色づいたライスの上に、昨日の今日で仕入れたのだろう白身魚の切り身と、ゴロゴロと大量の貝類がこれでもかとトッピングされている。仕上げに散らされたパセリの緑とレモンの黄色が映え、食欲を容赦なく刺激してくる。
そして二品目。
こんがりときつね色に揚がった衣をまとった、ひと口サイズの料理が山盛りにされている。パッと見は天ぷらのようにも見えるが、どこか洋風な雰囲気を漂わせている。
「これはフリッターって言うんだよぉ。うーん、洋風天ぷらだねえ」
ジーっと凝視していた俺の視線に気づいたのか、凜乃先輩がふわっと微笑みながら教えてくれた。なるほど、洋風天ぷら。初めて食べるかもしれないが、サクサクしていそうで間違いなく美味そうだ。
最後に置かれた三品目。
スライスされたフランスパンの皿と並んで、ガラスのボウルに盛られた『何か』が置かれた。……なんだこれ。フリッター以上に正体がわからない。だが、見た目からしてフランスパンに塗るディップソースの類なのは間違いなさそうだ。
「せ、先輩。これってなんですか?」
恐る恐る尋ねる俺に、凜乃先輩は得意げに(しかし相変わらずのマイペースさで)胸を張った。
「これはうーん、簡単に言うとタルタルソース? みたいなものだよぉ。玉ねぎと、揚げたお魚の衣を剥がしてほぐした身で作ったの。フランスパンにつけて食べるとすっごくおいしいんだよぉ」
魚の身をわざわざほぐしてソースに混ぜ込むとは、なかなか斬新な一手だ。もしかしたら先輩のオリジナルレシピなのかもしれない。あとでこっそり試してみよう。
「わあ、すごーい! なんか一気に海外のレストランみたいですね!」
めいが目を輝かせてパエリアにじっとかじりつきそうな勢いを見せる。
葵も「本当においしそう……! 凜乃先輩、ありがとうございます」と感心したように手を合わせている。俺と葵で「料理できるのか?」などとひそひそ話していたのが申し訳なくなるほどの本格的なラインナップだった。
「ほら、冷めちゃううちに食べよ。いただきます!」
めいの元気な号令とともに、俺たちは夜の宴をスタートさせた。
まずはパエリアを各自の皿に取り分け、スプーンを運ぶ。
魚介の出汁が米の一粒一粒にまでこれでもかと染み込んでいて、噛みしめるたびに海の旨味が口いっぱいに広がる。
「……うまっ! これめちゃくちゃ美味いぞ、先輩!」
「ほんとだ、魚介のコクがすごい……!」
「うふふ、良かったぁ。魚介をたっぷり使ったからねえ」
満足そうに微笑む凜乃先輩の横で、楪も「……まあ、悪くないわね」と言いながらパエリアを口に運んでいる。
続いて、洋風天ぷらこと『フリッター』に手を伸ばす。
揚げたてサクサクの衣にかじりつくと、中の白身魚の身がふっくらと柔らかくほどけていく。和風の天ぷらとはまた違う、オリーブオイルと洋風スパイスの香りがふわりと鼻を抜けた。
「でね、このフリッターをちょっとかじってから、この特製ソースをフランスパンに乗せると……」
凜乃先輩に勧められるがまま、俺はフランスパンにあの謎のディップソースをたっぷりと乗せて口に放り込んでみた。
「……っ!?」
シャキシャキとした玉ねぎの食感のあとから、香ばしい魚の旨味とマイルドな酸味が一体となって押し寄せる。フランスパンのパリッとした食感との相性も抜群で、これが想像を絶するほどの美味さだった。
「どう? 美味しいでしょ?」
「めちゃくちゃ美味いです、これ! 天才的ですよ先輩!」
俺が本気で驚くと、凜乃先輩は「えへへ、褒められちゃったぁ」と嬉しそうに目を細めた。
海産物尽くしでありながら、和食にとどまらない最高の洋風ディナー。
いつも食べる専門だと思っていた凜乃先輩の意外な特技に驚きを隠しきれない。
俺もいつか、俺だけのために作られた葵の手料理を食べたい。
なんて思っていると。
「今度作ってあげるね」
俺の心を見透かすかのようにこそっと言ってきた。
これが以心伝心というやつなのか。
「おう。楽しみに待ってる」
賑やかな笑い声を響かせながら、俺たちは美食に彩られた夜の時間を満喫していった。




