㉛ お昼の買い出し!!
「りくせんぱーいっ。一緒にお風呂入りましょーっ! 洗いっこしましょーっ!」
廊下に響き渡るアホの後輩の能天気な大声。
この淫乱ピンクロリ巨乳な後輩こと一ノ瀬めいとの混浴で合法的に入浴だなんて、そんな魅力的で魅惑的なイベントをただの男子高校生だったら拒否するわけない。わけないが、俺が本当に入るかどうかはまた別問題だ。なぜなら――
次の瞬間、隣の部屋のドアがスッと音もなく開いた。
「…………」
葵が無言で廊下に姿を現し、天使のような満面の笑みをめいに向けていた。目は笑っていない。
さらにその奥の部屋からは、凄まじい勢いで楪が飛び出してきた。
「おい相沢ぁぁぁッ! お前、部屋の中で何良からぬ電波飛ばしてんのよこのド畜生がぁぁッ!!」
「俺は一言も発してねえよ!!」
ほらね? 俺にはラッキースケベすら、一考の余地はないのだ。
そんな騒ぎを収めたのは、やはり一番奥の部屋から優雅に出てきた凜乃先輩だった。
「はいはーい、みんなそこまでにしようねえ。お風呂の前に、まずはお昼ごはんにしよっか」
「あ、そうですね。もうお腹ペコペコです!」
さっきまでの不穏な空気を一瞬で霧散させ、葵が明るく同意する。
コテージには立派なキッチンがあるが、中身は空っぽだ。港の近くにあった商店街まで誰かが買い出しに行かなければならない。
「というわけでね、公平にくじ引きで買い出し係を決めようと思いまーす」
凜乃先輩がお手製の割り箸くじをシャッフルして差し出してきた。
全員で一本ずつ引いて、一斉に見せ合う。
赤く印がついていたのは――俺と、楪だった。
「……えっ」
「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
楪がこの世の終わりのような絶叫をリビングに響かせた。頭を抱えて床に崩れ落ちている。
一方で、外れを引いためいが頬を膨らませてジタバタと地団駄を踏んだ。
「むぅぅぅ! いいなぁ! めいもりく先輩と買い出し行きたいです! ズルいですゆずちゃん!」
めいがずいっと身を乗り出した瞬間、床にへたり込んでいた楪の背筋が、ビクゥッ! と跳ね上がった。
さっきまで俺に牙を剥いていたのが嘘のように、めいの姿を視界に捉えた瞬間、楪の顔からサッと血の気が引いていく。喉をひくつかせ、小刻みに震えながら後ずさり、必死に葵の後ろへと隠れようとしていた。完全に捕食者を前にした小動物の反応だ。
「うふふ、めいちゃん。今回の合宿は二泊三日の予定だから、まだチャンスはあるよぉ」
凜乃先輩がおっとりとめいの頭を撫でて宥める。チャンスって何のチャンスだ先輩。
めいの追撃から逃れ、葵の背中にしがみついた楪は、涙目で必死に懇願し始めた。
「や、やだ……! 絶対やだ! なんであたしがあんな薄汚いゴミ屑野郎と二人きりで炎天下を歩かなきゃいけないのよ! お姉ちゃん、お願いだから代わってぇ!」
必死にすがりつく妹に対し、葵は腕を組んで、姉としての厳しくも優しい眼差しを向けた。
「ダメよ楪。お姉ちゃんもね、とーーーーっても変わってあげたいの。でもくじ引きなんだからルールは守らなきゃ。それに……せっかくの合宿なんだから、陸くんと仲良くなりなさい」
「お、お姉ちゃん……!? あたしを見捨てるの……!?」
「見捨ててないよ。ほら、早く行ってらっしゃい」
葵の鶴の一声に、楪はまるで処刑台に送られる罪人のように項垂れた。
俺としても、いつ噛みつかれるか分からない狂犬と二人きりで買い出しなんて気が重すぎる。だが、決まってしまったものは仕方がない。
「あ、あはは……。じゃあ、みんなの好き嫌いだけ聞いておくか。何買ってくればいい?」
俺が引きつった笑みで尋ねると、めいが真っ先に手を挙げた。
「めいは苦い野菜じゃなかったらなんでも食べまーす! ピーマンとゴーヤはダメですよ!」
「ピーマンは甘いだろ?」
何言ってんだこいつ。
「もしかしてりく先輩ってバカ舌……? で、でもそれでもめいはりく先輩愛してますよ!」
「おいこら。勝手に人をバカ舌呼ばわりして勝手に同情するんじゃあない」
「はぁい」
本当にわかっているのかわかっていないのか、ケラケラ笑うめい。
「私は……なんでも食べられるけど、香りがきつすぎるハーブとか香辛料はちょっと苦手かな」
葵が答える。香りの強いものか。そういえばいつも香りの弱いものしか食べていなかった気がする。
「はいよー。そもそも港町だから魚になると思うけど大丈夫か?」
「うん。磯の香りは大丈夫だよ」
「了解」
葵の控えめなリクエストを頭にメモする。
「凜乃先輩は何かありますか?」
「わたし? わたしはなんでも食べるよぉ。美味しいものなら何でも大歓迎」
さすが先輩、安定の懐の深さだ。
「よし、だいたい分かった。……行くぞ、楪」
「……っ! 近寄らないで! 三メートル以上離れて歩きなさいよ!」
「……へいへーい」
めいの視線を背中に感じてビクつきながらも、俺に対してだけは精いっぱいの威嚇を飛ばしてくる楪。
俺はため息をついて財布をポケットに突っ込み、玄関のドアを開けた。果たして無事に買い物を終えて生還できるのだろうか。




