㉕ 朝時間!!
通学路を歩いている時点でもかなりの注目度だったが、学校の敷地内――正門をくぐってからは、そんな生ぬるいレベルじゃなかった。
すれ違う誰もが二度見。いや、五度見くらいして、俺たちの繋がれた手を穴が空くほどじーっと見つめていく。
あまりの居心地の悪さに、俺は周囲の生徒たちの挙動の一部始終をちゃーんと観察してしまっていた。そのリアクションのテンプレ具合たるや、もはや芸術的ですらある。
まず最初に、葵が「おはようございます」といつもの鈴を転がすような清楚な声で挨拶をする。
挨拶された生徒は「あ、おはようございます!」と嬉しそうに返す。
次に、「水瀬さんは今日もかわいいなあ」とでも言いたげな緩んだ表情で、すれ違いざまに葵の顔をチラリ。
そして――「……あれ?」と違和感に気づいてもう一度チラリ。
さらに、「え、まさか見間違い?」と自分の目を疑って追加でチラリ。
最後に、「手ぇ繋いでる!?」と驚愕の表情で、俺たちの繋がれた手をガン見。
普通、こういうのってバレないように視線を泳がせたり、きょろきょろ誤魔化しながら最終的に目が行くんじゃないのか?
みんな判で押したように葵の顔を見た次の瞬間、あからさまに真下の手元へ視線を叩き落としてくる。隠す気ゼロの露骨な敵意の視線が矢のように刺さって、めちゃくちゃ怖いんだけど!
「……な、なあ葵。さすがに手、離さないか? 視線に刺し殺されそうなんだが……」
小声で懇願する俺の手を、葵は離すどころか、さらにぎゅっと力を込めて握り直してきた。
前を見据えたまま、その口元にはほんのりと悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「だーめ。離さないよ」
涼しい顔で言い放つ美少女の隣で、俺の背筋を冷や汗がツツーと流れ落ちていった。
とはいえ、救いなのは時期だった。
期末テストも返却され、通常授業のカリキュラムはすべて消化済み。今週は午前中だけの半日授業で、午後は赤点組の補習授業があるだけだ。
つまり、この集中砲火も半日ずつ、あと一週間耐え凌ぎさえすれば夏休みというシェルターに逃げ込める。学校にいなければ変な追及もそれ以上は来ないというわけだ。
「葵は――補習があるわけねえよな」
一応、念のために聞いてみる。もちろん俺もないんだけどね?
ただひとり天文部で補習がありそうな顔が思い浮かんでいる。
「もちろん! こう見えて優秀ですから!」
バーンっと薄い胸を張ってドヤ顔を決める葵。普段の控えめな姿からは考えられない調子の乗りっぷりだ。
「ピッキングできるくらい優秀だもんな」
「……まあ誰にでもひとつやふたつくらい、秘密はあるよね」
「秘密で済ませていいのかなあ」
「いいの!」
「へいへーい」
ゲームで言えば『盗賊』のスキルだしな鍵開けって。葵は僧侶じゃなくて盗賊かー。あんまり似合わないな。
……あれ? それを考えるとかなりやばい気がしてきた。僧侶だと思っていた女の子が実は回復魔法が使えるだけの盗賊でしたー! なんて。いや、逆か? 鍵開けが使える僧侶……なんだかそっちのほうが やばいバックボーンがありそうで怖いな。
軽口を叩き合えるようになった自分たちの関係に、気恥ずかしさと少しくすぐったい嬉しさを噛み締めながら、教室の前扉に手をかける。
ガラリ、と音を立てて戸を開けた。
始業にはまだ早い時間で、教室の中にいたのは十数人程度だった。
だが、それでも手をつないだまま教室に入ってきた学年トップの美少女と地味系男子の組み合わせは、特大の爆弾だったらしい。
静まり返ったのも束の間、席に座っていた連中が一斉にガタッと椅子を鳴らし、津波のように周囲へ集まってきた。
「おい相沢! お前水瀬さんと付き合ってんの!?」
「嘘だと言ってくれ水瀬さん!」
「アイザワ、ナマエ、オボエタ。デストロイ」
もはや言語を失った男子たちの怨嗟が、教室中に不気味な音叉のように響き渡る。
さらに、男子だけでは終わらなかった。集まってきた女子たちも葵を取り囲み、心配そうな、あるいは詰め寄るような視線を俺に向けてくる。
「相沢くんでいいの?」
「変なことされたらいつでも相談してね!」
「男はみんなけだものよ! 信じちゃダメ!」
……おいおい、ひどい言われようだな。
というか――え? 俺って普段からそんなに評判悪いの?
犯罪者予備軍みたいな扱いを受け、引きつった笑いを浮かべたまま硬直する俺の横で、葵がキュッと俺の手をさらに強く握り直していた。
そんな勝手な言われように、俺が苦笑いしながら口を開きかけた、その時だった。
葵がぎゅっと俺の手をさらに強く握り締め、クラスメイトたちへ向けて一歩前に踏み出した。その白い頬は、耳の先までリンゴのように真っ赤に染まっている。
「ち、違います! 私が……私の方から、ずっと陸くんのことが好きで、アプローチし続けてたんです!」
教室中が水を打ったように静まり返った。
普段は品行方正で控えめな優等生が、クラスのど真ん中で張り上げた必死の主張。葵は涙目になりながらも、決して視線を逸らさずに全員を見渡した。
「やっと……ようやく結ばれたんです。だから、茶化したりしないで……おめでとうって、言ってほしかったかな……」
最後の方は消え入りそうな蚊の鳴くような声だったが、その破壊力はすさまじかった。
一拍の静寂ののち、クラスの空気がガラリと一変した。
「水瀬さん、おめでとう……!」
「よかったね、水瀬さん!」
「おめでとう! くっそー! 相沢じゃなけりゃもっと全力で祝福できたのに!!」
「おめでとーっ!」
割れんばかりの拍手と歓声。
手のひら返しもいいところだ。男子たちの目にはまだ悔し涙が光っていたが、女子たちは完全に葵の乙女心に当てられて祝福モード一色になっている。
「……ったくもう」
居心地の悪さに頭をガリガリとかきながらも、自分のためにここまで言ってくれた葵の横顔を見て、胸の奥がじんわりと熱くなるのを止められなかった。




