② 新入生歓迎会!!
めいが入部した翌日の放課後。天文部の部室に入るなり、凜乃先輩がぱちんと手を合わせた。
「はーい、注目ー。今日は葵ちゃんとめいちゃんの歓迎パーティーをしまーす」
「パーティーって、いつも通りお菓子食べて駄弁るだけですよね」
「むー、りく先輩、夢がないですよ! 歓迎会です、かんげいかい!」
めいがピンク色の髪を揺らして抗議してくる。隣では水瀬さんがくすくすと笑っていた。
「ふふ、楽しそう。でも、お菓子のストックってまだあったっけ?」
「あー、実は昨日で食べ尽くしちゃったんだよねぇ。だから今から駅前のスーパーに買い出しに行くんだけど……荷物が重いから、陸くんは強制参加ねぇ」
「……まあ、いいですけど」
男一女三だ。俺にどうせ拒否権はないんだ。断っても連れて行かれるのはわかっている。肩をすくめて引き受けると、なぜか三人の視線が俺に集中した。
「じゃあ、あと一人はどうします? 全員で行くと部室を空けちゃうし……」
「めいが行きますっ! りく先輩と二人でお買い物、絶対楽しいです!」
「あ、ずるいよめいちゃん。お姉さんだって陸くんとデート気分味わいたいなぁ」
「で、デートって……。あの、私も相沢くんと一緒に行きたい、かな」
水瀬さんまで控えめに手を挙げた。
……あれ。なんだか急に部室の空気がピリついた気がする。買い出しなんてただのパシリだと思うんだが、なぜそんなにいきたがるんだろうか。そんなに行きたいなら俺が留守番すればいいのでは……?
「よし、ここは公平にじゃんけんで決めようかぁ」
「望むところです! めいは負けませんよ!」
「……うん、負けないから」
テーブルを囲んで、三人が妙に真剣な目で拳を構える。
おっとりしているはずの凜乃先輩も、清楚な水瀬さんも、この時ばかりは目が笑っていない。やっぱり俺が留守番していようか? という声は誰にも届きそうになかった。
「「「最初はグー、じゃんけん――ぽんっ!」」」
凜乃先輩がパー、めいもパー。そして、水瀬さんがチョキを出していた。
「あーっ、負けたぁ」
「うそっ、めいのパーが……! りく先輩との買い出しがあぁっ!」
「……やった。私の勝ち、だね」
水瀬さんが小さくガッツポーズをして、ほっとしたように胸を撫で下ろす。そんなに喜んでくれるなら、荷物持ちくらい悪くない気がしてきた。
「むー……水瀬先輩、りく先輩に変なことしないでくださいね!」
「変なことって、スーパーに行くだけだよ。……じゃあ相沢くん、行こっか」
「ああ、そうだな。じゃあ、ちょっと行ってきます」
「いってらっしゃーい。あ、私の分のプリンも忘れないでねぇ」
部室を出ると、夕暮れの涼しい風が廊下を吹き抜け俺の横顔を叩いていった。
隣を歩く水瀬さんは、さっきまでの勝負師みたいな顔が嘘みたいに、少しだけ頬を染めて俺を見上げてくる。
「ふふ、じゃんけん勝ててよかった」
「そんなに買い出しに行きたかったのか? 荷物持つだけだぞ」
「ううん、そうじゃなくて。……教室だと周りに人がいっぱいいるし、部室でもめいちゃんや凜乃先輩がいるでしょう? だから、こうして相沢くんと二人きりで話すの、実は初めてだなって」
「……言われてみれば、そうかもな」
サラサラの黒髪が風に揺れて、ふわりとシャンプーの香りが漂う。
平静を装ってポケットに手を突っ込んだけれど、内心では少しだけ歩調がぎこちなくなっている自覚があった。
「ねえ、相沢くん。せっかくの買い出しだし……少しだけ、寄り道して行かない?」
「……寄り道って、どこにだ?」
「スーパーの一本手前の通りに、ペットショップがあるでしょう? あそこのワンちゃん、ちょっとだけ見ていきたくて」
水瀬さんが少しだけ上目遣いで俺を見る。
ペットショップか。水瀬さん、動物好きなのかな。
部室に戻れば、また賑やかな時間が始まる。少しぐらい二人で時間を潰してもバチは当たらないだろう。
「……まあ、五分くらいなら付き合うよ」
「やった。ありがとう、相沢くん」
スーパーの手前で角を曲がり、ガラス張りのペットショップの前に立つ。
ショーケースの中では、小さな柴犬の子犬がころころと転がっていた。
「わあ、可愛い……。ねえ相沢くん、犬は好き?」
「ああ、嫌いじゃないよ。可愛い動物って見てると落ち着くしな」
「そっか。……じゃあさ、こういう子犬が急にリードを振り切って逃げてきたら、相沢くんならどうする?」
「ん? そりゃ、危ないから捕まえるだろ。それがどうかしたのか?」
俺が首を傾げると、水瀬さんはガラスに映る俺の顔をじっと見つめていた。
何かを期待するような、それでいて試すような不思議な瞳だ。
「……中学生の時、そういうことなかった? ほら、駅の近くの公園で、逃げ出した白い犬を捕まえてあげたこととか」
「白い犬……? ああ、言われてみれば、二年前くらいにそんなことがあった気がするな。よく知ってるな、そんな話」
「……うん、ちょっとね。じゃあ、その時の飼い主のことは……覚えてる?」
「飼い主? いや、あの時は犬を返すのに必死だったし、相手も帽子を深く被ってたから顔まではちょっと……」
記憶を探ってみたが、お礼を言われてすぐに別れたことくらいしか思い出せない。
俺が正直に答えると、水瀬さんは少しだけ肩を落として、それからふっと悪戯っぽく笑った。
「そっか。……ふふ、ならいいの」
「なんだよ、気になる言い方するな」
「なんでもないよ。ただ、相沢くんは昔から優しいままだなって思っただけ」
水瀬さんは細い黒髪を揺らして、くるりとスーパーの方へ向き直った。
なんだかわからないが、すごく大事なヒントを見落としたような気がしてならない。
「ほら、早く買い出しに行こっか。凜乃先輩のプリン、売り切れちゃうよ」
「……ああ、そうだな」
少しだけ前を歩く水瀬さんの背中を追いかけながら、俺はもう一度だけ記憶の中の白い犬を思い返していた。
*
スーパーの袋を両手に提げて部室のドアを開けると、テーブルに突っ伏していたピンク色の頭がガバッと跳ね上がった。
「あ……っ、りく先輩っ! 遅かったですよぉ!」
さっき見たペットショップの子犬そっくりの勢いで、めいが駆け寄ってくる。
そのまま俺の腰のあたりにぎゅっと抱きついてきたせいで、またしてもたわわな膨らみが無防備に押し当てられた。
「……お前な、俺は両手が塞がってるんだから飛びつくなよ」
「だって、りく先輩たちがなかなか帰ってこないから寂しかったんですもん! もしかして、どこか遠くに駆け落ちしちゃったのかと思いました!」
「大げさだな。ちょっとスーパーが混んでただけだよ」
「ふふ、ごめんねめいちゃん。私が少し寄り道に付き合ってもらっちゃったから」
水瀬さんが少しだけ申し訳なさそうに、でもどこか余裕のある笑顔でフォローを入れる。
「よ、寄り道!? むーっ、やっぱり油断できません……!」
めいがぷくっと頬を膨らませた、その後ろからもう一つの影が、ゆらり、ゆらり。と近づいてきた。
「りくくぅーん……帰ってきてくれてよかったぁ……」
「……凜乃先輩までどうしたんですか」
凜乃先輩が潤んだ瞳で俺の肩に顎を乗せてくる。
むっちりとした柔らかな体温が背中越しに伝わってきて、めいとはまた違うベクトルで心臓に悪い。
「あと五分遅かったら、私、お腹が空きすぎて倒れちゃうところだったよぉ……」
「……先輩は俺じゃなくて、この袋が目当てなだけですよね」
「んー? 陸くんもプリンも、どっちも待ち遠しかったよぉ」
そう言いながら、先輩の視線は完全にスーパーのレジ袋に釘付けになっている。
「ほら、買ってきましたから。テーブルに広げますよ」
「わぁい、さすが陸くん! あ、めいちゃんもお皿並べるの手伝ってぇ」
「はーい! あ、りく先輩の隣はめいの席ですからね!」
「ふふ、じゃあ私は反対側の隣に座ろうかな」
両脇からめいと水瀬さんに挟まれ、正面では凜乃先輩が幸せそうにプリンの蓋を開けている。
紙コップに注がれたジュースで乾杯すると、部室はあっという間に甘い香りと笑い声でいっぱいになった。
「……まあ、こういうのも悪くないか」
誰にも聞こえないように小さく呟いて、俺はぬるくなったオレンジジュースを一口飲んだ。




