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てんもんぶっ!!  作者: あさくらまひろ


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⑭ 進展!!

 夏祭りのあの日を境に、水瀬さんのリミッターは完全に消し飛んでしまったらしい。


 夏休み直前、一学期最後の通常授業期間。

 教室での彼女のアプローチは、控えめに言って俺の心臓の寿命をゴリゴリと削りにきていた。


「相沢くん、次の休みの日……ふたりでデート行こっ?」


 十分休みのチャイムが鳴った直後、俺の席の真横にやってきた水瀬さんが、机に両手をちょこんと乗せて上目遣いでそう囁いてくる。

 あまりの直球ストレートに「ぶふっ!」と喉に詰まりそうになりながら周りを見渡すと、案の定、クラスの男子たちの目が血走っていた。ちょっとみんなー? 怖いよー?


「な、なぁ水瀬さん、声が大きいって……!」

「え? だめ……かな?」


 しゅんと眉を下げて首を傾げられると、断る言葉なんて喉の奥から蒸発してしまう。

 それだけではない。移動教室で理科室や視聴覚室へ向かう際も、廊下の人の波に紛れるようにして、水瀬さんはすっと距離を詰めてくるのだ。


 ――ピトッ。


 歩くたび、制服の薄い夏服越しに彼女の柔らかな二の腕が俺の腕に触れる。触れているどころか、もはやぴったりと寄り添うようにくっついて歩いている。というかまるでめいのように腕に抱き着いてもくる。

 そのたびに長い黒髪から漂うシャンプーの甘い香りが、ダイレクトに俺の理性を揺さぶりにかかってくる。


「……あ、あの、水瀬さん。近すぎないか?」

「人混み、はぐれちゃうと困るから……嫌?」


 わざとだ。絶対にわざとやっている。

 唇を尖らせて甘えるように見上げてくるその顔は、あの夏祭りの夜に悪戯っぽく微笑んでいた時の表情そのものだった。

 夏祭りの背伸びキスを機に、彼女は「好き」という感情を一切隠さなくなっていた。



 *



「――っていうことがあってだな」

「お前、本当に一回ぶん殴られていいと思うぞ」


 日曜日の昼下がり。

 エアコンがガンガンに効いた蓮の部屋のベッドの上で、俺は漫画のページをめくりながら深いため息を吐いた。

 床の座椅子に座って携帯ゲーム機をポチポチ動かしていた蓮が、心の底から蔑むような冷ややかな視線をこちらに向けてくる。


「いや、自慢とかじゃなくてマジで悩んでるんだよ。なんでだろうなぁ、って」

「なんでだろうなぁ、じゃねえよ。向こうがお前にベタ惚れだからに決まってんだろ。好きならさっさと誘いに乗ってデートすればいいじゃん」

「好きなんだけどさぁ……」


 手に持っていた漫画を胸の上に放り投げ、俺は蓮の部屋の白い天井をじっと見つめた。

 言葉にしてみると、自分の情けなさがじわじわと胸に広がっていく。


「好きなんだけど……本当に、俺なんかがいいのかなって思っちまうんだよ」

「あ?」

「だってあいつ、学年一位の秀才で、顔もあんなに可愛くて、性格も良くてさ。それに比べて俺なんて、特に目立つ特技もないし、ただのぐうたら男子高校生だぞ? あんなにグイグイ来られるほどの理由に、まったく心当たりがないんだよ」


 あの夏祭りのキスだって、思い出すたびに今でも胸が焼き切れそうになるくらい嬉しかった。

 教室で触れられるたびに飛び跳ねるほど心臓が高鳴っているのも、動かない事実だ。

 けれど、その甘い熱気の裏でどうしても拭えない疑問がぐるぐる回り続けている。


 ――なんで、俺なんだ?


 俺の独り言のようなぼやきを聞いて、蓮はゲームを操作していた手を止めた。

 カチ、とボタンを押す音が止み、部屋の中にエアコンの低い稼働音だけが響く。


「……お前さ」


 蓮が静かに口を開いた。

 いつものおちゃらけたトーンではなく、どこか真面目で、けれどどこか呆れたような声だった。


「自分の価値を低く見積もりすぎなんだよ、昔から」

「……なにがだよ」

「理由なんて、後からついてくるもんだろ。水瀬さんがお前を選んで、お前が好きだって言ってんだから、それだけで十分じゃねえか。……それともお前、水瀬さんの気持ちを『人違い』とか『気の迷い』で片付ける気か?」

「そんなわけないだろ」

「なら腹くくれよ。相手はあの水瀬葵だぞ? ウジウジ悩んでる暇があったら、デートでどこ連れていくか考えろっての」


 蓮はそう言って、足元にあったクッションをぽんと俺の顔面目掛けて投げてきた。

 顔の上に落ちてきたクッションの感触に、俺は思わず苦笑いをこぼす。


「……そうだな。悪かった」


 クッションをどけると、窓の外には入道雲が青空に向かって高くそびえ立っていた。

 本格的な夏が、もうすぐそこまで来ている。

 彼女が本当は何を思っているのかも、まだ分からないことだらけだ。



 月曜日の昼休み。

 自分の席でぼんやりとスマホをいじっていると、いつの間にか目の前に影が差した。

 顔を上げると、そこには少し緊張した面持ちの水瀬さんが立っている。サラサラの黒髪が揺れ、綺麗な瞳がじっと俺の返事を伺うように見つめていた。周りの男子たちの視線がやけに痛いが、今の俺にはそんなものを気にする余裕すらない。

 ……昨日の夜、蓮の部屋で言われた言葉を思い出す。

 ウジウジ悩んでる暇があったら、腹をくくってやれ、だ。


「あのさ、水瀬さん」

「……うん?」


 俺が声をかけると、水瀬さんはわずかに身を乗り出した。期待と不安が入り混じったような、そんな表情。ずるい顔だ。あんなに見つめられたら、緊張で心臓が跳ね上がる。


「この前の休みの件だけどさ……その、俺でよかったら、一緒に行かないか?」

「…………っ!」


 水瀬さんの瞳がぱちくりと見開かれ、次の瞬間、まるで満開の花が咲くように嬉しそうにふっと緩んだ。

 そのあまりに可愛い笑顔に、俺は慌てて視線を机の端へと逸らす。


「ほんとに……? 行ってくれるの?」

「ああ。どこに行くかはこれから考えるけど……その、付き合ってくれ」

「うんっ! すごく、嬉しい……!」


 水瀬さんはその場で小さく両手を握りしめ、パッと顔を輝かせた。

 周りのクラスメイトたちが「おいマジかよ……」「水瀬さんがあんなに嬉しそうに……」とざわめき始めているが、もうどうでもいい。

 こうして俺たちの、正真正銘の初デートの約束が取り付けられたのだった。

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