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てんもんぶっ!!  作者: あさくらまひろ


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11/19

⑪ 新入部員!!

 テスト返却も終え、無事に天文部全員が赤点逃れを達成したお祝いに、凜乃先輩が手作りのクッキーを作ってきてくれていた。

 可愛らしいリボンでラッピングされた小袋を、先輩は嬉しそうに俺たちひとりひとりに手渡していく。


「ちょうど家庭科で実習があったから、みんなに作ってみたのぉ」

「うわあクッキーだっ! りの先輩ありがとーっ!」

「さすがです先輩。可愛くて食べるのがもったいないくらいですね」

「お店で出せるくらいうまいですよ、先輩」


 我慢できずにその場で一枚つまむ。

 パリッと焼き上げられたタイプのクッキーで、味は素朴ながら、噛むほどに口いっぱいに豊かなバターの風味が広がる本格派だ。テスト勉強で乾ききった脳天に優しい甘さが染み渡っていく。

 俺が無心でパリパリと二枚目に手を伸ばしていると、対面に座る水瀬さんと、隣のめいから同時にじとーっとした視線が突き刺さった。


「……相沢くん、本当になんでも美味しそうに食べるよね」

「もう、りく先輩のバカ! せっかくの先輩の手作りなんですから、もっとありがたがって大事に食べてくださいよぉ!」

「いや、目の前にこんな美味そうなの出されたら食うだろ普通」


 理不尽な非難に肩をすくめていると、先輩がふくよかな胸元に手を当てて、うふふっと楽しそうに目を細めた。


「陸くん、気に入ってくれたみたいでよかったぁ。……でもねぇ、実はもっとあったんだけど、つまみ食いしてたら減っちゃったのぉ」

「――え?」


 思わず手が止まり、今手元にある小袋に視線を落とす。

 ……四、八……少なくとも、すでに胃袋に収めた二枚と合わせれば一人頭十枚はある。これが四人分。

 もっとあったって、先輩はいったい家庭科室でどれだけの量を焼き上げて、そして自分の胃袋にどれだけ収めてきたんだろう。この人のほんわかした雰囲気と底なしの燃費の良さには、たまに本気で驚かされる。


 そんな、テスト明け特有のゆるやかな空気に包まれ、平和な放課後を満喫していた――まさにその時だった。


 バァァァァンッ!!


 静かな部室棟の廊下に、壊れるんじゃないかという凄まじい衝撃音が轟いた。

 勢いよく跳ね返った木製のドアが壁に激突し、乾いた音を立てて軋む。


「たのもぉぉぉぉぉっ!!」


 響き渡る、やけに甲高く凛々しい少女の声。

 かつてピンク色の髪を振り乱してこの部室に突撃してきた、某一年生の初登場シーンが強烈にフラッシュバックする。……ここのドアはノックという概念を知らない人間を引き寄せる磁石でも埋め込まれているのか?


「な、なに……!?」

「ひゃああっ!?」


 水瀬とめいが目を丸くして身を引く中、全員の視線が入り口へと集中した。

 もうもうと舞う埃の向こう、腰に両手を当てて仁王立ちしていたのは――見覚えがありすぎる人物だった。


 高等部とはリボンの形状が違う、中等部の制服。

 サイドテールを揺らし、勝ち気な瞳を吊り上げたその少女――水瀬さんの妹、楪だ。


「見つけたわよ、お姉ちゃん! ……そして、相沢陸ぅっ!」


 ビシッと向けられた人差し指の先端を、俺は口を半開きにしたまま見つめた。

 視線を右へ動かす。おっとりと首を傾げる凜乃先輩。

 視線を左へ動かす。クッキーをくわえたまま固まっているめい。

 正面を見る。顔面を真っ青にして頭を抱えている水瀬さん。


 ……もう一度、指差されている自分を見下ろす。


「……あのさ」

「な、何よ! 言い訳する気!?」

「いや、言い訳も何も……テスト終わったからって、中等部からわざわざ何の殴り込みだよ、楪ちゃん」

「ちゃん付けで呼ぶなぁっ!」


 カッと頬を赤くして地団駄を踏む楪。

 先日、水瀬家を巻き込んだあのゴタゴタを解決したことで、姉妹のわだかまりは綺麗さっぱり解けたはずだった。……はずだったのだが。


「ちょ、ちょっと楪!? な、何しに来たのよ……!」

「何しに来たかですって!? 決まってるでしょ、お姉ちゃんの監視よ!」

「か、監視……!?」


 あたふたと立ち上がった水瀬さんに、楪はツカツカと歩み寄ると、腕を組んで胸を張った。


「あの事件のあと、お姉ちゃんが急に明るくなったのはいいわよ! でもね、家に帰ってからも『相沢くんが』『部活で相沢くんが』って、口を開けばこの男の名前ばっかり! スマホ見てニヤニヤしてるし、完全に骨抜きにされてるじゃない!」

「ニ、ニヤニヤなんてしてない! それに相沢くんはただの――」

「だ・か・ら! お姉ちゃんがこの怪しげな男に騙されて変な道に踏み外さないように、今日から私がこの部活に毎日来て見張ることにしたの! 入部届ならもう書いてきたわよ!」


 バッと懐から取り出されたのは、きっちり必要事項が埋められた入部届だった。

 姉を奪われまいとする筋金入りのシスコンっぷりに、水瀬さんは耳まで真っ赤にして狼狽している。

 そんな中、俺の隣でクッキーを飲み込んだめいが、すっと目を細めて立ち上がった。


「……ちょっと、さっきから聞いてれば、中等部の分際で何様のつもりですか?」


 いつになくめいが怖い気がする。もしかして上下関係とか気にするタイプか? まあよくよく考えればこいつって意外と先輩先輩って尊敬してるかどうかはさておき丁寧だもんな。


「ここは高等部の部室棟ですよ。お姉ちゃんの監視だか何だか知りませんけど、部外者が土足で踏み込んできて、りく先輩に失礼な口利かないでくれます? ……身の程を弁えなさいよ、おチビちゃん」

「なっ……! なによそのピンク頭! 誰がおチビよ! それにアンタこそ、さっきから相沢の隣にべったりくっついて何なのよ!?」

「めいは正式な部員ですー。だいたい、りく先輩の隣はめいの特等席なんですから、あんたみたいな妹キャラが割り込む余地なんてないんですーだ」


 あっかんべーと舌を出すめいと、怒髪天を衝くサイドテールの妹。

 バチバチと火花を散らす二人の間に、目に見えるレベルの電流が走り始める。


「あ、あのねぇ二人ともぉ〜、クッキーまだあるから仲良く食べようねぇ〜?」


 のほほんと小袋を掲げる凜乃先輩の声も、今の二人には一切届いていない。

 俺は深く、深いため息を吐き出すと、手元のクッキーをパリリと噛み砕いた。


「……部長、どうします? これ」


 一触即発の二人に挟まれ完全に頭痛を覚えた俺は、テーブルの向こうで優雅に紅茶を啜っている凜乃先輩へと話を振った。

 一応、この部室の最高権力者にして絶対防衛ラインだ。部員の増減や部外者の立ち入りに関して、最終決定権は部長にある。


「えぇ? 私ぃ?」


 先輩はおっとりと首を傾げ、楪がテーブルの上に叩きつけた入部届へと視線を落とした。

 めいは「先輩、こんな生意気な中等部なんて追い出してください!」と腕を組み、水瀬さんは「部長、本当にごめんなさい……妹にはちゃんと家で言い聞かせますから……」と今にも泣きそうに頭を下げている。当の楪は、突き出された入部届の前でツンと顎を引いて結果を待っていた。


 そんな四人の視線を一身に浴びながら、凜乃先輩はふわりと花が咲くような笑みを浮かべた。


「いいよぉ〜。賑やかになるのは大歓迎だもんねぇ」

「えっ、いいんですか!?」

「ちょっと、りの先輩!?」


 水瀬さんとめいが同時に声を上げる。

 だが、先輩は入部届を丁寧に両手で受け取ると、いつもの穏やかなトーンのまま、すっと目を細めて楪とめいの顔を交互に見つめた。


「うん。でもねぇ、部室で喧嘩するのはめっ、だよ? ここはみんながのんびり星を見たり、お茶を飲んだりする場所だからねぇ。仲良くできない悪い子は、メッだからねぇ〜」


 ニコニコと笑いながら発せられたその言葉。

 語気こそ完全に幼児をあやす幼稚園の先生のそれだったが、明らかに笑っていない目に、めいも楪も背筋をピンと伸ばして「ひっ……」と息を呑んだ。

 おっとりした年上お姉さんが本気で怒ると一番怖い、という真理を本能で察知したらしい。


「は、はい……仲良くしますぅ……」

「わ、分かりました……」


 しおらしく頷く二人に、先輩は「うん、よろしいぃ」と満足そうに頷き、楪の分の紅茶を淹れに給湯スペースへと向かった。……流石は部長、猛獣使いの素質がある。


 こうして、中等部の楪が正式(?)に天文部へと入り浸ることになったわけだが――。


「……なぁ、水瀬さん」

「な、なに? 相沢くん」


 翌日、放課後の部室。

 テスト返却の数学の解き直しについて聞こうと、俺が何気なく水瀬さんの席へ近づいた、その瞬間だった。


「シャァァァッ……! それ以上お姉ちゃんに近づかないでっ!」


 ソファの端から猛ダッシュで割り込んできた楪が、両腕を大きく広げて水瀬さんの前に立ちふさがった。

 髪のサイドテールを逆立て、牙でも剥き出しそうな勢いで「ガルルル……」と喉を鳴らしている。完全に縄張りを守る小型犬の威嚇そのものだ。


「いや、ただ数学のプリント見せてもらおうとしただけなんだが」

「嘘おっしゃい! そうやって勉強にかこつけてお姉ちゃんとの距離を縮めようっていうスケベ心でしょ! 私がいる限り、お姉ちゃん半径一メートル以内への接近は許可しません!」

「どんな結界だよ……。水瀬さん、こいつどうにかしてくれ」

「ゆ、楪……! 相沢くんは困ってるだけなんだから、邪魔しちゃダメでしょ!」

「お姉ちゃんは黙ってて! 男の嘘に騙されちゃダメなんだからっ!」


 話しかけようとするたびに、ガルガルと唸り声を上げて割って入ってくる妹。

 それに対して、対面のソファからめいが「ほんっとウザいですねあのおチビ……りく先輩、めいが数学教えてあげましょうか? 赤点スレスレでしたけど!」と胸を張って割り込んできて、さらにカオスに拍車をかける。というかお前はまず自分の勉強をしろ。


 穏やかな天文部の聖域は、どうやら完全に騒がしい動物園へと変貌を遂げてしまったらしかった。

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