第8話 スマホ部
放課後。
教室を出た奏多は、隣の席の男子と並んで廊下を歩いていた。
「スマホ部って、どんな感じなんだろうね」
隣の男子が、少し楽しそうに言う。
「さあ……僕もよく知らない」
奏多もそう答えながら、ポケットに手を入れた。
指先に触れたのは、大会でもらったキーホルダーだった。
今日、ここへ来た理由のひとつ。
奏多はそれを握ったまま、前を見る。
廊下の先に、目的の部室が見えてきた。
隣の男子が先に扉へ駆け寄る。
「とにかく行ってみよう!」
ガラガラガラ。
勢いよく扉が開いた。
*
「お、来た!」
部室の中から、栞の声が飛んできた。
「あ、七瀬さん」
奏多が軽く手を上げる。
「きたよ」
「お邪魔しまーす」
隣の男子も続いて入る。
「どうぞどうぞ」
栞は二人を迎え入れた。
特別に歓迎するわけでもない。
もちろん、「入部する?」なんて聞くこともない。
ただ、放課後に友達が遊びに来たような、そんな自然な空気だった。
奏多は部室を見回す。
大会の会場とは違う。
ここには、実際にスマホを使って練習している部員たちがいる。
その光景を眺めながら、奏多はポケットに手を入れた。
そして、一つのキーホルダーを取り出す。
「これ」
栞へ差し出した。
「あ」
栞の目がキーホルダーに止まる。
奏多は少し申し訳なさそうに笑った。
「渡すの遅くなっちゃってごめんね」
「ううん! ありがとう!」
栞は素直に受け取った。
嬉しそうに手の中で眺める。
その横で、隣の男子が「あ」と声を漏らした。
「そういえば、僕のもあるよ」
男子は鞄を探り、何かを取り出した。
それは、去年の大会でもらったキーホルダーだった。
「僕は去年のこれ!」
奏多と栞が覗き込む。
「表情とか色が違うね!」
「そうそう!」
栞は今年のキーホルダーと去年のものを並べて見比べた。
「今年のめちゃ可愛いよね!」
「そうだね!」
二人の間で、ちょっとした記念品談義が始まる。
奏多はその様子を眺めながら、なんとなく笑った。
「ありがと、結城くん」
「いや、こっちこそ」
栞はもらったキーホルダーを鞄につける。
その様子を見届けてから、奏多は改めて部室を見回した。
さっきまでよりも、少しだけ違って見える。
「それで、今日は見学?」
栞に聞かれ、奏多は答えた。
「……うん」
一度、言葉を切る。
大会の光景が頭に浮かんだ。
自分のガトリング。
撃ち続けても削りきれなかった相手。
弾が尽きた瞬間。
そして――大鎌。
あの距離。
あの一撃。
何もできないまま終わった。
「……まぁ」
奏多は部室にいる部員たちを見た。
「もうちょっと知りたくなった」
栞が黙って奏多を見る。
「この前、何もできなかったから」
大会では、ただ目の前の相手に食らいつくことしかできなかった。
武器のことも。
戦い方も。
自分が何をすればいいのかさえ、途中から分からなくなっていた。
「次は、もうちょっとちゃんと戦いたい」
その言葉に、部室の奥から声がした。
「じゃあ、練習すればいい」
「……?」
三人が一斉に振り向く。
部室の奥。
机に座っていた男が、こちらを見ていた。
「……先生?」
奏多が呟く。
「顧問の篠宮先生」
栞が教えてくれる。
「どうも」
篠宮は淡々と頭を下げた。
「結城だっけ」
「はい」
篠宮は奏多を見たあと、自分の持ち物へ手を伸ばした。
取り出したのは、一つのキーホルダーだった。
「それ……?」
奏多が目を向ける。
「これは今年のだ。結城にやろう。」
篠宮が見せたのは、大会のキーホルダー。
先ほど栞に渡したものと同じデザインだった。
「先週、生徒からもらった」
「えー! 私にはくれなかったのに!」
栞が声を上げる。
篠宮は悪びれもせず、
「まぁ……な」
とだけ答えた。
そして手の中のキーホルダーを見る。
「七瀬にあげてもよかったんだけど」
「……」
栞がじっと先生を見る。
「俺も一個くらい持っときたかったし」
「なんで奏多くんにはあげるの?」
「大会楽しかったみたいだからな。」
「えー。」
「あと」
一呼吸置いてから、
「あわよくば、七瀬が新人連れてこないかなーって」
そう言って、奏多と隣の男子を見る。
栞も二人を見る。
「……二人も来ましたけど」
「ほんとに来たな」
篠宮は少しだけ満足そうだった。
隣の男子が、自分を指差す。
「僕も入部する流れ・・・?」
「いや、好きにすればいい。」
そして篠宮は、手にしていたキーホルダーを奏多へ差し出した。
「まぁ、受け取っておいてくれ」
「え?」
奏多は思わず目を丸くする。
「俺は去年の持ってるしな」
そう言って、篠宮は自分のキーホルダーをしまう。
「……いいんですか?」
「いいよ」
奏多は差し出されたキーホルダーを受け取った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
隣の男子は、自分の去年のキーホルダーを眺める。
「僕も去年のあるからね」
なんとなく嬉しそうだった。
そのとき。
部室の扉が開いた。
ガラガラ。
「ただいまー」
明るい声とともに、黒瀬が入ってくる。
「あれ?」
黒瀬は部室の中を見渡し、奏多を見つけた。
「黒瀬先輩」
「結城君じゃん」
黒瀬は笑いながら近づいてくる。
そして奏多と、その隣にいる男子を見る。
「新人二人きたの?」
「そう」
栞が答える。
「へぇ」
黒瀬は二人を眺めた。
それから奏多を見る。
「結城が来るとは思わなかったな」
「……なんでですか?」
奏多が聞き返す。
黒瀬は少し笑った。
「だって、昨日ボロ負けしてたから……」
「……」
奏多の表情が固まる。
次の瞬間、頭の中に昨日の光景が蘇った。
大会を終え、肩を落として会場を出ていく自分。
その隣には栞がいた。
『負けちゃったね!』
そんな栞の声。
少し離れた場所から、その様子を見ていた黒瀬。
――見られていた。
「見てたんですか……」
奏多が呟く。
「うん」
黒瀬はあっさり答えた。
「でも、今日は自分から来たんだろ?」
「七瀬さんにキーホルダー渡しに……」
奏多は、手の中のキーホルダーを見る。
それが今日ここへ来た、最初の理由だった。
けれど。
それだけじゃない。
部室を見回す。
ここには、あの日の大会で見たものとは違う景色がある。
戦っている人たちがいる。
練習している人たちがいる。
そして自分は――。
「大会、悔しかった?」
黒瀬の声がした。
「……悔しかったです」
奏多は、今度は迷わず答えた。
黒瀬が少しだけ笑う。
「強くなりたい?」
「……なりたいです」
その答えを聞くと、黒瀬は自分のスマホを見る。
そして顔を上げた。
「じゃあ、1試合やってみる?」
「……先輩と!?」
奏多が驚く。
黒瀬は首を横に振った。
「いや、丁度いい相手がいる」
黒瀬は部室の奥へ向かって声を張る。
「透吾ー! ちょっといいかー?」
「ん?」
声をかけられた森下が顔を上げる。
「なんすかー?」
奏多は思わずスマートフォンを握った。
大会で負けたときとは違う。
今度は、自分から戦う。
「……よろしくお願いします」
その言葉に、部室の空気が少しだけ変わった。




