第16話 自分のスマホ
休みの日。
奏多は、一人で電気屋を訪れていた。
特に迷うこともなく店内を進み、案内表示を見上げる。
目当ての売り場を見つけると、自然と歩く速度が少しだけ速くなった。
競技用品売り場。
そこには、これまでスマフォの画面越しに何度も眺めていたものが、実物となって並んでいた。
「おぉ……」
思わず声が漏れる。
展示されているスマホを眺め、グリップを手に取る。
握ってみる。
部で借りているものと同じ競技機なのに、自分で買うつもりで見ると、なんとなく違って見えた。
ゴーグルにも目をやる。
あれも必要。
これも必要。
一つずつ確認している奏多の顔は、いつの間にか緩んでいた。
やっぱり欲しい。
自分のものが。
一通り眺めたところで、奏多は値札を見る。
「……」
スマフォを取り出した。
今まで働いて貯めた金額を確認する。
もう一度、値札。
「……まだ足りないな」
分かっていたことではある。
それでも実物を目の前にすると、少し残念だった。
そのとき、値札の横にある表示が目に入った。
「セール……」
期間を確認する。
「来週末までか……」
奏多はその場で計算を始めた。
今ある金額。
セール中の価格。
その差。
「……頑張れば、いけるかな」
もう一度、並んでいるスマホを見る。
「何かお探しですか?」
突然声をかけられ、奏多は振り返った。
店員が立っている。
「あ……いえ」
少しだけ間が空いた。
「今日は見るだけなんで」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
「はい」
奏多は店を出た。
出口へ向かう途中、一度だけ振り返る。
まだ買えない。
でも、あと少しだった。
翌日の放課後。
教室を出ると、栞たちは部室へ向かうところだった。
「結城くん、今日も仕事?」
「うん」
奏多は鞄を持ち直す。
校門の方には、父の軽トラックが待っている。
「じゃ、また!」
そう言って、奏多は走っていった。
その日も働いた。
トイレに洗剤をかけ、ブラシで擦る。
汚れが残っていないか確認して、細かいところまで掃除する。
水を流して、最後に拭き上げる。
道具を片付け、次へ。
別の日。
今度はエアコンの前にいた。
父がカバーを開ける横で、奏多は必要な道具を準備する。
父が手を伸ばす。
その先へ、奏多が先に道具を差し出した。
「お、ありがと」
「うん」
作業を終えたエアコンを確認して、また片付ける。
そして、また別の日。
今度は古くなった波板の張り替えだった。
父と二人で古い波板を外し、新しいものを運ぶ。
「そっち持って」
「うん」
二人で持ち上げる。
奏多が位置を合わせる。
「もうちょい右」
少し動かす。
「そこ」
「はい」
父が固定する。
奏多は下から仕上がりを確認すると、使い終わった道具を集め始めた。
それを軽トラックへ積み込む。
全部終わったところで、奏多は息を吐いた。
「ふぅ……」
ここ最近、ずっとこんな調子だった。
学校が終われば仕事。
仕事が終われば帰る。
部活にはほとんど顔を出せていない。
それでも、欲しいものがあった。
「奏多」
父に呼ばれ、振り返る。
「ほい」
働いた分のお金を渡された。
「ありがとう」
奏多は受け取ると、すぐにスマフォを取り出した。
今まで貯めた分。
今日もらった分。
それを合わせる。
そして、電気屋で見たセール価格と比べる。
「……」
指が止まった。
少しだけ。
本当に、少しだけ届かない。
「……ちょっと足りない」
小さく呟いて、奏多はスマフォをしまおうとした。
その顔を、父が横から見ていた。
「……足りないのか?」
「え?」
奏多が顔を上げる。
「スマホ、買うんだろ?」
「……うん」
少し迷ってから答えた。
「ちょっとだけ」
「そっか」
父は少し考える。
それから財布を取り出した。
「ここ最近、毎日頑張ってくれたからな」
「?」
「今日は多めに出そう!」
追加のお金が差し出された。
奏多は目を丸くした。
「えっ、いいの?」
「ボーナス、ボーナス」
奏多は受け取る。
そして、もう一度スマフォを取り出した。
計算する。
今度は――届いた。
「……!」
顔が一気に明るくなる。
「……買える!」
父が笑う。
奏多も嬉しそうにスマフォをしまった。
だが、その手が途中で止まる。
「でも……」
「ん?」
奏多は父を見る。
「僕が部活に力入れすぎると、父さん大変じゃない?」
父は少し意外そうな顔をした。
それから、なんでもないことのように答える。
「お前がいない時はいない時で、なんとかするよ」
「……そっか」
奏多の表情が少し緩む。
「高校生なんだから、やりたいことやっとけ」
「うん」
父は頷いた。
そして。
「でも……どうしてもな時は頼むな!」
「頼むんじゃん!」
二人の笑い声が、仕事を終えた現場に響いた。
奏多は、もう一度電気屋を訪れた。
数日前と同じ店。
同じ売り場。
同じスマホ。
けれど、今日は見るだけではない。
売り場へ歩いてきた奏多に、以前声をかけた店員が気づいた。
奏多は真っ直ぐ、欲しかったスマホの前へ向かう。
もう値札と貯金額を見比べる必要はなかった。
迷わず、それを指す。
「これ、ください」
しばらくして。
電気屋から出てきた奏多の手には、新品の箱があった。
自分で働いて。
自分で貯めて。
ようやく手に入れた、自分のスマホ。
箱を大事そうに抱えながら、奏多は嬉しそうに笑った。




