第15話 家業手伝い
翌日
放課後の教室で、奏多は鞄に教科書をしまっていた。
「結城くん」
声をかけられて振り向く。
栞が鞄を持って立っていた。
「今日、部活は?」
「ああ、今日は家の手伝い」
「そっか」
「うん。じゃあ、また!」
「またね」
奏多は鞄を肩に掛け、教室を出た。
昨日入部したばかりのスマホ部。
本当なら、今日も行きたい。
森下との試合で分からなかったことも、まだたくさんある。
もっと武器を触ってみたい。
もっと試してみたい。
けれど――今は、先にやることがある。
*
校門を出ると、見慣れた軽トラックが待っていた。
奏多は助手席へ乗り込む。
「お待たせ」
「おう」
父親が車を出した。
「今日はすぐ終わるぞ」
「了解」
しばらくして到着したのは、一軒の家だった。
奏多は車を降りると、父親と一緒に必要な道具を下ろしていく。
「そっち押さえて」
「はい」
父親が作業する横で、奏多が部材を押さえる。
言われた位置から少しずらす。
「ここ?」
「そう。そこでいい」
「はいよ」
作業は順調に進んだ。
終われば、使った道具をまとめる。
忘れ物がないか確認して、軽トラックへ積み込む。
特別なことは何もない。
昔から何度もやってきた、いつもの手伝いだった。
*
翌日。
学校が終わると、また仕事へ向かった。
この日は荷物の運搬だった。
「奏多、そっち持って」
「うん」
二人で家具を持ち上げる。
奏多は後ろを確認し、邪魔になるものを先に避けた。
「こっちから行った方がいいな」
「そうだな」
狭いところでは角度を変える。
段差では声を掛け合う。
運び終えれば、次。
そして、その次。
終わる頃には、少し腕が重くなっていた。
*
さらに翌日。
また別の現場。
今度は簡単な取り付け作業を任された。
位置を確認する。
道具を選ぶ。
取り付ける。
少し離れて確認して、わずかに直す。
「こんなもん?」
父親が見る。
「いいんじゃないか」
「よし」
それで終わりだった。
片付けを済ませ、帰る。
その日も、働いた分だけ目標へ近づいた。
*
さらに翌日。金曜日。
「結城くん」
帰ろうとしたところで、また栞に呼び止められた。
「今日も来ないの?」
「うん。今日も仕事」
「そっかぁ」
栞の隣には、奏多と同じ日に入部した男子もいた。
二人とも、これから部室へ向かうらしい。
奏多はその姿を見た。
「……いいなぁ」
「え?」
「あ、いや。なんでもない」
栞が不思議そうに首を傾げる。
奏多は苦笑して、鞄を持ち直した。
「じゃ、また!」
「うん。またね」
二人とは反対の方向へ歩き出す。
部室へ行きたい。
練習もしたい。
でも、今は我慢だ。
*
父親の軽トラックに乗り込んだ奏多は、スマフォを取り出した。
最近、何度も見ているものを検索する。
競技機。
ARグラス。
グリップ。
画面を送るたび、欲しいものが次々と出てくる。
「……」
値段を見る。
「高いなぁ……」
別のものを見る。
こっちは少し安い。
また別のものを見る。
どうせ買うなら――。
そこまで考えて、奏多は画面を閉じた。
今までに貯めた分を考える。
まだ足りない。
「明日は朝からだからな」
運転席から父親が言った。
「うん」
奏多はすぐに返事をした。
*
土曜日。
朝から、家の前には軽トラックが止まっていた。
父親が荷台へ仕事道具を積んでいる。
奏多も残りの道具を運び出した。
「今日は庭な」
「了解」
荷物を積み終えると、二人は出発した。
向かった先は、一軒の住宅。
庭へ回ると、まず目に入ったのは伸びた生垣だった。
あちこちから枝が飛び出し、輪郭が崩れている。
少し離れた場所には、切られた庭木の株も残っていた。
父親が庭全体を見渡す。
「俺こっちやるから、生垣頼む」
「はーい」
奏多は必要な道具を下ろした。
バリカンを準備する。
周囲を確認してから、生垣の前へ立つ。
スイッチを入れる。
刃が動き始めた。
そのまま、横へ。
枝葉が次々と落ちていく。
奏多は一定のところまで進むと、一度バリカンを止めた。
「……」
少し離れて見る。
まだ粗い。
さっきより少し速く動かしたところには、細かな刈り残しもある。
奏多はそこへ戻った。
今度は少しゆっくり。
刃が枝をきちんと切っていく速度を保ちながら、横へ動かす。
再び離れる。
「……うん」
さっきより綺麗だ。
そのまま全体を整えていく。
速くやれば、その分だけ早く終わるわけではない。
雑に通せば、結局もう一度やることになる。
出っ張っている部分を見つけて、軽く整える。
奏多はふと、自分の手元を見た。
昨日――ではない。
ほんの数日前まで握っていたグリップの感触が蘇る。
武器を振ったときの感覚。
「……速けりゃいいってもんじゃないんだよな」
小さく呟いた。
「奏多ー、そっちどうだ?」
「あっ、もうちょい!」
父親の声で、意識が仕事へ戻る。
奏多は再びバリカンを動かした。
*
「終わったよ」
「じゃあ、こっち」
父親に呼ばれ、奏多は庭の奥へ向かった。
先ほど見えた庭木の株。
周囲の土はすでに掘られ、太い根が何本か露出していた。
「この根、切って」
「これ?」
「そう」
「了解」
奏多はツルハシを手に取った。
太い根を見る。
どこへ当てるかを決める。
足元を確認する。
両手で柄を握った。
大きく振り上げる。
そして――
振り下ろした。
ガッ!
ツルハシが根へ食い込む。
「……っ!」
柄を引いて抜く。
根にはしっかりと傷が入っている。
奏多はもう一度、狙いをつけた。
振り上げる。
振り下ろす。
ガッ!
再び食い込む。
引き抜く。
「……」
奏多はツルハシを見た。
大きく振り上げて。
狙ったところへ、振り下ろす。
頭の中に、つい先日の光景が浮かんだ。
手にしていた大剣。
「……大剣みたいな」
「ん?」
父親が振り返る。
「いや、なんでもない」
奏多はもう一度構えた。
ツルハシを振り上げる。
「……いや、全然違うか」
「さっきから何言ってんだ?」
「なんでもないって」
ガッ!
父親はよく分からないまま、自分の作業へ戻った。
奏多も根を見る。
仕事は仕事だ。
余計なことを考えるのをやめ、もう一度狙いを定める。
ガッ!
何度か繰り返す。
やがて――。
「よし」
根が切れた。
「父さん、切れたよ」
「おう。じゃあ抜くぞ」
「うん」
二人で株へ手を掛ける。
「せーの」
力を入れる。
残った土が崩れる。
ぐっと持ち上げると、株が抜けた。
「おっ」
「いけたな」
「重っ……」
「そっち持て」
「持ってるって」
二人で運び出す。
それが終われば、今度は片付けだ。
落ちた枝葉を集める。
袋へ詰める。
抜いた株を積む。
使った道具を軽トラックへ戻す。
最後に庭を掃除した。
作業前にはあちこちから枝が飛び出していた生垣は、すっきりと形が整っている。
庭木の株があった場所も片付いた。
奏多は少し離れたところから庭を見た。
「……よし」
仕事をした後、この瞬間は結構好きだった。
*
作業を終え、軽トラックのそばで休憩する。
父親が飲み物を開ける。
奏多も腰を下ろした。
そして――すぐにスマフォを取り出した。
また競技機を検索する。
ARグラス。
グリップ。
欲しいものを順番に見ていく。
父親が呆れたように横を見る。
「また見てんのか」
「見るだけならタダだから」
「昨日も見てただろ」
「昨日よりお金増えたし」
「そりゃ今日働いたからな」
奏多は画面に表示された金額を見る。
それから、自分が貯めた分を考えた。
少し近づいた。
最初に見た時よりは、ずっと。
でも――。
「……もうちょっと」
スマフォを閉じる。
今日はここまで。
明日は日曜日。仕事もない。
久しぶりに、何も予定のない日曜日だった。




