第7話 灰の中の真実
文化祭二日目。
校内は色とりどりの装飾で埋め尽くされ、
廊下には模擬店の食べ物の香りと呼び込みの声が満ちている。
軽快な音楽、はしゃぐ声、写真を撮るグループ。
――その真ん中にいるはずなのに。
莉帆は、まるで透明な壁の中に立たされているようだった。
すれ違う視線が、ふっと逸らされる。
小さな囁きが、わざと聞こえる距離で落ちる。
「……あれが二股の……」
「裏サイトの……」
胸が、きゅっと締めつけられる。
(昨日より……ひどい……)
昨日はまだ、半信半疑の空気だった。
今日は違う。
“事実”として扱われている。
クラスメイトたちも、どこか距離を取っている。
話しかければ返事はくる。でも、そこには一歩分の隙間がある。
居場所が、薄くなる感覚。
莉帆は俯いた。
――でも。
(大和くんにだけは……)
信じてほしい。
本当のことを、ちゃんと聞いてほしい。
それだけを支えに、莉帆は人混みを抜けた。
***
軽音部の控室前。
ドアの前に、大和の姿を見つける。
息が止まりそうになる。
「……大和くん」
声が、かすれた。
大和が振り返る。
驚いたように目を見開き、すぐに表情を引き締めた。
「話したいことがあるの……」
(お願い……聞いて……)
数秒の沈黙のあと、大和は小さく頷いた。
***
莉帆は、屋上に続く鉄扉を押し開けた。
震える声で言う。
「裏サイトのこと……全部、誤解なの。
私、二股なんてしてない……」
言葉が風に溶けていく。
大和は、視線をわずかに逸らした。
「……俺は、秘密の存在だから」
その一言で、胸が強く打たれた。
大和は、グラウンドではしゃぐ生徒たちを見下ろしながら呟いた。
「今さら、誤解だって言っても、誰も信じないよ」
静かな声。
怒鳴られるよりも、ずっと痛い。
「だって……秘密にしていたことも、バレてしまったんだし」
「大和くんのことは、まだ……」
「まだって、なんだよ!」
「ご、ごめん……」
大和が唇を噛む。
自分を落ち着かせるように、息を整えている。
「……ずっと、不安だった」
大和の声が震えている。
「莉帆が、お試しで付き合ってるんじゃないかって」
「そんなつもりじゃ」
言葉がぶつかる。
「結局、秘密ってそういうことなんだろ」
世界が、音を失う。
――お試しなんかじゃない。
好きだった。ちゃんと、好きだった。
でも、どうして秘密にしたのか。
どうして堂々と隣に立たなかったのか。
答えは、胸の奥で濁る。
「ごめん、もうステージが始まる」
大和はそれだけ言うと、もと来た鉄扉に手をかける。
振り返らない。
鉄扉が閉まる音が、やけに重く響いた。
***
冷たい鉄扉に手をかけた瞬間、膝から力が抜けた。
声を押し殺して泣いた。
(全部……私のせい……)
嘘をついた。
秘密にした。
守ろうとして、隠した。
その結果が、これだ。
(瑛子ちゃんも……麻丘くんも……みんな巻き込んで……)
スマホが震える。
美愛。
『どこ? 今すぐ行く』
数分後、美愛が息を切らして現れた。
莉帆の顔を見るなり、何も言わずに抱きしめる。
「莉帆……大丈夫じゃないよね」
その優しさに、涙がまた溢れた。
「大和くんに……嫌われた……」
途切れ途切れに、話す。
「私が秘密にしたから……」
「私の嘘のせいで……」
「みんな燃えてしまった」
美愛は黙って、背中をさする。
「でもね、全部がなくなったわけじゃないでしょ」
美愛の声は、揺れない。
「きっと、残った灰の中にも、何かがあるはずだよ」
莉帆は涙を拭った。
壊れた。
それは事実。
壊れた後――どうするのか?
***
空を見上げる。
どこまでも青い。
グラウンドの喧騒が風に運ばれてくる。
(大和くんに、ちゃんと伝えたい……本当の気持ち)
好きだったことも。
隠した理由も。
怖かったことも。
答えは、まだ見えない。
秋の風が、莉帆の頬の涙を乾かしてゆく。




