第8話 再び灯る恋
文化祭最終日。
達成感と、終わることへの名残の気配が入り混じっていた。
笑い声が廊下を満たし、スマホのシャッター音があちこちで鳴る。
けれど、その輪の外の莉帆に向けられる視線は、
まだどこか冷たい。
裏サイトは、いつの間にか閉鎖されていた。
しかし、炎上騒ぎは、完全に消えていない。
「二股」「裏切り」「清楚ぶってた」
棘のある言葉が、頭から離れない。
このまま、火種を抱えた日常が続くのだろうか。
それとも、時間とともに全て忘れ去られるのだろうか。
裏サイトのことも。
大和くんと付き合っていたことも。
忘れたい気持ちと忘れたくない気持ちが交差する。
莉帆は、校庭の片隅から一人、野外ライブを見つめる。
ステージの上では、大和がギターをかき鳴らしながら、
何かを振り切るように歌っている。
「文化祭が終わるまで――」
今さらながら、その言葉を思い出す。
(今日で、文化祭も終わる)
そう思えば思うほど、胸の奥に燻るものがある。
***
夕暮れ。
後夜祭が始まる。
ライトアップされたステージの前に全校生徒が集まってくる。
告白タイムが始まった。
文化祭の成功を讃える言葉。
仲間への感謝。
学校への嘆願。
決意表明。
そして本気の告白。
参加者が、思い思いの言葉を叫び、会場は熱に包まれていた。
その熱の中心へ――
司会者の戸惑い混じりの声が響く。
「次は……二年、倉田莉帆さん」
ざわめきが広がる。
視線が一斉に集まり、逃げ道は閉ざされた。
けれど、莉帆は足を止めなかった。
***
ステージへ向かう一歩ごとに、心臓の音が大きくなる。
足の震えが止まらない。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
(怖い。でも……)
このまま何も言わずに終われば、炎はくすぶり続ける。
自分も、大和も、きっと前に進めない。
美愛の言葉が胸に蘇る。
「『火は以って攻めを助くべし』
――炎は、恐れるだけのものじゃない。
使い方次第で、道を照らす」
莉帆は深く息を吸い込み、マイクを握った。
***
「裏サイトに書かれていたことは……本当です」
一瞬で、会場の空気が張り詰める。
「秘密にしてたけど……」
みんなの視線が突き刺さる。
「付き合っている人がいました」
ブーイングの嵐。
(逃げ出したい)
けれど、ここで目を逸らせば、すべてが嘘になる。
莉帆は、真っすぐ前を見る。
「でも、二股はしていません!」
莉帆は、精一杯の声で訴える。
ざわめきが広がり、疑いの声が飛ぶ。
それでも、莉帆は目を逸らさなかった。
「誰だよ、その相手!」
「してないって証拠は?」
言葉が詰まり、視界が滲む。
大和にも、麻丘にも、これ以上迷惑をかけたくない。
「それは……言えません」
「でも、信じてください!」
再び、ブーイングが起こる。
「じゃあ……この辺で。えっと、次の方は……」
たまりかねた司会者が、打ち切ろうとしたそのとき――
***
「……倉田の言ったことは本当です」
大和だった。
(大和くん……何で……)
迷いのない足取りでステージに上がり、莉帆からマイクを取る。
「付き合っていたのは、俺です」
その声は静かで、はっきりしていた。
どよめきが走る。
けれど、大和は続ける。
「隠していたのは、俺も同じです。
でも、倉田を中傷するのは違う。
みんな、もうやめてくれ!」
大和は、まっすぐ会場を見渡した。
ざわめきが、波のように揺れて――やがて、静まる。
生徒たちは、互いに顔を見合わせた。
そのとき、観客席から声が上がる。
***
「二股じゃないことは、僕が証明します!」
佳太が立ち上がっていた。
「僕は倉田さんに告白しました。
でも、ちゃんと断られました。彼氏がいるからって」
静まり返る会場に、佳太の言葉が真っすぐ届く。
「振られたのは僕です。
だから、倉田さんは二股なんかしていません」
その瞬間、空気が変わった。
***
涙を拭った莉帆は、大和を見上げる。
(ここで言わなきゃ、きっと一生後悔する)
大和の腕をマイクごと引き寄せる。
「大和くん!」
再び視線が集まる。
けれど、もう怖くない。
「もう一度……付き合ってください。
ちゃんとやり直したい!」
声は震えていなかった。
大和は驚き、それからゆっくり笑う。
「……うん。ちゃんとやり直そう」
一瞬、ざわめきが止む。
その後、大きな拍手が起こり、歓声が広がる。
「よし、みんなが証人だ!」
「今度は、別れるなよ!」
いつの間にか校庭は夜に沈み、
ステージのライトだけが二人を照らしていた。
***
秘密の恋は、終わった。
けれど、新しく始まったものもある。
「告白タイム、お疲れ。
今度は、みんなが知る恋になっちゃったね」
「公開処刑寸前だったけどな」
大和が、莉帆の頭をポンポンと叩く。
「もう、必死だったんだから」
莉帆は、ほっぺを膨らませながら、大和を肘で小突いた。
***
最終イベントの打ち上げ花火が始まった。
夜空に、大輪の花が咲く。
莉帆は、その光を目に焼き付ける。
花火は、尾を引いて消えていく。
しかし、莉帆の胸には、確かな小さな灯りが残った。
それは派手ではないけれど、未来を照らす光だ。
――この灯りを、守っていく。
莉帆は、隣に立つ大和の手を強く握った。
(第8篇 火攻篇 完)
あとがき:
孫子の火攻篇は、「火攻めを用いるには天の時と地の利を見極めよ」と説きます。
火は強力な武器である一方、風向きを誤れば自らを焼いてしまうからです。
恋もまた同じです。
情熱は大きな力になりますが、閉じ込めれば燻り続け、
やがて歪んだ炎へと変わることがあります。
本作では、“火”を“秘密”に置き換えました。
莉帆にとって秘密は、自分を守るための小さな灯りでしたが、
その灯りはいつしか彼女自身を追い詰める炎へと姿を変えていきます。
けれども、恐れず勇気をもって向き合うことで、
その炎は、未来を照らす光となりました。
この物語が、あなたの胸に灯った小さな恋の火を、
優しく育てるための一助となれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




