第6話 炎上する秘密
文化祭前日。
校内は、いつもより少し浮き足立った熱気に包まれていた。
文化祭準備室も例外ではない。
「タイムテーブル最終版、印刷できた!」
「装飾班、体育館の入口チェックお願い!」
莉帆は資料を抱え、机とホワイトボードの間を行き来していた。
隣では、佳太が手際よくチェックリストに目を通している。
「倉田さん、ステージ転換の時間、三分削れそうだよ」
「ほんと? 助かる……」
自然に言葉を交わし、自然に並んで立つ。
周囲から見れば、息の合ったペアに映るのだろう。
(今日が終われば……いよいよ明日は本番……)
そして、その後は。
(大和くんとも、ちゃんと話さなきゃ……)
あの電話以来、連絡はない。
既読もつかない画面を、何度も確認してしまう。
胸の奥に、不安が沈殿していた。
***
放課後。
片付けを終えたところで、佳太が声をかけた。
「倉田さん、少し話せる?」
振り向くと、いつもの穏やかな笑みがない。
その真剣な表情に、莉帆の胸が、ざわりと波立つ。
佳太の後について、人影の少ない中庭へ出る。
夕暮れの光が、石畳を赤く染めている。
「何だろう……」
嫌な予感がした。
佳太は深く息を吸った。
「文化祭、一緒に回らないか?」
「えっ!?」
夕日が、佳太の耳を赤く染める。
まっすぐな視線。
「僕、倉田さんのことが好きだ」
時間が止まったように感じた。
「実行委員で一緒に頑張ってる姿を見て……
もっと知りたいって思った」
誠実な声だった。
揺れも、ごまかしもない。
だからこそ、苦しい。
(秘密にしていたせいで……)
(麻丘くんを、騙す形になってる)
逃げてきた“秘密”が、目の前に突きつけられる。
もう、嘘はつけない。
「麻丘くん、私……実は……」
佳太は静かに頷き、続きを待つ。
(ちゃんと、大和くんのこと言わなきゃ)
「ごめん、私、付き合ってる人が――」
その瞬間。
「嘘つき!!」
鋭い声が、空気を裂いた。
振り返ると、瑛子が立っていた。
握りしめた拳が、震えている。
「二股してたんですか!? 麻丘先輩を騙したんですか!?」
「二股って……そんな」
「“好きな人なんていない”って言ったくせに!」
胸が締めつけられる。
あのとき。
軽く笑って、そう言った。
「最低!」
ピシャッ!
瑛子の平手が飛ぶ。
頬に熱が走る。
佳太が慌てて前に出る。
「日高さん、違うんだ。僕が――」
「信じられない! こんなやつ、かばうなんて……」
「日高さん、落ち着いて」
「もう、みんな最低!」
泣きながら、瑛子は走り去った。
莉帆は立ち尽くしたまま、動けなかった。
(違う……違うのに……)
でも。
――違わない。
嘘をついたのは、事実だ。
気がつけば渡り廊下から、ざわめきが聞こえてくる。
喧騒を聞きつけて、人が集まっていた。
***
文化祭初日。
教室の扉を開けた瞬間、空気が変わったのがわかった。
ひそひそ声。
止まる会話。
向けられる視線。
冷たい。
刺すような、好奇の目。
(……何? どうして……?)
席に座った瞬間、スマホが震えた。
美愛から。
――莉帆、すぐ来て。
廊下で合流した美愛は、険しい顔をしている。
「覚悟して」
差し出された学校の裏サイトの画面。
そこには、平手打ちされる莉帆が映っていた。
“二股女の修羅場”
“清楚ぶって裏では男を弄ぶ”
“彼氏を隠して他の男子を誘惑”
スクロールする指が震える。
佳太の告白。
瑛子の叫び。
すべてが、都合よく歪められている。
「誰が……こんなことを……」
火の粉だったはずのものが、
一夜で炎になっていた。
喉がひりつく。
声が出ない。
美愛が低く言う。
「莉帆、これ……全校に回ってる」
「私……終わった……?」
莉帆の視界がぐらりと揺れた。




