第2話 恋の火が灯る
二学期が始まった。
教室のざわめき、廊下の笑い声。
みんな、どこか夏休みの余韻を引きずっている。
莉帆の胸の中にも、落ち着かない熱が灯っていた。
夏休みの終わりに始まった、誰にも言えない“秘密の恋”。
それを抱えたまま席に座っているだけで、心臓が忙しい。
ホワイトボードの文字は目に入っている。
でも、内容がまったく頭に残らない。
授業中。
ふと、視線を感じた。
(え……?)
そっと横目で確認すると、大和がこちらを見ていた。
目が合った瞬間、莉帆は反射的にノートへ視線を落とす。
シャープペンの芯が「ぽきっ」と折れた。
(今の絶対見てた……!
いや、でも授業中だし……たまたま……?)
机の下で指先をぎゅっと握る。
鼓動がやけに大きい。
数秒後。
また、視線。
今度は莉帆の方から、ほんの一瞬だけ目を合わせた。
大和の肩がわずかに跳ねる。
そして、わかりやすいほど慌てて前を向く。
(え、今のなに。かわい……)
思わず口元が緩みそうになり、慌てて教科書で顔を隠した。
後ろの席の女子が背中を突く。
「倉田、なんか挙動ってる?」
「えっ、何もしてないよ!」
「怪しい〜。恋してる顔」
「してないってば!」
否定しながらも、内心は大騒ぎだ。
(やばい、顔に出てる?
こんなの絶対バレる……!)
でも――
(なんか、楽しい……)
頬が勝手に緩むのを、止められなかった。
***
休み時間。
莉帆は無駄に廊下を往復していた。
用もないのに掲示板を見て、
用もないのにロッカーを開けて、
用もないのに窓の外を眺める。
(落ち着け、私。普通にしてればいいの)
そのとき、背後から声。
「倉田」
心臓が跳ね上がる。
「な、なに?」
振り返ると、大和が立っていた。
距離が近い。近すぎる。
「これ、文化祭のプリント。机に置きっぱだった」
「あ、ありがと」
受け取るとき、指先が触れた。
びくっとして、二人同時に手を引っ込める。
「……準備委員、大変だね」
「し、仕事ですから……」
言葉を選びながらしゃべる。
(どうしよう、不自然すぎる)
そこへ通りすがりの男子がにやにやしながら言う。
「お前ら、なんかぎこちなくね?」
「別に!」
声がハモった。
男子は「ほらな」と笑って去っていく。
(やっぱり……絶対怪しまれてる……)
ちらりと見ると、大和が苦笑している。
その顔を見た瞬間、胸がふわっと軽くなる。
(ああ、もう……絶対、好き)
自覚すると、余計に恥ずかしい。
***
放課後。
昇降口に向かうと、大和がちょうど靴を履いていた。
「あ、帰るの?」
「うん。莉、あっ……倉田も?」
(今、莉帆って言いそうになった……!)
胸が爆発しそうになる。
「うん、あ、はい」
二人は並んで歩き出す。
沈黙が続くたびに、逆に意識してしまう。
手が触れそうになっては離れ、
歩幅が揃ってはずれる。
交差点で並ぶ。
信号が変わるのを待っているだけで妙に緊張する。
そこへ、クラスの女子が声をかけてきた。
「莉帆、顔赤いよ。風邪?」
「ち、違うよ! 暑いだけ!」
「へえ〜?」
意味深な視線を残して去っていく。
(バレる、絶対バレる……!)
でも、隣を歩く大和の存在が嬉しくてたまらない。
***
夜。
布団に潜り込んだところで、スマホが震えた。
“今日、倉田と帰れて嬉しかった”
文字を見るだけで心臓が跳ねる。
通話ボタンを押す指が震えた。
「今日……目、合ったよね」
「うん。三回」
「数えてたの?」
「なんとなく」
ぎこちないのに、どこか甘い。
他愛ない会話なのに、ずっと続けていたくなる。
「夜更かし、しないの!」
ドアの向こうから母の声が飛ぶ。
「はーい!」
「じゃあ、明日また」と言って電話を切る。
(文化祭、一緒に回れたらいいな……
軽音部のステージ、最前列で見ようかな……)
スマホを胸に抱きしめる。
(学校では他人のふりをするのに、スマホではこんなに近い)
天井を見つめて、一人でニヤついた。
***
翌日の放課後。
文化祭の準備会議の帰りに、軽音部の部室前を通りかかった。
ドアが開き、笑い声がこぼれる。
「そこ、もっと走らせたほうがいいって!」
明るい声。
振り向くと、大和がギターを肩にかけて立っていた。
その隣に、長い髪を揺らした女子がいる。
大和との中学からの音楽仲間、藤陰結衣。
「結衣、それだとサビ弱くなる」
「えー? 大和が合わせてよ」
二人は自然に顔を見合わせ、同時に笑った。
距離が近い。
呼び方が、名前。
(……え?)
莉帆の足が止まる。
結衣がふとこちらに気づき、にこりと笑った。
「準備委員、おつかれさま」
柔らかくて、きれいな声。
「う、うん……」
ラストの推敲版です。
大和は、少しだけ視線を返すと、すぐにギターを鳴らす。
「今の感じでどうだ」
「うん、いい。それで行こう」
二人が交わす言葉は、どこまでも自然だった。
莉帆との間に流れるぎこちなさとは、まるで違う。
(なんだろう、この感じ)
二人の笑い声が、莉帆の耳の奥でやけに明るく響く。
莉帆は、右手の拳をぎゅっと握りしめた。




