第1話 秘密の交際
夏祭りの日。
浴衣姿の倉田莉帆は、鏡の前に立つ。
そわそわと落ち着かずに、何度も髪をいじっている。
「……なんか、子どもっぽいんだよなぁ」
肩につく茶色のセミロング。
結ぶと余計に幼く見える気がして、
ほどいてみたり、耳にかけてみたり、また戻したり。
(これなら、美容院で着付けと合わせて、髪もやってもらえばよかった)
母親に泣きついて着付けてもらった恩は、すっかり忘れている。
ニッと笑いながら、頬を軽くつつく。
笑うと出来るえくぼが、昔から“可愛い”と言われるけれど、
莉帆にとっては褒め言葉よりも照れくささの方が強かった。
「普通だよね、ほんと……」
そう呟きながらも、鏡の前から離れられない。
――今日、大和くんも来る。
それを意識してしまう自分が、さらに落ち着かなくさせた。
(変じゃないよね……?
ちゃんと、普通に見えるよね……?)
胸の奥がそわそわして、
鏡の前で何度も姿勢を直す。
***
夏休みの終わり。
地元の夏祭り。
浴衣姿。
屋台の匂い。
夜空に花火が咲く音。
そのすべてが、莉帆の胸をわくわくさせた。
しかし、それ以上に胸をざわつかせる存在があった。
炭谷大和。
軽音部の人気者。
背が高くて、声が落ち着いていて、笑うと優しい。
莉帆がずっと気になっていた人。
莉帆は、スマホで自分の姿を再確認した。
(変じゃないよね……?)
「倉田、なんか気合入ってる?」
「えっ、そんなことないし。普通だよ」
友達に茶化され、莉帆は慌てて否定した。
「ほら、それより、ごみ出して。捨ててくるから」
「はい、ありがとね」
「ついでに飲み物とか買ってくる。何がいい?」
いつもの世話焼きぶりを発揮して、動揺をごまかした。
でも、心臓はずっと落ち着かなかった。
***
花火が終わり、帰り道。
友達たちと別れ、気づけば大和と二人きりになっていた。
(どうしよう、何か話さなきゃ……)
頭の中はフル回転しているのに言葉が出ない。
結局、何も話さないまま、莉帆のマンションの前に着く。
「えっと、送ってくれてありがとう」
大和がポツリと言う。
「倉田って、あんまり花火見てないんじゃないの」
「えっ……何で?」
「だって、買い物行ったり、場所取ったり……
いろいろ、みんなの世話してたから」
「大丈夫。しっかり見れたよ」
「そういう、みんなのために動いているところ、
いつもすごいなって思ってた」
莉帆は耳まで熱くなる。
「そ、そんな……単なる世話好きなだけだよ」
大和が、莉帆をじっと見つめる。
夜風がふたりの間を通り抜ける。
「俺、倉田のそういうところが好きなんだ」
(えっ、今、好きって聞こえたけど!?)
いきなり心拍数が跳ね上がる。
「付き合ってほしい」
言葉が出ない。
「だめ……かな?」
頭が真っ白になった。
足が震えた。
恋愛経験ゼロの不器用さ。
自分なんかが大和の隣に立っていいのかという不安。
友達に冷やかされる未来への恐怖。
全部が一気に押し寄せてきた。
「……ごめん。びっくりさせた。
返事、今じゃなくてもいいから」
大和はそう言うと、足早に去っていった。
***
翌日。
親友の大島美愛に相談する。
「やったじゃん、おめでとう」
「どうしよう、美愛……私、どうしたらいいの……」
「どうしようって……まさか断る気?」
「無理だよ……つり合わないよ……それに恥ずかしいし」
美愛が、ため息をつく。
「莉帆はさ、自分のこと低く見すぎ。
もっと、自信持ちなよ」
「だって、あの炭谷だよ……私なんかじゃ……」
「好きなんでしょ?」
「……うん」
「だったら、ちゃんと向き合いなよ」
その言葉に背中を押され、莉帆は決心した。
「わかった、ちゃんと言う……」
***
二学期の初日。
大和を前に、莉帆は大きく深呼吸した。
「私でよければ……お願いします」
大和は驚いた後、ふっと笑った。
その笑顔に、莉帆の胸が熱くなる。
でも、次の瞬間。
恥ずかしさが勝ってしまった。
「あの……付き合ってること、まだ誰にも言わないで欲しい」
大和が目を瞬かせる。
「えっ、なんで?」
莉帆は顔を真っ赤にして言った。
「みんなに冷やかされるのが恥ずかしい。
絶対、つり合わないと思われる」
大和は一瞬だけまばたきをした。
「そんなことない」
「ううん、ある」
それから、言葉を選ぶように視線を少し落として考え込む。
ほんの短い沈黙のあと、莉帆に向かって笑みを浮かべた。
「わかった。倉田がそうしたいなら、いいよ」
「ありがとう」
莉帆は力なく頷いた。
***
美愛に報告すると、彼女は祝福しつつも眉をひそめた。
「秘密にしたの?」
「う、うん……」
美愛はスマホを取り出し、戦略ゲームの一場面を見せる。
「『火はもって攻めを助くべし』
――火は、使い方を誤ると自分を焼く」
「また、それ」
「秘密ってね、火と同じなの。
ちゃんと使えば便利だけど、広がったら自分じゃ消せなくなるよ」
「そんな、大げさだよ……」
莉帆は笑ったが、胸の奥がざわついた。
***
その夜。
大和からメッセージが届いた。
『今日、返事が聞けて嬉しかった。また話したい』
莉帆はスマホを胸に抱きしめる。
頬が熱くなる。
でも同時に、
「学校では他人のふりをする」
「誰にも言わない」
という“秘密のルール”が、二人の間に生まれた。
――秘密の恋は、きっと私を守ってくれる。
「自信が持てるまで……」
莉帆は自分に言い聞かせた。




