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- 第2話 世界を知る -

時間の感覚は、まだ曖昧だった。


眠って、目覚めて、また眠る。

そんな繰り返しの中で、世界は少しずつ、俺の中に形を持ち始めた。


最初に覚えたのは、音だった。


母──セリアの声。

低くて優しい、父──アレンの声。


毎日、誰かが俺に話しかけてくれる。

何を言っているのかは、最初はわからなかった。

けれど、その声の響きだけで、

「自分は一人じゃないんだ」と、どこかで知っていた。


手を動かすことも、簡単ではなかった。


ぎこちなく指を開こうとして、指先が震える。

そんな小さな動きに、家族は驚くほど喜んだ。


「見て、アレン! 手が、動いた!」


「ははっ、こいつは将来有望だな」


そんな、大げさな──と思いながらも、

俺は何故だか嬉しくなって、さらに指をぴくぴくと動かした。


母の笑い声。

父の大きな手が、そっと俺の頭を撫でる感触。

遠くの廊下から聞こえる誰かの足音。

ふわふわのエプロンをつけた女の人。

皺だらけの手で、毛布をそっと直してくれた年配の男。

この家には、父と母だけじゃない。

俺を見守る人たちが、たくさんいた。


これが、幸せというものだろうか。




どうやら、母以外の女の人や年配の男たちは使用人たちで、この家に一緒に暮らしているらしい。

そして俺が生まれたこの家は、

村の中ではそこそこ大きな家系である。と──

幼いながら、そんなことを知った。



最初は、ぼんやりとした光の塊だった。


それが、

少しずつ、輪郭を持ち、色を持ち、形になっていく。


窓の外に、何かが揺れている。

緑──草木だ。

その向こうで、小さな影が飛び跳ねる。

鳥だろうか。


……世界は、こんなにも、鮮やかだったのか。


そう思っただけで、胸の奥が、じんわりと温かくなった。


前世では、こんな景色を、

ちゃんと見たことがあっただろうか。


──まだわからない。

けれど、今はただ、

この世界に包まれていることが、心地よかった。


生まれ変わったのだ。

この世界で、

もう一度、生きてみよう。


──そんな小さな想いが、

まだ言葉にもならない心の奥で、

そっと芽生えた。


月日が流れ、言葉も少しずつ理解できるようになった。


「ライナス」──俺の名前だった。

父と母が、何度も何度も呼んでくれた。


「ライナス、大好きよ」

「ライナス、お前は俺たちの宝物だ」


そんな言葉に、心がふわりと温かくなる。


前世で、こんなふうに呼ばれたことがあっただろうか。

たぶん、なかった。


だからこそ、怖かった。


この温もりを、裏切ってしまうのではないかと。

期待に応えられないのではないかと。


不安に押しつぶされそうになる夜もあった。


だけど、そのたびに思い出す。

母の柔らかな腕。

父の大きな手。


「頑張れ」なんて誰も言わない。

ただ、そこにいて、抱きしめてくれる。


──こんなにも、世界は優しかったのか。


俺は、まだ言葉を話せない。

それでも、心に誓った。


今度こそ、逃げない。

この温もりから、目を逸らさない。


たとえ、怖くても、不安でも──

俺は、前を向いて、生きてみよう。


ライナス。

この世界で、俺はもう一度、生きる。


──そんな、小さな誓いを胸に刻んだ。

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