◆7.仕事
今日は、テレビの仕事が入っているからか、朝から少し憂鬱だった。
歌を歌うことは僕の天職だと思っている。
誰かの心に少しでも響いてくれたなら、僕はそれで満足だ。
歌っている時は、本当に幸せに浸ることができる。
ただ、15年以上もテレビに出てきた筈なのに、作り笑いをすることだけは苦手だ。
特に今日は、生番組と言うこともあって、朝から気持ちが乗ってこない。
「まーくん、今日仕事だったよね?ご飯先食べてるね」
悠美はそんな僕を気遣ってくれているのか、いつものように明るく話しかけてくれる。
「うん。11時くらいには帰るから、先寝ててもいいよ」
「わかった」
今朝はあいにくの雨で散歩に行くこともできなかった。
僕は敬音とじゃれるようにしながら、身支度を済ませる。
「パパ。あした、おさんぽいく?」
「そうだね。雨も止んだし、明日は晴れるかもね?晴れたら行こう」
「うん」
敬音は、珍しく素直に返事をしてから、寝室からリビングに向かった。
僕は、敬音の後を追うようにして、駆けてみる。
「敬音。今日はとってもおりこうだね」
思いっきり、頭を撫でると、敬音はにんまりと笑ってくれる。
「今日はパパお仕事だからさ。ママと一緒にお利巧にしててくれる?」
「いいよ」
敬音は軽く僕に返事をしてから、リビングのおもちゃを一斉に広げた。
僕は、その様子を確認してから
「それじゃ、行ってくるね」
悠美に聞こえるように大きな声を出してから、玄関に向かった。
「いってらっしゃーい」
悠美はキッチンから大きな声で僕を送り出した。
局に到着し、控え室に入ると、北澤以外のメンバーは全て揃っていた。
「お疲れ。北澤は?」
林原の言葉に、一瞬不安がよぎる。
(まさか、来ないことはないだろうけど・・・)
口には出さなかったけれど、メンバー達も同じように不安を感じていたようだった。
控え室に入ってから、すでに2時間が過ぎていた。
北澤の携帯に連絡を入れてみたけれど、一向に出る気配はない。
バンド結成以来の大ピンチだ。
メンバーは刻々と過ぎていく時間の中で、ただ黙って北澤が来るのを待っていた。
その時
「ういぃぃっす」
聞きなれた声がしてドアが開いた。
「遅くなったな。さっき東京に戻ってきたからさ。これでも急いだんだぜ」
北澤はそういいながら、額の汗をさっと拭った。
「おいおい。頼むよ。北澤がいないと始まんないだろ?」
そういう事で、僕は安堵と憤りの入り混じる気持ちを、落ち着かせた。
「ほんとわりぃ。間に合っただろ?」
相変わらず、能天気な北澤に、これ以上かける言葉が見つからなかった。
他の3人もきっと同じように思っていただろう。
それから、簡単にリハーサルを行い、僕達は時間通り番組に出演することができた。
司会の森田モンタは、15年以上同じ番組を続けている。
僕も、彼には信頼を寄せている。
口下手な僕のことを分かってくれているのか、上手く話を合せてくれる。
「今日の曲は、まだ発売前の曲を聞かせてくれるということで・・・」
「はい」
メンバーも僕も、いつもそんな返事をするだけだ。
「どういう人たちに聞いてもらいたいですか?」
「一生懸命に恋をしたり、一生懸命に何かに挑戦したり、そういう人は見ていていいなぁと・・・」
「そうだね。これはラブソング?」
「ん・・・。ラブソングなんだけど、でもそうじゃないような・・・」
「じゃあ、どんな感じ?」
今日の森田氏はなんだか意地悪な子供のように、僕を攻め立てる。
「そうですね。言葉で言うのは難しくて」
「ドラマの主題歌なんだよね?」
「はい。そうです」
「で、どういう人に聞いて欲しい?」
「恋も、仕事も、スポーツも、いろんなことに頑張っている人。一生懸命がんばって生きている人の、背中を押すことができればと思って。一人っきりだと思っていても、誰かがきっとどこかで見ていてくれるはずだから・・・」
(何とか言えた!!)
「ありがとうございます。それでは期待して聞いてみたいと思います。スタンバイお願いします」
僕はその言葉でようやく落ち着きを取り戻した。
そして、無事に歌い終え、帰路に着くことができた。




