◆3.まーくん
今日は、朝からレコーディングに入る。
家の前では、車のエンジンの音が低く響いていた。
僕はさっと身支度を済ませ、妻に声をかける。
「悠美行ってくるよ。順調に終われば、3日くらいかな?予定はまた連絡入れるから」
妻は黙って頷いて
「いってらっしゃい」
と手を振る。
妻は毎回同じように繰り返される会話に、少し飽き飽きしてきているのかもしれない。
「敬音のことよろしくね」
「わかってるよ。まーくんもがんばってきてね」
いい年を越えて『まーくん」なんて、多少恥ずかしいが、それも僕達が若くして出会って、一緒になったという経緯があるからだ。
もともと、彼女は、ドラムの北澤の彼女だった。
僕たちの練習にいつの間にか一緒に来るようになり、そして、いつの間にか僕の彼女になっていた。
北澤という男は、二股をかけるのがが好きなやつだった。
それを『つまみ食い』とよく言っていた。
北澤は自分に言い寄ってくる女の子を拒まない。
それが結果、本命だった悠美にバレてしまい、僕が悩みを聞くうちに、こうなっていた。
北澤はかなり落ち込んでいたが、悠美の気持ちが変わることはなく、結局は、自ら身を引くことを選んだ。
今でもあいつが一人でいるのは、悠美のことが引っかかっているからなのか、それとも、もっと遊びたいのか・・・。
それは、わからない。
僕は、まだ布団の中で小さくなって眠っている、敬音の寝顔を確認して、玄関を出た。
そして、車に乗り込みスタジオに向かった。




