◆13.早足
眠い目を擦りながら、カーテンを開ける。
(今日もいい天気だな)
僕はなんだか嬉しくなって、窓を開けた。
「悠美、起きて。敬音と散歩に行くから、準備してくれない?」
悠美は、寝返りを打ってまた寝てしまう。
「ねえ、悠美。起きて・・・。お願い」
僕の言葉にようやく気がついたのか、悠美は重そうに体を起こした。
「今何時?」
「8時だけど・・・」
「今日も行くの?」
「うん。いけない?夏にはツアーもあるし、敬音と一緒の時間を大切にしたいんだ」
「・・・。」
悠美はゆっくりとベッドを降りて、僕の顔を見つめた。
「敬音もいいけど、奥さんの方も気にしないと、いじけますから!!」
悠美は澄ました顔で嫌味を言う。
「朝からそんな顔しないの。綺麗な顔が台無しだよ」
「嘘?」
悠美はそう言うと、鏡台の前に駆け込んで、鏡に顔を近づける。
「怖い顔してる。ごめんね」
その表情はいつもの悠美に戻っていた。
「敬音起こしてくるから、準備してくれる?」
「わかったよ」
悠美の返事を聞いてから、敬音を起こしに子供部屋に移動した。
僕は可愛い寝顔を見てやろうと、そっとドアを開けて、ベッドの上を見た。
(・・・え?)
ベッドの上に敬音の姿がない。
「パパ、おはよ」
「・・・」
敬音は、部屋の隅っこにおもちゃを積み上げ遊んでいた。
「たかいよ。じょうずだよ」
得意気な敬音の顔を見て、僕は安堵した。
「敬音、今日は早かったんだね。お散歩いこうか?」
「うん」
敬音はにっこり笑った。
「片付けないの?」
「だめ!!ママもみるの」
「そっか・・・。じゃ、そっと歩いといで」
敬音は不自然に手を横に開き、静かに僕の元までやってきた。
僕は敬音を抱き上げ、階段を降り、リビングへと向かった。
「敬音、起きてたよ。一人で遊んでた」
僕は悠美に敬音を渡した。
「え?一人で?何してたの?」
悠美はそっと敬音を降ろして聞いた。
「あのね。たかいんだよ」
「なにが?」
「ママもみて」
悠美は黙って頷くと、敬音のパジャマを着替えさせる。
「はい。出来上がり!!」
悠美は敬音の頭を優しくぽんと叩き、僕の方に向きを変えた。
「いってらっしゃい。帰ってくるまでに朝ごはんの準備しておくからね」
「うん。お願いね」
僕は、敬音と手をつなぎ、家を出た。
(・・・また会えるかな?)
僕は、彼女に会えるような気がして、早足で並木道へ向かった。
「パパ、わんわんいる?」
「いまなら、会えるかもね?」
敬音の楽しそうな顔を見ると、僕まで楽しくなる。
「急ごうか?」
「うん」
「じゃ、ヨーイドン!!」
敬音は僕の声に合せて走り出した。
僕はしばらく敬音が進むのを待ってから、追いかける。
敬音は両手を広げ飛行機にでもなったつもりなのだろう。
かなりの蛇行運転だ。
時々、大きく伸びた桜の枝にぶつかりそうになる。
「敬音!!」
僕は、見ていられなくなって思わず名前を呼んだ。
「敬音。危ないだろ」
そう言うと、立ち止まる敬音はキョトンと僕を見た。
僕は、敬音からゆっくりと視線を前に戻した。
すると、彼女の後姿が視界に入ってきた。
「あれ?玲香ちゃんじゃない?」
僕は大きな声で彼女の名前を呼んだ。
「玲香ちゃん!!」
彼女は、僕に気がついて、ゆっくりと後ろを振り返った。
「はい、おはようございます」
少し距離があるからだろう。
彼女は、体を少し丸めて、大声を搾り出すように僕に答えてくれた。
「おはよう」
僕は、そう言いながら、彼女の側に駆け寄った。
「今日もお散歩?」
「はい」
彼女の少し鼻にかかった声が、僕の耳にゆっくりと響いた。
僕は彼女をもっと側で見たくなって、もう一歩近づいた。
「あのね」
「はい」
僕は、顔をすぐ側まで近づけて
「カノンのことは敬音には内緒だから、よろしくね」
そう言って、ウインクしてみた。
彼女は恥ずかしそうにして、何も言わず俯いた。
「明後日、敬音の誕生日なんだ。だから、それまでは」
僕は両手を合わせて、彼女に頼んだ。
「わかりました。内緒ですね」
「そうそう。よろしくね」
「はい」
そう言うと、まだ飛行機になったままの敬音の元へと僕は戻った。




