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62.地下牢での再会

 脇腹に突き刺さるような衝撃を感じた瞬間、俺の意識は急速に覚醒した。


「ぐっ」


「目が覚めたようですね」


 くぐもった女の低い声が上から聴こえてくる。

 どうも俺は地面に転がされており、そんな俺を蹴った女が見降ろしているようだ。

 目隠しされていて、起きたというのに視界は暗いままだ。それでも自分がどのような状態に置かれているのかはぼんやりとだか理解し始めていた。


 視界だけでなく、手足は鎖で拘束されていて満足に身動きが取れない。

 硬く冷たい感触から地面が石畳でできており、音の反響から狭い空間に閉じ込められているのだと推測する。

 ひんやりとしていて、それでいて少しじめっとした空気には覚えがある。

 はて、どこだったか。


「ここは……?」


「気を失うまでの記憶はどこまでありますか?」


「え?」


「気を失うまでの記憶はどこまでありますか? 答えなさい」


 声は感情の籠っていない平坦なものだったが、脇腹に突き刺さった二度目の蹴りから女の苛立ちが伝わってくる。

 最初のより痛かった。


「狐……夜狐のやつが引いていったと思ったら、今度は変な女騎士が現れて……話が通じない相手だったから逃げようとして、ビリビリッと?」


「子供ですか貴方は。もっと理路整然と説明できないのですか」


 こっちも起き抜けで記憶があやふやなのだ。勘弁してほしい。


「――そうだ、アン! あの子は無事なのか!?」


「貴方が連れ去ろうとしていた幼い少女のことですか?」


「人を犯罪者みたいに言うのやめろ」


「犯罪者扱いされているから地下牢にぶち込まれているのですが?」


 ……あ、やっぱ俺そういう認識なのね。

 というか、ここ地下牢なのか。言われてみれば、確かにそんな感じだ。


「あー、くそっ。護衛の仕事をまっとうしたってのに、この扱いはあんまりだろ……」


「護衛?」


「そうだよ。あのアンってメイドの女の子から護衛の依頼を受けたんだよ。そしたら、夜狐なんて面倒なのが出てきたんだ。今、王都で夜会のやつらがこそこそと悪だくみしてるんだとさ」


「……なるほど。大体の事情は掴めました」


「つまるところあの女騎士の勘違い。だからここから出してもらえませんかね?」


「それは無理ですね」


 冤罪を訴えるも、女の返答は素っ気ないものだった。まあ、そうだろうね。


「看守か拷問官か知らないけど、あんたにそんな権限はないよなぁ。はぁ……」


「私はどちらでもないのですが……上にはきちんと報告しておきますよ」


 そう言い残して、女の気配が遠ざかっていく。鉄格子の開閉する音がしたので牢から出て行ったのだろう。

 牢屋なんてあまり長居したい場所ではないだろうけれど、用は済んだとばかりにさっさと立ち去って行った。


「というか、何者だったんだ?」


 てっきり女騎士の部下かなんかだと思っていたのだけど、事情聴取にしてはやけにあっさりとしていた。

 蹴りは良いのを二発ほどもらったけれど尋問と呼ぶほどではなかった。


 視界が塞がれているので得られる情報が少なすぎる。周りの状況が見えないというのはかなり不便だ。

 ダメもとで目隠しだけでも外してもらえるように頼んでみるんだった。


 真っ暗闇の中、やけに耳に響く水滴の落ちる音。じっとりとした肌寒い空気。手足が縛られているので身動きも取れない。


「暇だ……」


 自分がなにもできない状況というのは酷く退屈だった。


 外がどうなっているのか気にはなるけれど、俺に出来ることは何もない。

 心配事や不安が次々と浮かんでは、ここから抜け出すこともできないこともあって心が焦れていく。

 一方で、体調は未だ万全ではないようで、体が休息を求めて強い眠気が襲って来る。


 ……しばらくしたらまた誰か来るだろ。


 取りあえず、もう一回寝ることにした。


 それにしても、また牢屋に入れられてんのか。

 ここ最近、つくづく牢屋に縁があるなぁ、とどうでもいいことを考えているうちに意識はゆっくりと沈んでいった。




   ◇




 カツンッ、と石畳を叩く音に反応して目が覚める。視界は暗いままだが、意識ははっきりとしている。


「こんなところで爆睡できるだなんて、肝が太いというというよりは神経が図太いと表現するのが正しいのかしら?」


「おいコラ」


「あら、起きていらしたんですね」


 くすくす、とこちらの反応に楽し気に笑うだけの余裕があることに胸を撫で下ろす。


「無事みたいで何よりだよ、アン」


 牢屋の前にいるであろう少女の声は間違いなくアンのものだった。

 女騎士に保護されたであろうことは予想できたけれど、その直前に急に意識を失っていたため少し心配だったのだ。


「レイドさんもお元気そうでなによりです」


「おう。この状況で二度寝かますくらいにはな」


「ふふっ」


 俺の軽口に安心したように笑ったと思うと、カチャカチャと金属が触れ合う音が聞こえてくる。

 何の音だろうと考えているうちに、ギィッと鉄格子の扉が開く音がした。さっきのは錠を開ける音だったようだ。


「もしかして、出れるのか?」


「ええ。私がきちんと説明しましたから、レイドさんは無罪放免です。それどころか、冤罪で捕らえた補償もでますよ」


「へえ」


 手と足を縛っている鎖の拘束も外されて、数時間ぶりに四肢が自由を取り戻す。硬くてごつごつとした石畳の上で寝ていたため体中が痛くてしかたない。

 全身の筋肉を適当にほぐすと、自由になった手で邪魔くさい目隠しを外しにかかる。

 簡単に取れないようにきつく縛られていたので、僅かに緩んだところをずり上げて取り外すことにした。


 地下牢は薄暗かったけれど、目隠しをしていたためかすぐに視界が慣れた。

 ……慣れた、と思ったのだけど。


「? うーん?」


 しばらく何も見えなかったせいなのか、眼球がイカレたのかもしれない。

 だって、最初に目に飛び込んできたのが『四つん這いになっている女騎士とその上に優雅に座るドレスを着た女の子』だったのだ。

 これはちょっと眼科に行かないといけないかもしれない。


「どうかしましたか?」


「あー、ちょっとまだ視界が良くないみたいで」


 耳まで悪くなったのか、ドレスを着た見慣れない少女の声がアンの声に聞こえてくる。

 ……いやいや、さっきまでのやり取りからしてこの子がアン、のはず、だ。


「アンだよな?」


 明るい茶色だったはずの髪色は、綺麗なピンクブロンドへと変貌し、使い込んだ様子のメイド服からパーティーに出るお姫様が着るようなドレスというシンデレラのごとき大変身。

 整っていた容姿も化粧をしているせいか随分と雰囲気が違う。けれど、じっくり観察すると記憶にあるアンの顔の面影を感じられた。


「そうですよ」


 本人が肯定したのだから、間違いなく彼女がアンなのだろう。

 なに、このビフォーアフター。


「そのお姫様みたいな恰好はなに?」


 尻に敷いている四つん這いの女騎士のせいで、女王様というほうがぴったりな気がするけど、今はそこには触れたくない。

 だって、あの恍惚とした表情の椅子騎士、早とちりで俺をしょっ引いた人だぞ。正直、これを見てもう余計に関わりたくなくなったんだけど。


「えっと、あの格好は変装で、普段はこの姿なんです」


「確かに、今のほうが堂に入っている感じはする」


 アンのことはあんまりメイドっぽくないとは思っていた。でも、流石にこれはびっくりだ。


「改めまして、私、クレア・フォン・フェニキシアと申します。この度は我が身をお守りいただきありがとうございました」


 そう言って、俺の前までやってきたアン――ではなくクレアは美しい所作で頭を垂れた。

 フェニキシア。うん、フェニキシアね。


 ちょっと前に習ったからわかるよ俺。


 王女様じゃん。




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