61.ホワイトアウト
長めです。
「レイドっ!」
護衛として雇った冒険者レイド。街で偶然出会ったお節介な人。
なんだかんだと言いつつ、目の前の困っている人を放っておけずに首を突っ込んでしまうお馬鹿さん。
それが、まだ出会って間もない彼に対する評価だ。
そんな彼が今、刺された。黒塗りのナイフが腹部に深々と突き立てられている。
レイドも自分のお腹から生えたナイフを見て動揺し、ぐらりとその場で倒れ伏した。
横たわるレイドの傍らに立ち彼を見下ろす黒づくめの狐面。
街中では明らかに目立つ装いだというのに、その男がいつ現れたのかまるで気づかなかった。レイドも、どうして自分が刺されているのか分かっていない様子だったので、彼もこの男に気づいていなかったのだろう。
立ち位置からして黒づくめの狐面が通りすがりにレイドを刺したのはわかるけれど、どうやってそのようなことが成しえたのかはわからない。
なんらかの魔道具か、魔法なのか……。
「まったく、天狗のやつめ。気を抜いているから、小娘なぞにしてやられるのだ」
狐の面の下から渋い男の声が悪態をつく。
足先で倒れているレイドを小突き、反応がないことを確認すると興味を失ったのか、狐の面がこちらを向いた。
「護衛は始末した。次は君の番だ」
「……貴方、夜会の方ですよね? 私なんかにどういったご用件で?」
「自分が狙われる理由は、君自身がよくわかっていると思うが?」
狐面の口ぶりからして、こちらの動きは筒抜けのようだ。さっき言っていた『天狗』とやらが城内に潜伏しているメンバーなのだろう。
「のこのこと城内から抜け出たのは失敗だったな」
「あら、もう仕事を終えたつもりですか。このまま逃げ切って差し上げますよ?」
「できると思うなら、やって見せてくれ」
フッと男が鼻で笑う。できるはずがないと見くびられている。いや、事実この男から逃げきることはできないのだろう。それだけの実力差があるのは私にだってわかる。
貴族や富豪の屋敷がならぶ高級住宅街。大通りから外れ喧騒からは遠いものの、祭りが近いこともあって閑静な住宅街の往来にはそれなりの人間が行き来している。
だというのに不審な格好の男が白昼堂々と人を刺したというのに騒ぎどころか、だれも見向きもしない。
周囲の人間の認識に干渉しているのだろう。この様子だと助けを求めたところで私の声が届くかは怪しい。
そして、この男が被っている狐の面。
夜会、狐、殺し屋、裏社会の人物…………これらのキーワードから浮かんでくるのはとある有名な暗殺者の名前だ。
「夜狐」
「私が、どうかしたか?」
ああ、最悪だ。
この男があの『夜狐』なのだ。
暗殺達成率十割という、表の世界にまでその名を轟かせた現代の死神。この男の凶刃から誰も逃れることができないといわれるほどの手練れ。
「君には『祭り』の開始を彩る華の一つにでもなって貰おう」
黒塗りのナイフを手に夜狐が一歩、また一歩と距離を詰める。
相手が相手だ。もはや私の死は覆らない。
だが、せめて一矢は報いてやろう。狐面の下の素顔を苦渋で歪ませてみせようとも。
死を覚悟した途端、脳裏に親しい人たちの顔がものすごい勢いで流れていく。あの人たちにお別れの言葉を伝えられないのは残念だ。
そして、ついさっき知り合ったばかりのお人好しの彼。
敵を甘く見たばかりに彼を巻き込んでしまった。私のせいで無関係だった一人の人間が命を落としてしまった。
彼には本当に申し訳ないと思う。
せめて彼の亡骸に直接謝りたかったと、視線を動かし……え?
「え?」
驚いて声にも出してしまった。
だって仕方がない。
レイドの死体は静かに立ち上がると、腰に差していた短剣を引き抜いて、無防備な夜狐の背中へと切りかかった。
◆
「――――ぬっ!?」
「チッ!」
奇襲は失敗した。
アンが立ち上がったオレを見て驚いてしまったからだろう。寸前で感づかれてしまった。
クソ通り魔を刺し返すことはできなかった……がそれはそれでいい。結果として黒づくめが大きく回避してくれたおかげで、俺とアンの直線状に障害物は何も無くなった。
俺はそのまま突っ込んでアンを抱え上げると即座にその場を離脱した。
「れ、レイドが立った! 走った!? アンデッド!?」
「誰がアンデッドだ! そもそも死んでねぇっていうか腹痛ってぇ!」
肩に担いだアンが騒いでいるが、今は懇切丁寧に説明している暇はない。というかほんと腹が痛い。物理的に。刃物が刺さったまま走ってるからそりゃあ痛い。
子供を担いでいるうえに、腹にナイフが刺さっている状態が走るのに適しているわけもなく。後ろから鋭い殺気が迫る。
「っ、後ろ、来てます!」
頭が後ろを向いた状態で担がれているアンが黒づくめの接近を知らせてくれる。
追いつかれるのは時間の問題。路地に逃げ込もうにも、死角の多い場所や狭い空間は相手のほうが得意そうだ。
それなら、
「こ、こうなったら」
「しっかり捕まってろ!」
「へっ……きゃぁ!?」
180度のターン。広い通りでこのまま迎え撃つ。
切りかかって来た黒づくめのナイフを右手の短剣で防ぐ。左腕はアンを抱えているので塞がっているため使えない。護衛対象がいるためあまり長々と近接戦はしたくないが、相手はそれを狙って来るだろう。
最悪、アンを直接狙って来るはず。いや、さっき本人が言っていたからには積極的に狙って来る。
一先ず、距離を取りたい。……よし。
「おらっ!」
「ふんっ」
短剣だけでなく、足技も交えるが相手もかなりの身のこなしで体術を放ってくる。人は抱えているし、腹は怪我をしているしで俺の方が完全に分が悪い。
相手も自分の優位がわかっているので下手に攻め込まず、付かず離れず嬲るようなやり口で俺の体力がなくなるのを待ち構えている。殺し屋らしく嫌らしい相手だ。
一気に勝負を仕掛けてこないのは、殺したと思っていた俺が起き上がってきたことで何かあると警戒しているのだろう。手の内を探ろうと慎重になっているが、逆にそれがありがたい。攻勢に出られるとどうしても手数で負ける。
だから今のうちに、こっちから仕掛ける。
「っ!?」
上段から降り下ろす、と見せかけて超至近距離からの投擲。
唯一の得物を自ら手放すという大悪手。
だからこそ相手の意表を突く。
仮面の下から動揺が伝わり――次に嘲るように鼻で笑った。
意外な攻撃ではあった。けれど、武器を投げつけてはそれ以降は手ぶら。驚かせはしても次につなげられない。
狐面は飛んできた短剣を弾き返す。有効打にもならない。素人が思いつくような、稚拙で考えたらずな自殺行為。
と、思うじゃん?
そこへ俺からの二度目の大悪手。
短剣を投げつけたことで空いた手を、そのまま腹に刺さったナイフへと伸ばす。
居合のごとく引き抜いて、一閃。
それを、狐面は大げさに躱す。掠ることすら厭う大きな回避。崩れる体勢。
つまりは、隙。
「死ねオラァッ!」
「ぐぁッ!!」
身体強化によるフロントキックが相手の胴体を捉える。狐面の身体が大きく吹っ飛ぶ。
「アン、降ろすぞ!」
「は、はぃ……」
僅かな猶予を逃さず、肩からアンを地上へと降ろす。担いだまま結構暴れていたせいか、乗客は些かグロッキーだ。
「っ、私よりもレイドさん! お腹、お腹! 血が、真っ赤で!」
「ん? ああ、ナイフ引っこ抜いたからなぁ」
刃物で刺された場合、不用意に抜いてはいけない。栓になっているのに外してしまえばそこから大量出血だ。血塗れになった俺のシャツがいい例だろう。
というか、ナイフが刺さったまま動き回ったせいで血管やら内臓やらが傷ついているだろうから余計にヤバい。
今も意識を保ったまま立っていられるのは身体強化とよっしーのくれた加護のおかげに他ならない。
でも、このままだとそう遠くない内に意識を失うだろう。
とりあえず、止血しないとな。でも、どうしよ。身体強化の応用で、細胞を活性化させて傷を塞ぐという武技はあるけど、俺の技量で塞げるかなこれ。明らかに重傷だぞ。
「何を呑気に! 早く、早く手当てしないと!」
「といっても、今日は護身用の短剣くらいしか持ってきてないし……敵さんものんびり治療する暇をくれそうにねぇな」
真っ赤なシミに顔を青褪めさせるアンを下がらせる。
視線の先、黒ずくめの男がむくりと立ち上がった。ダメージを感じさせない淀みのない動きから、先ほどの蹴りも衝撃を逃がされたのだろう。
最初の奇襲のような絡め手以外にも、体術もかなりの腕前のようで非常に厄介な相手である。
「おかしな男だな。致死性の毒を受けながら起き上がり、その傷でまだ動き回る。力量はさほど高くは感じなかったのだがな。その異常なタフネスは希少な魔道具が理由か?」
「さてな。ナイフの毒は出来損ないで、あとはテメェが暗殺者として三流だからじゃねぇの?」
やっぱり毒が塗ってあったか。刺された瞬間に体の自由が一瞬で奪われて立っていられなくなった。たぶん麻痺毒だろうが、俺の免疫の加護を一時でも上回ったということはかなり強力な毒だ。
ウルシのおかげで結構毒耐性はついたと思ってたんだが、どうもまだまだ世界は広い。
「刹那主義の阿呆の作品だが、毒の効果は確かのはずだ。一滴たらした針先で刺すだけでオーガを麻痺させ、十秒ほどで心臓まで硬直させられる劇薬と聞かされている」
思ったより数倍ヤバい毒物だった。掠っただけで数秒後には心臓麻痺でお陀仏かよ。
よっしーにはもう頭が上がらない。
そんな劇物をぶっ刺して反応がないなら死んだと思うわな。普通の麻痺毒であったなら倒れた後に喉を搔っ切るなり完全に息の根を止めに来たはずだ。
まあ、そんな強烈な毒だからこそ一時的にも俺の動きを止められたのだ。普通の毒だったなら刺されてすぐに反撃していた。
厄介なことに、俺はこいつに刺されるまで存在に気づくことができなかった。
ただの技術だけでなく、魔法なんかが使われているのは間違いない。
現に、俺と狐面が道の真ん中で切り合ったというのに、周囲が一切騒がないのだ。
「周囲の認識に干渉してる、とかか?」
「さてな」
恐らく、こいつの暗殺の肝になる部分なのだろう。毒の件とは違ってまるで喋る気配がない。
推測はあまり外れていないとは思う。
王都には一定以上の規模の魔法を妨げる結界が張られているため、大規模な魔法ではないはずだ。
もう一度俺たちに掛け直さないのはある程度準備に時間がかかるか、認識された相手には掛けられないなどの制約がある可能性が高い。
いくつか推測を並べてみるが、どれも可能性がある、というところで止める。そういう魔法だと決めにかかると、違った場合には手痛い目に合う。
絡め手や奇襲だけでなく真っ向からの戦闘力も高いのはさっきのやり取りでわかっている。
まず普通に戦っては勝てない。相手も先ほどまでのように危険を冒さずに俺が失血して弱るのを待つだろう。奇策にも警戒しているだろうから、さらに面倒くさくなっている。
なら、逃げるか。
これもちょっと難しい。
アンという護衛対象を抱えて逃げ切るには、敵の足が速すぎる。暗殺者相手に振り切るなんて俺にはできない。
でも真っ向から戦いを挑んでも勝ち目はない。
八方塞がりだな。
それに、このまま考えて行動に動かないのも不味い。次の行動を決めかねている今も俺の傷口から徐々に血が失われ続けている。
狐面が仕掛けてこないのも、何もしなければ有利になるのは向こうだからだ。
距離を置くことには成功したが、このままでは寿命が数分伸びただけだ。
「レイドさん、あの」
「悪いな、今超ピンチだ」
アンも状況の悪さを察しているようで声が震えている。
倒れている間の二人のやり取りは耳に届いていたが、夜狐なんて大物がなんでやって来るかね。
「君だけでも何とか逃がしてやる。取りあえず走る準備をしといてくれ」
最優先はアンの身の安全だ。時間を稼いでいる間に兵士でも呼んできてもらえれば俺も何とか生き延びられるだろうか。
後は……あの狐をぶっ倒す。
やられる前にやる。
うん、これでいこう。
「――――っ、嫌です!」
「え?」
まさかの裏切り。断られるとは思っていなかったため、つい間抜けな声を漏らしてしまう。
「私のせいでレイドさんが巻き込まれてるのに、私だけ逃げるなんてできません!」
「いや、護衛を引き受けたのは俺だし。護衛になったからには依頼主には無事に逃げてほしいんだけど」
正直、腹は死ぬほど痛いし、血が足りないのか頭はぼうっとしてきている。
我がまま言ってないで早く逃げてほしい。
「貴方、死ぬつもりでしょ! なんで会って間もない相手のために命張ってるのよ!」
「そりゃあ、そういう依頼だったしなぁ。アンの言う通り俺は巻き込まれたようなものだけど、事前に命を狙われるかもしれないって聞かされてたんだ。それでも俺は依頼を受けた。なら、実際に暗殺者に殺されかけることになってもアンを放って逃げ出すわけにはいかないだろ」
というのは建前だ。
本音としては、子供を置いて一人逃げるなんて格好悪いことをしたくないだけだ。
「恰好悪いことをしたくないからって……」
……本音も口に出ていたみたい。
ちょっと本格的に意識が朦朧としてきたのかもしれない。
「それにさ、ただのメイド、というか小さい女の子がこの場に残って何ができるわけ? 邪魔にしかならないから離れててくれってば」
この場においてアンは足でまといでしかない。
戦えるうちに早く遠くに行ってもらいたくて、少しきつい言葉を使う。
しかし、それは逆効果だった。
「へえ?」
怒気を含んだ声。少女が思惑に反して意固地になったのだと俺にもわかった。
「いや、ほんと大丈夫だから。そう簡単にくたばるつもりはないから。倒れるより先にあの狐野郎をぶっ倒すから」
「それは面白い冗談だな」
「うおっ!?」
いつの間にか接近していた狐面の斬撃を辛くも受け止める。
相手の攻撃を防いだことに安堵する暇もなく、狐の蹴りが飛んでくる。躱して反撃の拳を突き出すも逸らされる。
そこからはナイフと体術の応酬だ。
斬撃が、拳が、蹴りが、刺突が絶え間なく繰り出されては、防ぎ、躱され、止められる。
しかし、その内容は互角とは呼べない代物だ。
何とか気力で食いついているものの、戦闘技術は相手の方が上。さらに怪我のせいでこっちの動きは鈍っている。
致命傷は避けているが、何発かいい拳は貰ったし、体には赤い線が何本も走っている。
「本当にしぶといな、貴様は」
加護のおかげで俺には打撃と毒は通り辛い。まだ沈まずにいられるのはよっしーがくれた加護があってこそだ。
けれど、腹部の出血は如何ともしがたい。
これがなければもう少しマシな立ち回りもできるのだろうに。
「アン! 早く、行け!」
なんとしてもアンだけは逃そうとあらん限りの声で叫ぶ。
戦いは拮抗などしていない。終始相手に傾き、僅かな抵抗すら撃ち砕かれる。
見せかけの接戦が、崩れる。
「アルフィー!」
その直前、限界にまで達していた肉体が急激に息を吹き返す。暖かな光が身体を包み、体に喝を入れる。
「チッ、よけいな真似を」
「よそ見してんじゃねぇ!」
唐突に標的を俺からアンへと移そうとした狐に、そうはさせじと牽制を見舞う。俺の手にあるナイフは元はこいつの使っていた暗器。その刃には強力な毒が仕込まれている。
俺には効果がないけれど、狐自身には無視できない代物であるのは今までの反応でわかっている。
案の定、掠めることすらしてなるものかという具合の避けっぷりだ。
「う、上手くいった?」
「……情報を上回る力だな。見誤ったか」
距離を取った狐はアンの方を見て忌々しそうに吐き捨てる。
一方で、俺はいきなり体力を取り戻した自分の身体に困惑していた。
「なんか急に元気になったぞ? 傷も塞がってるし……さっきの光のせいか?」
先ほどまで重しをつけて動いていたのではないかと思うくらいに体が軽い。
復調の原因はよくわからないが、考えるのは後回しだ。
今は狐退治が優先だ。
「これならほんとにぶっ倒せるかも?」
「いい気になるなよ、小僧」
夜狐がおもむろにナイフを水平に構える。
相手の動きに警戒し、いつでも対応できるようにこちらも身構えた。しかし、ゾッと背筋に悪寒が走る。
「毒は効かぬ。拳にも堪る。腹を刺され傷が開こうとも平然と向かって来る。呆れるほどの生命力だ。容易には死なぬとなれば、こちらも相応の技を使うだけのこと」
ナイフの黒い刀身が焦げるようにさらに黒ずんでいく。陽炎のように揺らめき、見ているだけでなぜか不安になる。
あれはヤバい。あれは不味い。
「我が【狂月】の餌食となるがいい」
「――へっ、やれるもんならやってみろってんだ! かかってこいやっ、返り討ちにしてやんよ!」
「口の減らぬやつめ」
殺気を滲ませて、まさに黒刃を振るって襲い掛かろうとした直前。
「む……」
動きを止めたかと思うと、ふいに耳に手を当てて何やら喋り始めた。
「――――なんだ……今は……それは…………ならば……いや、わかった」
独り言。いや、誰かと会話してる?
もしかして電話のような魔道具で遠くにいる仲間と話しているのだろうか。
「最初に仕留められなかったのが失敗だったか」
「なに?」
「状況が変わった。阿呆のおかげで命拾いしたな」
苛立たしそうに舌打ちし、夜狐は禍々しい黒のナイフを懐へとしまい込んだ。いつの間にか刺すような殺気は霧散していた。
「……見逃すつもりか?」
「言っただろう。状況が変わったと」
「いいのかよ。暗殺達成率十割がテメェの売り文句だろ?」
それを聞いた夜狐は嘲笑った。
「まだ私たちの仕事は途中でな。心配せずとも終わるまでに殺せばいいだけのことだ」
何かしかけてこないかと注視していると、突然奴の輪郭がぼやけ始める。
「貴様らの死体は並べて晒してくれる。楽しみにして待っているといい」
次第に全体に靄がかかったかのように朧気になる。
気づいた時には夜狐の姿は影も形もなく、幻のように消え去っていた。
狐に化かされた気分だ。
帰ったと思わせて奇襲するつもりかと、念を入れて周囲を警戒するが襲撃の気配はない。
それどころか、何やら周りが騒がしい。
どうも俺が注目を浴びているようだが、はて。
「周りが俺たちを認識し始めたってことは、奴の術が解けたってことだよな。けど、この騒ぎは何なんだ?」
「そりゃあ、いきなり道の真ん中にお腹血塗れの人が現れたら騒ぎになりますよ!」
慌ただしく駆け寄ってくるアンの言葉を聞いて納得する。全身ぼろぼろでさらには腹は真っ赤の重傷者が突然現れたら誰だって驚くわ。
「それよりも、体は大丈夫なんですか!?」
「ああ。なんかいきなり元気になってな」
腹部の出血もいつの間にか止まっていた。ズキズキとした痛みはまだのこっているけれど。
裾をめくり上げてみると、赤黒く変色した生乾きの血がべっとりとついていた。刺された辺りは、肉が盛り上がったような塞がり方をしていて結構グロい感じになっている。
どこか見覚えがあると思っていたら、下手くそな治癒魔法を掛けれた時の治り方に似ている気がする。
「…………うぅっ、やっぱり私には、まだ早かった……みた、い……」
「アン?」
ふらついたと思ったら、アンは突然その場で膝から崩れ落ちた。地面に倒れる前に慌てて受け止める。顔は青白く、呼吸も浅い。
「女の子にこの傷はちょっと刺激が強すぎたか?」
王女の侍女をしているということは、この子も良いところのお嬢さんだろう。血を見ただけで気絶するような貴族の子女もいると聞いたことがある。そうでなくても、荒事から遠い人間ならこれほど大量の血を見たら気を遠くしてしまうだろう。
「仕方ない、このまま運ぶか」
アンを抱えて立ち上がったところで致命的なことに気づく。俺はアンから目的に場所を聞いていなかった。案内がなければ彼女が向かおうとしていた屋敷がどこにあるのか俺には分からない。
取りあえず、お嬢様の屋敷に連れて行くか?
場所的にそう遠くない。気を失ったアンを休ませるのなら屋敷に連れて帰るのが一番近い。
アリーシャ様達は最近忙しそうにしているので、面倒事を持ち込んできたとケイトさんからは色々言われそうだが背に腹は代えられない。
どうも王都を巻き込んだ大事になりそうだしな。早めに報告しておかなければならないことだろうし、叱責を受けるようなことはないだろうけれど。
「小さな女の子を連れこんでとか、言ってきそうなんだよなぁ」
ケイトさんとナナさんあたりが特に。
クセの強すぎるメイド二人のことを思い出して頭を痛めていると、遠くの方で誰かの叫ぶ声が聞こえて来た。
遠すぎて何を言っているのかよく聞き取れないが、祭りが近いので向こうの通りで酔っぱらいが騒いでいるのだろうと聞き流していた。
「―――――まァ」
「うん?」
しかし、その声はどんどんとこちらに近づいて来ている気がする。それもすごい速さで。
……どういうわけか、嫌な予感がする。
根拠はないが、第六感が告げている。
逃げるようにその場を走り去ろうとしたのだが、後から考えるとこの行動が不味かったのだろう。
「――――てまて待て待てぇッ! ズタボロの滑降した見るからに怪しいそこのお前! 止まるでありまーすっ!」
「ひぇっ!?」
振り返って、思わず変な声が出た。
だって、鬼のような形相をした女騎士が剣を振りかざして恐ろしい速度で迫って来ていたのだ。
反射的に足を速めてしまったのは仕方のないことだと思う。
「逃げるとは疚しいところがあると認めたでありますな! 【雷華】!」
白い閃光が背後から追い抜く。気づけば目の前で先ほどの女騎士が剣をこちらに突きつけていた。
「はあ!? えぇっ!!」
まだかなり距離があったはずなのに、一瞬で進行方向に瞬間移動して立ちはだかっていた女騎士。
何者だよ、この人!?
金髪ショートボブのいかにも真面目そうな女性。年は少し上に見えるなので、ヨハンと同じくらいだろうか。顔立ちは美人なのだがその眼光は鋭く、身に着けている白い鎧は厳めしくそれ単体でも圧力があるだろうが、彼女の怒気も合わさってその迫力は数割増しだ。その手に握られた装飾の凝った宝剣は明らかに実用向きではない芸術品の類のはずだが、研ぎ澄まされた白刃からは死を予感させる寒気を感じた。
「そこの不審者、ちょっと職質させてもらう……つもりだったでありますが、その必要はなさそうでありますな、この悪党め!」
「なんで!?」
今の風体が怪しいのは認めるけれど、職質をすっ飛ばして悪漢認定は酷くないだろうか。
非難がましい視線を向けるも、正義感に満ち溢れた瞳の女騎士はビシリと指差した。
「目の前で女の子を連れ去ろうとしている輩が何を言っているでありますか!」
「確かにそういう風にも見えるけど!」
気を失った少女を抱えてどこかへ急いで立ち去ろうとする男。
そこだけを切り取れば周囲が自分をどの様に捉えるかなんて容易に想像がつく。
俺でもすぐに通報する。
「話を、話を聞いてください!」
「言い訳するつもりでありますか?」
「事情の説明ですよ。国の守護者たる騎士が相手の話も聞かず、一方的にその権力を行使するのはどうかと思うのですが?」
「むぅ、確かに」
よかった、どうやら落ち着いてくれたみたいだ。話さえ聞いてもらえれば誤解もすぐに解けるだろう。
そっと胸を撫で下ろし、さてどこから説明しようかとこれまでの出来事を纏めていると、どういうわけか収まったはずの女騎士の威圧が復活した。いや、さっきよりも強くなっているような?
恐る恐る相手の顔を見上げると、なぜか女騎士の視線は抱えられたアンへと固定されていた。
「そうか……そうでありましたか……」
肩を震わせ、その目には怒りの炎が燃え盛っている。
えぇっ……何故?
「えっと、あのぅ…………騎士、様?」
「貴様が誘拐犯だったかこの野郎!」
「なんでそうなるの!?」
数秒の間に知らぬ冤罪を押し付けられてしまった。誘拐ってなんの話だよ!?
「待って待って、俺誘拐なんてしてないから! 絶対に誤解だってそれ!」
「問答無用!」
「話聞けよ!」
心からの叫びは、悲しいかな相手に届くことはなかった。
自分の中で自己完結してしまったらしい彼女はもう俺の言葉に耳を貸す気はないらしい。
「このロザリアめが今すぐ姫様を、そのクソゴミクズクソ野郎の薄汚いねぇ手から救ってみせるであります!」
「だから何の話だよそれ!?」
「悪しきを縛る蛇の紫電よ」
宝剣がバチバチと雷を放ち始めたのを見た瞬間、俺は誤解を解くの諦めて背を向けて駆けだした。しかし、もう遅い。
話の通じない相手だと気づくのがあまりにも遅すぎた。
「【雷閃】!」
「ぎゃあああああああああああっ!!」
全身を駆け巡る高熱と激痛。数秒にも満たない衝撃ではあったが、それだけでもう俺は立っていることすらできず、意識も手放しかけていた。
「悪は滅ぶべし! 天誅!」
冤罪だよこんちくしょうっ……!
視界は真っ白に染まり、まだ生きていた聴覚が得意げな女騎士の声を拾う。
そして止めらしき追撃を後頭部に受けて俺は意識を失った。
ブックマーク100件超えました。
ありがとうございます!
更新も遅く、文章も拙いですがこれからもよろしくお願いします。




