4.女神降臨
「こんにちは」
鈴の音のような心地よい声が耳朶を叩く。
鉄格子の前に立った彼女の姿を見た瞬間、俺の思考は停止した。
見惚れていた。
「貴方がレイドね?」
「女神?」
「え?」
そう、女神だ。目の前には女神がいた。
輝きを放つ黄金の髪。滑らかな白皙の肌。顔のパーツはどれも完璧な形と配置で、女性の美しさと少女のような可愛らしさを同棲させている。
彼女が女神か天使を名乗れば、誰もが疑おうとはしないだろう。
どっかのオッサンとはまるで違う。
「どうしよう、いきなり口説かれちゃったわ」
「安心してください。いますぐに切り落としますので」
物騒なことを口にしながら金髪の彼女の後ろから一歩前に出てきたのは、青い髪のメイドだった。
フリルやレースのついた可愛らしいメイド服だが、それを身に着けている彼女は鉄面皮を張り付けた綺麗な女性だった。
年齢は俺とさほど変わらなさそうだが、彼女の纏う殺気に一瞬で現実に引き戻される。
背筋に走った悪寒に従って飛び退ると、メイドが意外そうに声を漏らす。
「あら、見た目通りのボンクラなのかと思ったら、少しは見る目がありそうですね。それとも、野獣らしく野生の勘でも働いたのかしら?」
目を細める彼女に俺のなかで警鐘が鳴る。間に鉄格子を挟み、さらに距離を取ってなお安全ではないと。
これでも冒険者として身を立てていた。当然荒事に巻き込まれたことは何度もあったし、その中で自然と相手の力量がわかるくらいにはなった。でないと、生き残れないから。
ほとんど直感だよりの計測だが、このメイドは俺なんかよりも数段手練れだ。
前に遭遇したワイバーンよりも圧力を感じるのは間違いだと思いたい。
「なんにせよ、出会い頭にお嬢様を口説くような無礼者には去勢が必要ですね」
やばい。何がやばいって、ナニがやばい。
この人本気で切り落とそうとしている。首以外のものを!
「い、いや、全然口説いてないから。ついポロッと思ったことを口にしちゃっただけだから」
「なるほど。お嬢様には一目見て恋に落ち告白してしまうほどの魅力がないと言いたいのですね。なんと無礼な。これは切り落とさないといけませんね」
「逃げ道がない!? てか、切り落とすってどっちだ、上か? 下か?」
「それぐらいにしてあげましょうよ、ケイトさん。あまりいじめては、彼が可哀想だ」
そう言って鉄面皮のブルーメイドから俺を救ってくれたのは、赤い髪の男だった。
お嬢様と呼ばれている少女の後ろに控えていた一人で、長い髪を後ろで一つに結っている優男だ。
だが、この男も手練れだ。殺気はないものの、腰には剣を帯びていて立ち姿に隙が無い。恐らく護衛の騎士だろう。
メイドよりは劣るが、間違いなく俺よりも強い。
「それでどうですか、お嬢様?」
「そうね……」
少女の双眸が俺を捉える。
見通すような、見透かすような、見定めるような目。
俺も向き合うように彼女の瞳を見つめる。
そこで、あることに気がついた。
青い瞳を持つ彼女だが、左右でその色合いが違う。
右は透き通るような空色の瞳。
左は引き込まれてしそうな海色の瞳。
二つの青のオッドアイ。
「素敵な目を」
しているね、と最後まで口にすることができなかった。
二つの殺気が俺を貫く。
極寒地獄にでも放り込まれたのかと錯覚するほどの寒気が襲い、全身が凍てつく。
戦士としてあるまじきことだが、一度後退したためこれ以上距離を取ることはできなかったし、それに今度は指先一つ動かすことができなかった。
「それはお嬢様に対する皮肉かい?」
柔らかな笑みを浮かべる一方、その瞳には視線だけで人を殺してしまいそうな激情が宿って見えた。
金髪の少女を挟んで反対側に立っているケイトと呼ばれていた青い髪のメイドも同様で、一ミリも表情は変わっていないが、彼以上の殺気を放っている。
「やめなさい」
やんわりと二人の中心に立っている少女が窘めると、俺に突き刺さっていた殺気は嘘のように霧散した。
……生きた心地がしなかった。本当に、また死んだかと思った。
「彼は本当にただ私の目を褒めようとしただけよ。ね?」
彼女の言葉にぶんぶんと首を縦に振る。
「ああ、オッドアイとかカッコいいし、色も宝石みたいで綺麗だし」
「あら、また口説かれてる?」
「いや、違う、ただの本心で」
「フッフフ、ごめんなさい、冗談よ。……ほら、二人とも悪い人じゃないでしょ?」
「……そのようですね。失礼しました」
「お見苦しいところをお見せしました」
メイドと騎士が揃って頭を下げる。
こんな化け物じみた連中に頭を下げさせるなんて、この人は何者なんだ。
「二人も反省しているみたいだから、貴方も許してくれるかしら」
「……先に不用意な発言をしたのはこっちだしな。俺も悪かった。ただ悪気がなかったのは本当だ」
「ええ、知っているわ」
そう言って少女は可憐に笑う。写真にして残しておきたいと思える光景だった。今ほどスマホがないことを悔やんだことはない。
オッドアイがこの国で忌避される存在であるとは知らなかったが、前世ではそういった設定は珍しくなかった。ゲームや漫画の話だが、それでも注意するべきだった。
「それで、あんたは俺を買ってくれるのか? ここにいるってことはそういうことだろ?」
あまり期待せず軽口のように彼女、「人間収集家」と呼ばれる貴族の少女に尋ねる。
「貴方にはここに来る前から目をつけていたのよ? この王都で少女を守るために貴族を殴るなんて面白い人材はなかなかいないもの」
「それで犯罪奴隷に落ちてるんだけどな」
「確かに法には触れたけど、貴方は悪人ではないわ。そんな面白そうな人は一目見てみようって思ったのよ」
「ただ短慮な馬鹿ってだけなんだけどなぁ」
あの時はただ考えなしに行動しただけだ。
正義の心が燃えて、なんてカッコいいものではない。
助けないと、と思ったらすでに殴っていただけだ。手が早いだけの乱暴者だ。
まあ、俺もあれが悪いことだったとは思っていない。あの貴族を殴ったことは後悔していないしむしろ清々としている。
ただ、その結果が奴隷落ちというのが気に入らないだけだ。
「貴方には聞きたいことがあるわ。それで買うかどうか決める」
「よし来い」
面接みたいなものか。
評価は良さそうだが、噂だけで彼女も犯罪奴隷は買わないのだろう。きちんと対話し、見定めたうえで購入する。
俺はバイトの面接を思い出しながら、緊張しつつ彼女の質問に備える。
さあ、どんと来い!
「貴方、何者なの?」
「えっと……?」
意気込んだものの、初っ端から言葉に詰まってしまった。
どういう意味だ?
「えー、俺は普通の中級冒険者ですけど。元農民の」
「普通の冒険者、にしては変わった魂なのだけど……」
「魂?」
「そう、魂。私の目はね、魂を見ることができる魔眼なのよ」
胡散臭いかしら、と自嘲するが俺は馬鹿にすることも笑い飛ばすこともできなかった。
けして控えている二人が怖いわけじゃない。
「俺も胡散臭いこと言っていいか?」
「なに?」
「実は俺、前世の記憶があるんだ。しかも異世界の」
俺は正直に事実を告げる。
背後の二人は眉間にしわを寄せたが、彼女は興味深そうに口角を吊り上げる。
「嘘だと思うか?」
「いいえ、魂を見れば嘘をついたかどうかすぐにわかるわ。そう、異世界ね。どうりで面白い魂をしているわけだわ」
「じゃあ」
「買うわ。異世界の魂を持つ人間なんて、これ以上面白い人材はそうそういないもの」
俺の購入を決めると、従業員がやってきて牢の鍵を開ける。キイッと音を立てて鉄格子の扉が開く。
「本当によろしいのですか?」
「ええ、それに冒険者なら丁度いいじゃない」
「確かに」
少女とメイドの会話が耳に届く。
俺はこの少女に買われた。
イメージと違ったが、「人間収集家」と呼ばれる彼女に買われてしまった。
少年から聞いた犯罪奴隷を行く末を思い出し、急速に不安が募る。
強制労働の生き地獄。
扉をくぐる直前で足が止まる。
ここを出れば苦しい未来が待っているかもしれない。いや、ここで足を止めたところで何も変わらない。
彼女が俺を買った。その時点で俺の未来は決定している。
今更あやふやな未来に恐れて立ち止まっても意味はない。
必要なのは勇気ではない、決意だ。
「どうしたの?」
直前で立ち止まった俺を訝しむ少女。
彼女の美しい双眸を見つめて言う。
「名前を聞いてもいいか」
「アリーシャよ。それが私の名前」
アリーシャ。
それが、俺の主となる少女の名前。
「アリーシャ、いやアリーシャ様か。貴女は俺に何を望むんだ? ただ普通とは違う魂を持っているってだけで買ったのか?」
俺はただ、自分の未来が知りたかった。
前世の記憶を取り戻し、自分自身が曖昧になった。あの日から俺は、前世とも現世とも違う俺になった。
どん底から始まり、暗い未来しか見えなかった。
けれど、そんな現状を変えてくれるというのなら、俺はできうる限り彼女の力になろうと思う。
「好きにすればいいわ」
しかし、彼女の言葉は俺の予想を超えるものだった。
好きにすればいい、だと?
「私がなんで人間収集家なんて呼ばれてると思う? それはね、私がこの魔眼を使って面白そうな人材を集めているからよ。そういう人たちはね、私がなんかしろって命令するよりも好きなことをさせたほうが面白いことをしてくれるの。その成果を私の領地の繁栄に少しでも貢献させてくれるだけでいいの。だから、貴方にも自由にしてもらいたいの。もちろん、好き勝手出来るって意味じゃないわよ。奴隷だから命令はするし、私のために労働はしてもらう。けど、やりたいことがあればある程度の自由を許すし、融通もするってこと」
好きにしろ、か。
俺は彼女にこれからの人生を貰おうとしていた。けれど、それを彼女は許さない。
……俺って本当に馬鹿だな。ちょっとばかしネガティブになってたみたいだ。
与えられた二度目の人生だ。それを人に委ねてどうする。
あまりにも都合の良すぎる話だが、彼女はすべてを話しているわけではないだろう。口にしていない彼女の利益がきっとあるはずだ。
だが、それが足踏みする理由にはならない。
そんなのは関係ない。これは俺の人生だ。
好きに、自由に生きなくてどうする。
「それじゃあ、奴隷から解放されるために頑張ってみようかな」
「ならそれだけの働きをすることね。自由にしろとは言ったけど、貴方は私の奴隷なのだから」
「ああ、誠心誠意尽くさせてもらうよ」
不敵な笑みを浮かべて俺は扉をくぐった。
憑き物が落ちたような気分だった。
「そう、ではまずやってもらいたいことがあるの」
まるで天使のような笑みを浮かべたアリーシャ。
俺はその笑みにときめき以外の何かを感じた。




