5.小手調べ
祝、貴族の令嬢であるアリーシャ様に買ってもらった俺。
貴族って本当にいい生活してるんだな。
乗せられた馬車は乗合や行商の馬車に比べて全然揺れないし、連れてこられた屋敷はめっちゃでかい。敷地もとんでもなく広くて、俺の泊まってた宿の最低でも十倍の大きさの建物が三つもあるんだ。それにバラ園やら修練場やら色んな施設があるのに敷地にはまだまだ余裕があった。
食事も今まで食ったことないくらい美味かったし、ベッドは超ふかふかだった。こんな生活を体験すれば、前の生活には戻れないな。
アリーシャ様は俺を購入した際に、ついでに俺の財産も買ってくれた。おかげで装備や思い出の品なんかが全部戻ってきた。
本当にアリーシャ様様である。
楽しい一日だった。
夢のような一日だった。
「これも夢ならよかったのに」
目の前には真っ青な肌と二メートルを超える筋骨隆々の肉体を持ち、頭部から二本の角を生やした魔物が殺気を漲らせて唸っている。
ブルーオーガだ。
手には金棒を電柱くらいの太さの金棒を装備している。あんなので叩かれたら人はミンチへと姿を変えるだろう。
オーガが金棒で地面を殴りつけ威嚇する。
砂煙が舞い上がり、抉れた地面が顔を見せる。
うへぇ……。
ブルーオーガのパフォーマンスに歓声が上がる。
段差状の観客席には満員、とまではいかないがそれなり人で埋め尽くされている。
三百六十度からあらゆる視線を浴びて、これで何度目ともわからないため息を吐いた。
ちらりと観客席の方を見れば、色合いの異なる青い瞳と目が合う。黄金の髪を靡かせるその美少女は楽しそうに手を振っている。
心配する素振りもなしですか、お嬢様よ。
これを信頼と捉えるには俺と彼女の関係は長くも深くもない。
しかし、状況だけ見れば期待されていると考えるべきだろう。
衆人観衆の檻の中で、事の成り行きを思い返した。
◇
「貴方には闘技場に参加してもらうわ」
「闘技場?」
闘技場とは、この街にある民衆でも楽しめる数少ない娯楽施設の一つだ。
出場者は魔物と戦ったり、時には同じ人間と戦ったりとゲームでもよくあるやつだ。
勝てば賞金が手に入るのだが、それが彼女の目的ではないのは確かだ。賞金目的なら、そこの二人でも十分優勝を狙えるはずだ。
「出場するのは構わないけど、闘技場に出る理由は何だ?」
「犯罪奴隷の刻印を取り消すことが目的よ。犯罪奴隷だと、街の出入りや施設の利用で色々不便なのよ。私が貴方に任せたい仕事を考えると、それは非常に困るの」
「そうだよなぁ。店によっては入店禁止のところもあるし、どこのギルドにも登録できないだろうし」
奴隷となり首輪をかけられているとはいえ犯罪者であることには変わりない。犯罪奴隷になってしまうと、窮屈な生活を強いられるのだ。
「だから、闘技場に出場して犯罪奴隷の刻印を消すのよ」
「犯罪奴隷の刻印を消したいのはわかった。でも、そんなことで刻印を取り消せるのか?」
法律に詳しくはないが、犯罪奴隷から解放されるには、功績を打ち立てて王に承認を貰う必要がある、なんて話を聞いたことがある。
だが、闘技場に優勝したとしても、そんな功績で解放されるのかは甚だ疑問だ。
俺が聞いた功績は、魔物の襲撃から単身で町を守ったとか、盗賊から領主の娘を救ったとかだが、武力よりも善性を評価されたとのことだった。強い魔物を倒したり、闘技場で優勝した犯罪奴隷が解放されたという話はとんと聞いたことがない。
「犯罪奴隷を開放するには申請書に、主の他の貴族の署名が必要なの。そして国王の承認を得られればめでたく解放よ。闘技場に出場して、私が個人的に影響力のある貴族と賭けをするからそれに勝って署名を貰うのよ」
「ちょっと待て」
え、それって、いいのか?
犯罪奴隷の解放に面倒な手順が多いのは、貴族の手駒が犯罪奴隷に落ちた時、その貴族が買い取って解放し、また罪を犯させるのを防ぐためだと聞いたことがある。
王の承認と必要なのも、署名に関しては同じ派閥の者に書いてもらえば解決してしまうからである。
「別に、裏取引で署名を貰うなんて貴族の間では珍しくはないわ。貴族社会ってそんな綺麗なところじゃないもの」
うーん、まあ、犯罪奴隷から解放されるのなら別にいいか。不正は許さないとか、正義感の塊ではないのだ、俺は。
「貴方がうちの領地で同じことしてたら、領主権限ですぐ解放できたんだけどねぇ。王都の犯罪奴隷は国王の承認じゃないと解放できないのよ」
そう言って嘆息する姿を見て、やはり彼女も貴族なのだなとあらためて思った。
どれだけ天使のように清らかに見えても、腹の中には黒いものを抱えているようだ。
ま、悪人ではなさそうだけど。
逆にこれくらいの強かさがある方が仕えるほうとしては安心できるかもしれない。
◇
「うわっと」
振り下ろされた鋼鉄の一撃を紙一重で横に跳んで避ける。
すぐさま体勢を立て直し、攻撃を終えた隙をついて青い剛腕に剣を切りつける。
「ガァアッ!」
両手で持っていた金棒から切りつけられた方の手を離し、大木のような腕を虫を払うように振るう。しかし、その動作を予想していた俺はすでに範囲から逃れており巨腕は虚しく空を切る。
うむ、何とかなりそうだな。
前世の記憶が蘇りはしたが、それで今までの記憶や人格が消えたわけではない。人格は混ざったが、元の人格が激変したりはしなかった。転生して記憶は失っただけで、人格はそのままだったのか、似たような人格だったのか。
忘れていたことを思い出した、というのが近いか。ちょっとすっきりしたまである。
自分でもよくわかっていないが、自分の中に別の人格があるというわけではないので、変な葛藤は抱かずにいられている。
話がずれたが、とりあえず冒険者としての経験や感覚は失っていないということだ。
「ふっ!」
腕を躱されたブルーオーガは、片手で金棒を振るい追撃を仕掛けてきた。金棒の分だけリーチが伸びたので後退では避けきれないと判断。脇腹を狙う軌道なので、上や下に回避しても直前で修正されて当てられる可能性が高い。
なので、逆に懐に飛び込んで手首に剣を突き立てる。
「ギィヤァアッ!?」
狙い通り金棒を手放してくれたが、剣を突き立てられた腕をそのまま叩きつけに来た。咄嗟に左手の盾でガード。なんとか防げたが、流石の膂力に俺は体ごと吹っ飛ばされた。
受け身を取って、すぐさま体を起こす。
距離が取れたので丁度いい。
「あー、腕痛ぇ」
よく見たら盾へこんでるし。やっぱこの装備だとキツイな。
手首の傷を押さえながら睨み付けてくるブルーオーガを観察する。始まって五分くらいだが、何度か攻撃を当てることはできた。だが、どれも浅い。
ブルーオーガはオーガの中でも素早さが劣るが、その代わり力が強く、硬い。
俺の武器はアリーシャ様が買い戻してくれた元々俺が使用していたものなのだが、やつと張り合うには少し心もとない。
硬い皮膚、厚い筋肉、鋼鉄のような骨を持つブルーオーガを両断できる代物ではないし、俺にそこまでの技量はない。
ブルーオーガは倒したことがあるが、俺が足止めしている間に、仲間の魔法使いに攻撃してもらうという戦法だった。魔法使いがいれば恐ろしい魔物ではないが、間違っても戦士が一対一で楽に勝てる相手ではない。
「長期戦でじわじわと削って行くしかないな、やっぱ」
一撃で首を刈り取ったり、心臓を一突きとできないのではブルーオーガには短期決戦は望めない。
魔法が使えれば話は変わってくるが、残念なことに俺には魔法の才能はない。
赤ん坊のころから前世の記憶を持っていれば違ったかもしれないが、今となってはどうしようもないことだ。
魔力で身体や武器を強化、なんてのも簡単ではなくほとんどの人間が専用の魔道具がないとできない。俺もちょっと武器を頑丈にできるくらいだ。
けど、それはあったらもっと楽に勝てるというだけの話。
「俺にはこの剣と盾があれば十分だな」
今までともに激戦を潜り抜けてきたこいつらがあれば、苦労はするが魔法なんてなくてもブルーオーガには負けはしない。
やつはすでに至る所に傷を作っている。
手首の傷などは感触的に腱を切って骨まで届いたはずだ。
今も白刃が突き刺さり、傷口からは赤い血が溢れている。
「…………ん?」
あれ、なんかいやなもんが見えたぞ。
嫌な汗を大量にかきつつ、視線を右手に持った剣へと恐る恐る移す。
その先には半ばあたりからぽっきりと折れた相棒の姿が。
……うそーん。
剣は折れ、盾はへこみ、傷ついているとはいえ満身創痍までは程遠い敵。
どうすんの、どうすんだ俺……。
ちなみに、俺には棄権が許されていない。
状況は絶望的だが、戦うというコマンドしか選択権はない。
「……」
取りあえず俺は、涙をこらえてブルーオーガへと殴りかかった。




