3.夢見が悪いのは枕がないから
祈りの効果なのか、その日俺は嫌な主に買われることはなかった。正確には、誰も買いに来なかったというべきか。
このまま誰にも買われなければどうなるのだろうか。
出される食事は質素に過ぎるが、タダではない。それに、この店には俺以外の奴隷がたくさんいる。維持費はそれなりに掛かるはずだ。
犯罪奴隷は特筆するような技能がない限り、捨て値で売られている。
俺を売るまでにかかった費用が、俺を売ったときに出る利益を超えるようなことになればどうなるのだろう。
朝食を持ってきてくれた少年に昨日ふと思い浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「うちに赤字が出ることはないですね。そうなる前に、国が開拓の労働力として連れていくんですよ。犯罪奴隷は一般奴隷とは違って、所有権は国が持っているんです。店は売り場を貸しているだけに過ぎないんですよ」
「それって店側になんか利益あるのか?」
「ありますよ。たとえ貴方が売れ残ったとしても、国が連れていくときに場所代と維持費として貴方から没収した財産の一部が払われるんです。それでだいたい元は取れるそうですよ」
宿に置いてある俺の荷物はどうなったのか気になっていたが、どうやら国に回収されたようだ。
拘束されたときに身に着けていた武具や道具類も同様だろう。
つまり、もう俺のところに戻ってこないということだ。
「あの剣、結構気に入ってたんだけどなぁ。防具も新調したばっかだったのに……」
「諦めるしかないでしょうね。それと、お兄さんは売れ残らないかもしれませんよ?」
地味に落ち込んでいると、少年が優しく慰めてくれた。
だが、変に気をつかわれても俺としては苦笑するくらいしかできない。
「あ、信じてませんね? 実は今日、大口のお客様が来るそうなんです」
「大口、というと貴族か」
「なんでも『人間収集家』と呼ばれていて、奴隷商を回って面白い人材を買い漁っているそうです」
「嫌な呼び名だな。けど、俺って普通の冒険者だったんだけど」
「普通の冒険者は貴族を殴ったりしませんよ。てか、殴った時点で処刑されますから、生き残ってるお兄さんはレアケースなんです。コレクターの食指が動きそうじゃないですか?」
「で、結局は強制労働なんだろう?」
「まあ、そうでしょうね」
なら一緒じゃねぇか。
しかも薄気味悪い名前からして、碌な扱いを期待できそうにない。
……ま、犯罪奴隷になった時点でそんなことを期待することがおかしいのか。
俺を待っているのは劣悪な環境だ。前提から最悪を想定しなければいけない。
誰に買われようが、売れ残ろうが最終的には安い労働力として扱き使われる。
だから、期待してはいけない。
納得していなくても、俺はこの社会においては重罪人だ。相応の罰を受けなければならない。
淡い希望を抱いてしまえば、それだけで現実が辛くなる。
待っている未来は生き地獄だ。
そこに期待や希望なんかを持ち込んではいない。
でも、そんな未来が当然の報いだとは俺はどうしても思うことができなかった。
◇
頭上に掲げ、振り下ろす。
それだけの単調な作業。
カン、カンと甲高い音が響く。
岩と金属がぶつかる単調な音だ。
単調な作業と単調な音が永遠と続く。
目の前の岩盤が僅かに崩れ、その分だけ壁に近づく。
それだけだ。
それだけの変化を残し、汗をぬぐった俺はまた単調な世界に戻る。
頭上に掲げ、振り下ろす。
それだけの単調な作業。
けれど、手に持っているのはピッケルから鍬に変わっていた。
延々と広がる荒れ地に鍬を突き立て、地面を耕す。
何度も何度も、何度も鍬を振り下ろす。
けれど、いつまでたっても終わることはない。
この辺り一帯の土を掘り起こすまでは。
どこを向いても地平線が見える荒れ地で一人俺は鍬を振り続ける。
いつまで続くんだ?
気づけば森の中に立っていた。
右手には刃こぼれした剣、身に着けたボロ着の上には薄い皮製の防具。
どちらも俺が仕事のときに使っていたものとは比べ物にならないほどお粗末な装備だ。
茂みが揺れる。魔物が顔を出した。
するとぞくぞくと、木の影や地面から何体もの魔物が姿を見せる。
視界に映るだけでも十体以上。一人で相手にする数ではない。
逃げようと踵を返せば、そちらにも魔物がいた。数は倍以上だ。
振り返ると、さっきよりも魔物の数は増えていた。前後左右を魔物に囲まれ、頭上にも空を舞う魔物の姿が見える。
「ああ……」
雪崩のように魔物たちが一斉に襲い掛かる。
隙間をくぐるように回避しながら剣を振るう。
振るって、振るって。剣技と呼ぶにはあまりにも稚拙な剣筋で、滅多矢鱈と剣を振り回す。
しかし、いくら切り裂こうとも魔物の数は減らない。むしろ増えていないか?
「ああっ」
返り血で体中が赤く染まる。視界も真っ赤だ。
それでも変わらず、むしろ勢いを増して魔物たちは襲い掛かってきた。
裁ききれず攻撃が掠める。がむしゃらに剣を振るう。
必死に暴れる俺を嗤うように魔物が俺に飛びつく。続くように四方からさらに魔物が飛び掛かってくる。
これは、死ぬ?
「――ぁあああああああああああああああっ!」
死にたくない。
溺れてもがく様に剣を振り回す。魔物たちから抜け出すために、生き残るために剣を振る。
振るう、振るう、剣を振るう。
魔物が切り飛ばされる。さらに腕を振るうと、ピッケルの先が上手く魔物の脳天に突き刺さる。死体ごと振り回すと、死体は飛んでいき鍬の先が別の魔物の体内に沈み込んだ。引き抜いてまた腕を振る。
自分がいま何を掴んでいるのかもわからないまま俺は腕を振る。
今度こそ、あっけなく死んでたまるか。
こんなことで死ぬものか。
生を謳歌するまで死んでやるものか。
まだ地獄を見るには早すぎる。
今度こそ、今度こそ。
俺は。
◇
「……うへぇ」
目覚めた瞬間、寝汗にまみれた感触に思わずうめき声をあげる。
内容は覚えていないが、嫌な夢を見ていたのは覚えている。
悪夢でうなされるとは。
夢見が悪かったのはここに枕がなかったからだろう。
自分の腕を枕にしたのが悪かったのかもしれない。腕は痺れているし、美少女の膝枕に憧れる俺には自分のとはいえ野郎の腕枕ではうなされるのも当然と言える。
痺れている手を使わずに体を起こす。さすがに二度寝はしない。
朝食を食べて、やることがなくて暇になってふて寝したのだったか。
留置所のときのように他の奴と話そうにも、扉になっているところ以外は壁でしかも防音仕様だ。檻と言うより個室か。
ともかく、近くの奴と会話できる造りではない。たまにやってくる世話係くらいしか会話の機会がない。
そのうち話し方を忘れそうで怖い。
「うん?」
なんだか外が騒がしい気がする。
うるさい、というよりは盛り上がっていて賑やかな感じだ。なので、不快ではない。
そういえば、大口の客が来ると言っていたか。
貴族の『人間収集家』とか呼ばれてる変態臭のするやつだ。きっと豚と蛙を足したような野郎に違いない。
大方、美少女奴隷でも探しに来たのだろう。
はっ、良いご身分だな。……本当に。
「例の奴隷はここにいるのかしら?」
「はい。ここから三つ目の檻に」
二人の会話を拾う。声が近い。どうやら収集家さんは犯罪奴隷に用があるみたいだ。
よかったな、三つ目の檻の人。
そうだ、どうせなら俺も人間収集家とやらの顔を拝んでみるとするか。暇だし。
俺は立ち上がり、格子扉へとふらふらと近づく。
外の通路を覗き込もうと鉄格子に近づくと、誰かが扉の前に立つ。
「こんにちは」
――――こうして、俺は彼女と出会った。




