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詐欺師の恋  作者: lahai_roi
19/23

見えない鳥籠


「お兄ちゃん、ありがとぉねぇ」



スタッフルームを出て直ぐの所で、葉月が壁に寄りかかって、こっちを見ていた。



「何のこと?つーか、お前そこでずっと待ってたの?客来たらどうするの。」



今晩は、途中からバーを葉月に任せて、俺は着替えを済ませた所だった。



「今ちょうど引いたところ。万が一来たらタカが出してくれるって。私はトイレット休憩だよん。」



えへへとはぐらかすように笑う妹のそれが、言い訳だということはバレバレだ。




「タカなんかに任せたら何出すかわからないだろ。早く戻れよ。俺はちょっと出てくるから。」




「あっ、ちょっと、待ってよ!」



ジャケットのボタンを閉じながら、葉月に背を向けて階段に足をかけると、葉月が駆け寄ってきて俺の袖を掴む。





「…何?」





「さっき言ったでしょ、ありがとうって。零をルナに戻してくれたこと、感謝してる」



上目遣いに俺を見る妹は、いつもの跳ねっ返りではない。



「…別にお前のためじゃないけど。利害が一致したってとこかな。」



そう言えば、葉月はにやりと笑って俺から手を放した。




「どんな手を使ったのかは知らないけど、お願いだから、もう逃がさないでね!」











裏口から外に出ると、生温い風がそよぐ。





「相変わらずあいつは馬鹿だねぇ。」





先程の妹の顔を思い浮かべながら、一人言ちた。





空生は戻ってきたというよりも、繋がれたという方が正しい。




決して自分の意思で戻ってきたわけじゃなくて、見えない鳥籠に囚われただけのこと。





空生が本当は何を望んでいるか考えているのなら、戻ってきて喜ぶなんてことはできない筈だ。




崇のように。






「あれは阿呆だな。」






呟くと、少しの苦さが込み上げた。





つくづく人間ていうのは、馬鹿ばっかりだと思う。




それぞれ、全く別の生き物なのに、様々な事で、自分を鎖に繋ぐ。




そして、それらはよく交わって、反発したり、砕いたり、傷つけ合ったりする。




そうして、自滅することもしばしば。




なのに、どうしてか横一列に並びたがる。



飛び出した者を排除したがる。




愚かで不完全で救いようがない。




「ま、俺はそれを利用するんだけどねぇ。」




待ち合わせ場所へと足を運びながら、年の瀬の記憶をなんともなしに回想した。




========================





世間でいう、いわゆる仕事納めの日。




ほとんどの企業がそうなので、当然飲みに行く人間も多い。





そんなわけで、日にちが変わっても、ルナは多くの客で賑わっていた。




崇も所用らしく、葉月も居ない、珍しく個人的には静かな夜だった。







「?」







満席のカウンターに、注文された酒を全て並べ終わった頃、その客達の背後で、スタッフが一人、必死に俺にアイコンタクトを送っているのに気付く。




首を傾げて、そっとカウンターを抜け、







「どうした?」





と訊ねると、最近入ったスタッフの若い男は、困ったような顔をして俺に耳打ちした。






「…それが、トシヤさんが、、黒が来てるって燈真さんに伝えてくれって。。。。」







トシヤとは、受付兼用心棒として働いている男の事だ。





「黒?んなもん追い返せばいいだろ。」





自然と眉間に皺が寄った。





ルナでは、クラブ内で由々しい問題を起こしたり、クラブ側に都合の悪い人間は、ブラックリストに載せて、入場自体を拒否している。




客の耳に入ると面倒なので、スタッフ内では『黒』と呼ぶようにしていた。




そして、そういう人間は、容赦なく追い返して良いことになっているのだ。





「…よく、わかんないんですけど、、とにかく弱り果てた感じだったので。。」





つまり、対応しかねて俺を呼びに来た訳か。





ただでさえ、零のことで、虫の居所が悪いというのに。






「ったく、使えない。」





俺は小さく舌打ちし、戻ってくるまで、とりあえずカウンターに居るよう指示を出してから、入り口に向かった。






人ごみの間を縫って入り口に辿り着くが、それらしき人物も、トシヤも見当たらない。







「…外か。」





無駄なのはわかっているので、二重になった苛々を逃すため舌打ちしたくなるのを堪え、外に出た。






「あ、燈真…」





入り口のすぐ脇に、知った人影が動き、不安げに俺を見る。




目線をそのまま真横にずらすと、相手の顔が見えた。






「…あれ…」





素直に驚きの声が口から零れた。





「…お久しぶり…です。」





かなり前に数回会っただけの人間の記憶が、どうして直ぐに思い出されたのか。





それはもう、俺の中の勘がピンときたから。他に理由はない。




どうして今、このタイミングで現れたのか。




それは多分、運が俺に味方しているからだ。






「トシヤ。戻ってて良いよ。俺が受ける。」






ゆっくりと口角を上げながら言うと、いかつい身体の持ち主は、安堵の表情を浮かべた。




「ただの黒だったら良かったんだけど。あいつのことは、俺、よく事情知らないから、ごめん。」






すれ違い様、トシヤは俺に謝罪の言葉を述べて消えた。




俺は無言でポケットから煙草を取り出し、口に咥える。




いつだったか、怒りで理性を見失い、俺に掴みかかろうとした人物は、あの頃とほとんど代わり映えしないように思える。




但し、記憶が大分おぼろなので、定かではない。




クラブの入り口から少し外れた場所に佇むその男に、ゆっくりと近づくと、俺は口を開いた。







「…折角のご来場、大変申し訳ないんだけど、君をルナに入れる訳には行かないんだな。理由はわかるよね?」






「わかってます。」







やけにはっきりと即答されて、やはり俺の勘は当たっているのだと確信する。







「じゃ、どうしてここに来たの?」






理由はきっとひとつだけど。





芝居がかった自分の声に心の中で笑う。






「……ひとつだけ、教えてください。あの男…ここに、戻ってきたんですか?」






「………俺がそれに答えると思う?」





考えるような、訝しがるような間をたっぷり空けて、訊き返すと、男は小さく笑った。






「いや、、答えはいつも、くれないですから。」






「そりゃ、学習してるよねぇ。」





咥えた煙草に火をつけながら、俺も笑う。





「けど、今回は俺も引けません。大事な人が、あいつの餌食になるのを、今度こそ食い止めなくちゃいけないんで。」





意志の籠もった瞳で、俺を真っ直ぐ見つめる男は、あの頃より、やっぱり成長したのだと思った。




同時に、自分の思惑通りの展開に、内心ほくそ笑んだ。








「へぇ?ってことは、足がついてんだ?」






「はい。しかも本名まで出してますから。だから。。それが確実なら、貴方達が何と言おうと、俺はあいつを許さない。」







正しくも有り、間違っても居る正義感は、利用し易い。






「…そうだよねぇ。俺も今回ばかりはちょっとそれに賛成かな。」







その女に、大事な金づるを取られるのは御免なんでね。







「―え?」





俺の返答が予想外だったのか、男はたじろいだように瞳を揺らした。



空生が詐欺に手を染めている事実を、俺等は頑なに認めなかったんだから、そりゃそうだろう。





「だから、ちょっとやり過ぎかなって、思ってんの。あいつもそろそろそーいうの、辞めるべきなんだよ。」







生まれつきの俺の顔は、容易く人の良い人種になれる。



産んでくれた誰かに、それだけは感謝している。





「あいつから、羽根をもいでやる方法、教えてやろうか。」





目の前の男は、きっと詐欺師からの解放を意味していると勘違いしているだろうが。




実際は、その逆だ。




二度と、自由に空へと羽ばたかないように。




飛ぶことなんて、許されていないんだと思い知らせる為に。






「大丈夫、安心して。簡単な事だから。そうすればきっと、君の大事な人も守ることができる。」






男が過去から豹変した俺の態度を、怪しまない訳はないと思う。




だが、それ以上に、俺の誘いは魅力的だ。






「…どうして、急に?」





ややあって。




男は迷いかねているように地面を見つめてから、俺を見た。







あと一押しで簡単に俺を信用しそうな相手を前に、ちょろいものだと思わずにはいられなかった。








「俺も鬼じゃないからね。。まぁ人の子ってとこかな。それより、詳しいこと教えてよ。なんでこっちにきてるって思ったの?」




同盟の握手なんかしなくても、するすると中に入り込んで、自分の知りたいことだけを吸いとって利用してあげる。



この方法を、空生に教えたのは、俺だ。




話を聞けば、同じ会社の噂の絶えない女に恋をしていて。


冬の初めに新しい噂が流れて。


それがどうも兄だったらしいということになり、噂は一度一掃されて。



けれど、どうも女の様子を見る限り。


不毛な恋に心を焦がしているようにしか見えない。


辛い想いをしているようにしか見えない。



だけど、手を伸ばすことはできないまま、時間が流れて。



仕事納めの夜。



会社を出る所で、彼女が誰かを待っていた。



複雑な気持ちのままで、そんな彼女を見つめていると、彼女の携帯が鳴った。





そして、彼女は嬉しそうに笑い、空生の名前を呼んだのだと言う。





「まさか、またあの名前を聞くとは思わなくて…。でも、兄っていう話が嘘だとしたら…相手があいつなら…辻褄が合う。」






ほぼ無意識で、気がついたら、ここまで来ていたのだという。





―ほんと、温室育ちのふざけた女だ。





聞きながら、俺はあのほやほやとした女の顔を苦々しく思い出した。




あーいうのが、一番厄介なんだ。




周りを見ることができない阿呆。


自分が、相手を陥れてることに、気付かない。



いつもだったら、こんな話一蹴して、馬鹿馬鹿しいと振り切る。



証拠も確証もない。


ただ、経験者だからこその勘が、働いただけのこと。



今回に限っては、俺にとって好都合だから、利用させてもらうけどね。





「…ふーん、そっか。それは結構ハマってる感じだし、危険だよね?…俺もトモダチとして、零を助けてやりたいし。」





そこまで言うと、俺は煙を吐き出して、視線をルナのネオンに向ける。





「―勿論、それから抜け出す為には、零に痛い思いをしてもらわないといけないんだけどね。」





空生は、本当はすごく弱いから。





「その子にも、少し…頑張ってもらう必要がある方法なんだけど。とりあえず聞いて、できそうだったらやってみればいいし、無理だって思うならやらなくてもいい。でも覚えておいて。これ以外に方法はないからね。」





ずっと、自分のことを責め続けているから。





母親が死んだのも。




義理の父親のことも。




周りが辛い思いをするのも。



母親の復讐として他人を騙すのも。




全部、全部。




自分のせいだ、と。




思い込んだまま、抜け出せないでいる。




空生の傷は、広がっていくばかり。




だから。




簡単なんだ。




その傷口を、もう少し、深くしてあげれば。





そう、『彼女』も、自分のせいで傷ついてしまう。



自分に関わると、皆傷付いてしまう。




どうせ、幸せになんかできないという事実を、突きつけてやるだけで。



思い出させてあげるだけで。




それだけで。




空生は簡単に、自分を殺すだろうね。




俺の提案を聞いた後、男は俯いて暫くの間黙っていた。






「…俺が、彼女の会社からの立場を失くすよう…手助けするってことですか?」




やがて迷うように訊ねた男に、俺は大袈裟に手を振って見せた。





「まさか。違うよ。失くなったかのように、見せかけるだけ。一応本当にやらないと、どこからぼろが出るかわからないからね。」





君は、その歪んだ正義を、振りかざせばいい。





「それに、これからは、君が、彼女を守ればいいんだ。直ぐ傍で。君にはそうする権利がある。」






「…でも…」





渋る男には、やる気にさせるスパイスをあげようか。



俺は残念そうに眉を下げて。





「零は君の妹さんが死んでくれて助かったと思ってるんだから。零が憎いでしょ??」





発した言葉に、男ははっとしたように顔を上げた。





「で、でも…彼女を傷つけるなんて…」





「何言ってるの。義を通す時は必ず代償が必要でしょ?君の妹さんも、きっと零を止めてほしいと思っている筈だ。これ以上辛い思いをする人間を増やさないように。さっき言った事をやってくれたら、後は俺が零を繋いであげる。そしたら零は完璧足を洗えるよ。皆ハッピーエンドだ。ねぇ…」







冷たくて速い風が、俺と男の間をひゅっと通り過ぎる。






「そういうのを正義って呼ぶのかもしれないね?」




========================





生温い風に、一瞬自分の感覚がおかしくなったのかと思った。





ちょうど今思い返していた出来事が、冬の真夜中だったから。





ひらひらと風に吹かれて落ちていく桜の花びらを見て、春なのだという現実いまを突きつけられる。




飛んでいた意識を戻された俺は、店の前に着いていたことに気付く。




CLOSEDの文字を横目で確認してから、慣れた動作で施錠を外すと、真っ暗な店内に入った。





隠れ家的なこの店には名前が無い。




そもそも看板を出していない。





店内の照明を部分的に点けると、辺りが仄かな色で照らされた。




時計を確認すると、あと少しで約束の時刻になる所だった。



それまでと、カウンターの端に腰掛けて、咥えたタバコに火を着ける。




天井に上っていく煙をぼんやりと見つめた。






―人は時に正義という言葉を、自分のしたことやすることの、大義名分として掲げ、真実がどうかなんて、知ろうとしないもんで。




自分達の持つ正義が、果たして本当に正しいのかすら、考えるのをやめた。




突き詰めて行けば、必ず過ちがあると、わかっているからだ。




「人間の正義なんか、とっくの昔に汚れてる。」




だから、俺も、変わらない。






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