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詐欺師の恋  作者: lahai_roi
18/23

返しそびれた鍵の行方


4月になると、寒かった冬は影を潜め、春らしい陽射しが通りを照らすようになった。





日も大分長くなったけれど、夜になればまだ肌寒い。








「ただいまぁ…」






誰も居ないとわかっていながら、玄関先でなんとなく呟いた言葉がやけに虚しい。





廊下を通って居間に辿り着けば、必ず目に入る写真立て。





未練がましいのは百も承知だけれど、そこには今もいつかの写真が飾られたままだ。



そして、その前にあるのが。






「私…持ってて良いのかな…」







使われることも、持ち主の元に戻ることも出来なくなった、鍵。




何のキーホルダーも、付いていない、裸のままの、鍵。



中堀さんからもらったまま、私の手元に残っている。




返して欲しいとも、言われなかったし、どこに返しに行けば良いのかもわからない。




毎日仕事から帰ってきては、コートも脱がないまま、暫くじっと、この鍵と睨めっこするのが、私の日課になっていた。






そうして、ぼんやりとした時を過ごす。






もう無くなってしまったことを、認めたくなくて。





メリッサと会ってから、藤代くんに事実を確認したいと願いながらも、何故だかすれ違いが多く、2人で話す機会に恵まれない。




よく思い返してみれば、タカと会ったあの夜の次の日も、藤代くんはよそよそしかった。





藤代くんは何かを隠していると思うんだけれど、それが何で、そうすることによってどんなメリットがあるというのか。





そんなことを考えている間に、なんと藤代くんが部署を異動になった。





何でも新しいプロジェクトの立ち上げメンバーの一人だそうで、大抜擢らしい。






「どうして…時間は加速するんだろう…」






漸く写真と鍵から目を外し、コートのボタンを外しながら、私は呟く。





子供の頃は時間の流れが遅くて仕方なかった。



大人になった今は、時間だけが飛ぶように流れていって、自分の心だけ置いてけぼりになっているような気分だ。






中堀さんのこと、藤代くんのこと、実家の問題。





色々考えなくてはいけないことは沢山あるというのに、そのどれにも手を付けることのできないまま、気付けば4月になってしまった。





だからといって、仕事を休んだりしたら、生活できなくなってしまう。





~♪






ルームウェアに着替えて、お湯を沸かしていると、携帯が鳴り出した。






「げ…」






慌てて表示を確認すると、実家の電話番号が表示されている。





嫌な予感しか、しない。






「………もしもし。」






迷った挙句、出ることにした。





《何!あんた、その嫌そうな声!》





同時に、母の大きな声が、私の鼓膜を突き破りそうな勢いで届く。





「別に…何か、用事??」





携帯を耳に当てながら、椅子に座った。





《用事も用事、大用事よ!あとはあんただけになったからね!!!》





―え?





余りに唐突過ぎる母の説明不足な台詞に頭が真っ白になる。





「どういうこと?」





無意識に眉間に皺を寄せながら訊くと。






《結婚相手に決まってるでしょう!お姉ちゃんもお兄ちゃんも連れてきておばあちゃんからOKもらってるわ。残るはあんただけ!よ。おばあちゃんなんか、花音にはそんな相手居ないだろうって決め付けてて、お見合い相手探しに写真を片っ端から見てるらしいわよ!》







早口で捲し立てる母と、驚きで口が利けない私。






「いい……いやいや、ちょ、ちょっと待って。6月までに連れて行けば良いって話だったよね??」





声を引っ繰り返しながらなんとか確認するけれど。




《まぁ、半年って事になってたけどね、あんた今月26になるじゃない。どうせ一緒に過ごす相手も居ないんでしょ???その時におばあちゃんの所行ってきたら?良い相手紹介してくれるかもしれないわよ!》





世界最強の母の耳には入っていないらしく、自分のマシンガントークを繰り広げている。





「そ、そんなの、わかんないでしょ…期間短くするの、やめてよ」





しどろもどろになりながら、なんとか反対の意を伝えても。







《じゃー、とにかく用はそれだけだから!できるだけ早くしなさいねっ!じゃないとおばあちゃんうるさいから!よろしくね!》






相変わらず、突然切れる通話。







「…どうしたらいいの…」






途方に暮れて一人言ちた瞬間、沸騰したお湯が、ケトルから吹き零れた。





========================





翌日のランチタイム。







「ご注文をお伺い致します。」






最近流行りの雑穀米などを使用した健康志向の飲食店で、店のロゴが入ったエプロンを着た店員が、私達のテーブルの前に立つ。




女子に人気のあるこの店は、なるほどOLで混雑していた。







「私、日替わりの鶏唐ピリカラソースセット。小鉢はサラダで。」






向かいに座った憲子が、がっつり系を注文。





「えっと、じゃ、、私は梅とろろ昆布うどん、、単品でお願いします。」






「かしこまりました。」






店員ははきはきとした声で、注文内容を繰り返すと、奥へ引っ込んだ。




その後ろ姿を目で追う事無く、憲子が私の異変を指摘する。







「花音がうどんとか、珍しくない?どっか具合悪いの?」





「…胃の調子が、ちょっと、、ね。」






私は苦笑いで返し、それより、と憲子にしっかりと向き直る。






そして、左手の薬指を指差した。






そこには、小ぶりで上品なダイヤがくっついている。




「裕ちゃんとの話し合い、上手くいって、良かったね。」




そう言うと、憲子は照れたようにえへへと笑った。




私が藤代くんとご飯を食べて、その後タカの説教を食らった夜。




憲子は裕ちゃんと、とことん話し合ったらしい。




憲子自身は、別れることも勿論頭にあったようで。




「花音にもよく言うけどさ。駄目なら駄目でさっさと次行かないと!っていうような焦る気持ちはいつもあったんだよね。」





それでも、踏み切れない自分も居たという。




「色んなところ、全部ひっくるめてやっぱり好きだからさ。この際だから、言いたいこと全部言って、すっきりして別れれば良いかなって。」





苛々や焦燥感、相手に求めること、自分がしたいこと、今思ってること、将来のこと。





この憲子が感極まって泣いたというんだから、相当追い込まれていたに違いなかった。




そうやって全部ぶちまけたら。




何一つ口を挟まずに、全てを聞いた裕ちゃんは、憲子のことをぎゅーっと抱き締めて。





『俺は、俺が、憲子を幸せにしたいよ』




と呟いたと言う。




何度思い返しても、痺れる台詞。




「裕ちゃん、惚れるわ…」




それで、そのままプロポーズされて婚約とか。



色々羨ましすぎるんですけど。




「結局、裕ちゃんはちゃんと考えてたんじゃん。」





私はぶすくれながら、空色の湯呑みに入っている玄米茶を啜った。





「…まぁ、ね…」




憲子はそんな私を見て、物憂げな表情になる。





「で、、花音は…?」





憲子は私に気を遣って、最近私が問い質すまで裕ちゃんとのことを話さなかったばかりか、指輪すら会社には外してきていて、それを知った私は申し訳ないやら情けないやらで、落ち込んだけれど。






「婚約者募集中…」





自分で言ってて、やっぱり哀れで仕方ない。





「藤代も異動になっちゃったしねぇ。忙しそうだし。。代役にするのも嫌なんでしょ?」





私は憲子の言葉にこくりと頷いた。






「お待たせ致しました。」





そこへ、先ほどの店員が、注文した料理を運んできたので、一旦会話が途切れる。





憲子の健康的な、というか、彩り豊かなプレートに比べ、私の所へ運ばれてきた透明なスープとか、何かがすごく乏しい感じがする。




それは、今の自分たちを表わしているようだなと、珍しく内心で皮肉った。





「ごゆっくりどうぞ。」







店員がお辞儀をして背を向けると、憲子が再び口を開く。






「じゃー…さ…お見合い、してみたら?」






藤代くんの気持ちを、振り回すことはしたくなかった。




だから、婚約者を演じてくれ、なんて、冗談でも言えなかったし、実家からそういう話が来ていることも、伝えていない。





「お見合い、かぁ…」





憲子が箸を取ったのを見て、私もそれに倣う。





時間はとっくに、中堀さんと一緒に居た短い期間を追い越して、一緒に居なかった時間の方が多くなってしまった。




時の流れが、駄々をこねる子供の心を萎えさせるのと同じように。




私の中でも、手に入らないどころか、何処にいるのかもわからない人に焦がれる想いを、封印しなければならないという感情が半分位動き始めていた。





あとの半分は、自棄になっていた。





もう、どうにでもなれ、的な。





「どうせ、、誕生日に行って来いって言われてるから…おばあちゃんの所、行ってこようかな。」





どうせ、好きな人と一緒になれないんだったら、なんでもいいか、と。






「…良いと思うよ。月並みな言葉だけど、もっと良い人が見つかるかもしれないし。」




憲子はいただきます、と呟き、鶏唐にかかるソースを箸で広げた。





今は敢えて、顔を合わせない。






憲子のそんな優しさは、ちゃんと私に伝わる。





「…うん、ありがと。」





でも、その言葉を受け容れることは、心が拒否してしまう。




―あんなに好きな人には、きっともう二度と逢えない。




それは、私の中で確信に近い程強く感じている。




あの人が帰ってきてくれるなら、何年でも待っていられると思う。





だけど、もう。




どんなに待ったって、あの人はここには来ない。






そして、自分も。






いつか、王子様が迎えに来てくれるなんて、夢を見られる程。






子供じゃなくなってしまった。






現実が、いつも不条理の上に成り立っていることなんて、とっくに気付いている。





自分の思い通りに運ぶことなんて、滅多にない。





ましてや、他人ヒトの心となれば、尚更だ。





頭では理解できていても。





ココロが痛い。




ひりひりと、痛い。






いつかはかさぶたになって、治るのだろうか。






その為には、辛くても前に踏み出さないといけない。






「おばあちゃんの選ぶ人ってどんなんだろう。」








ふと、口にした疑問に。







「どんな人が良い?」







憲子が理想を訊ねた。






「んー…そうだなぁ…」






考えるフリをすれば、心が寄り添って離れようとしない、たったひとりの人物の面影が頭をちらつく。





「…優しい、人が良いなぁ…」





それを振り払って、なんとか答えて。





憲子の返事を待たずに、伸び始めたうどんを啜った。







けど。






あの人だって、十分過ぎる程、本当は優しいことを、私は知っている。





それを、多分誰よりも、間近で見てしまったから。




何度振り払っても、結局はあの人に行き着いてしまう。




堂々巡りだ。





========================









「うわ、とと…」






会社を出て直ぐに、春風が強めに駆け抜けたせいで、私の首に巻いていたストールが解かれる。





必死で掴もうとしたが、結局飛ばされ、街路樹の幹に引っかかった。







「あー、ツイてない」





走る気はとっくにないので、私は溜め息と共にとぼとぼと街路樹まで歩く。





「?」





そこへスーツの足が登場し、かがんだかと思うと、ストールを拾った。





「あ…」





誰かと思い、視線を上にあげると、飯山が立ってこちらを見ていた。





ぞくりと鳥肌が立ったのを感じる。





「コンバンワ。中堀とは相変わらず上手く行ってんの?それとも藤代に完璧に乗り換えた?」





飯山は手にしたストールを手首に巻きつけ、にやにやと笑った。




その向こうには、おぼろ月が光を放っている。




春風にしては生温い風が、気味悪い。




私はごくりと生唾を飲み込んだ。





「…拾ってくださって、ありがとうございます。」





飯山の問いには応えず、差し出されたストールを受け取ろうと手を伸ばす。



が。






「っ?!」






「まぁ、待てって。」







引っ込められたストールに、思わず眉間に皺を寄せると、飯山が宥めるような口調で、空いている片手を挙げて見せた。





会社帰りの人間が、ちらほらと行き交う中、私達は暫くお互い見つめ合う。




入社当時、飯山の事は、面倒見の良い、お調子者の先輩としか映らなかった。




けれど実際は、結構な遊び人で、悪い噂もなくもない。



というのは、大半は、風の噂くらいなもので、事実と結びつく話はどうしてか無かったからだ。




怪しいのはわかっていた。




気をつけなさい、との言葉もあった。




それでも、そのままの関係に甘んじたのは、私がただ単に寂しかったからだった。後も先も考えていなかった。



飯山自体も、同類の人間だった。




どうして離れたかと訊かれれば。




ただ、何もかもが、致命的に合わなかったと答えるしかない。





飯山は、人をモノとしか思わないこともしばしば。



関係を持つ女は不特定多数。




だから、飯山と付き合っていたのは、ほんの一週間、とか。





その程度だったんじゃないだろうか。




付き合う、付き合わないという言葉自体、そもそも無かった。




自然消滅に近い。




なのに、顔を合わせば、飯山はやたらかまって来るのだ。





安い女として。



「なぞなぞ、しよーぜ。」





飯山の目は、いつだって、死んだような瞳をしていた。




見ているようで、何も映っていないかのような。





「―え?」






不可解な飯山の誘いに、眉間の皺はそのままに、訊き返す。





幼稚園児じゃあるまいし、ここでなぞなぞって。





動揺する私を余所に、飯山は片手をポケットに突っ込むと、更に口角を上げた。







「櫻田の新しい男の噂話を、再加熱するように仕向けた人間は、誰でしょーか?」







「はぁ???何を言うかと思えば…」






私は、呆れたように呟いて、飯山を睨め付けた。







「貴方以外に誰が居るんですか。」







が、飯山との目線が交わらない。






飯山は、私ではなく、私の背後の方を見ているようで。







「……櫻田。お前、男見る目、ないってこと、そろそろ自覚した方が良いぜ。」







そう言うと、すっと近づいたので、私は思わずびくりと身を引く。






「んな、警戒すんなって。何もしねーよ。」






飯山は面倒そうに両手を上げて、手にしていたストールを私の首に巻きつけた。







「な?藤代。」





「え?」





同意を求めるように、落とされた名前に。




私は思わず首を捻って、飯山の視線を追った。




「藤代くん…」






グレイのトレンチコートのポケットに、手を突っ込みながら、いつの間にか藤代くんは私の少し後ろに来ていて。




飯山を見る険しい表情に、妙な胸騒ぎを覚える。





「おー、コワ。…今日は、もう行くわ。じゃーな、櫻田。」





私の傍で、飯山はそう言い残して、会社に戻っていく。





すれ違い様に藤代くんに何か呟いたようだけど、間が空いているから、聞こえなかった。






「・・・・」





飯山が立ち去って、藤代くんは再び私を見るが、私は居たたまれないような気になる。





心臓が嫌な音を立てている。






正直、飯山の言動のせいで、自分の中に良くない考えが起ころうとしている。






そうじゃなくても、私は藤代くんに確かめなければならないことがあった。






―でも、まさか。





何も言葉を発せずにいると、藤代くんがゆっくりと距離を縮め始めた。





私はそんな藤代くんの顔を見ることが出来ず、代わりに視界には藤代くんの足と道路が映っている。




「…久しぶり。」





掛けられた声に、上目遣いに藤代くんを見上げると、彼は小さく笑んでいた。




疲れているかのような表情に、緊張が少しだけ解れる。





「忙しいの?」





「…まぁね。」





でも、と続けながら、藤代くんは私をじっと見る。





「櫻田に中々会えないのが、一番キツイ、かな。」





どこから吹いてきたのか、桜の花びらが、ひらりと2人の間を割って入った。





「……それも、嘘?」





気付けば、そんな言葉が口を衝いて出ていた。





見つめた先の藤代くんの瞳が、微かに揺らいだように見える。





「何が?飯山先輩に何か言われたの?」





「―私が熱を出したあの日、本当は中堀さんと会ったんでしょう?」






私は小さく深呼吸して、被せるようにそう言うと、藤代くんをじっと見つめた。





藤代くんは答えない。






「ずっと、おかしいと思ってたの。…藤代くん、いつだったか私に言ったよね。」






私の頭の中には、藤代くんが私の事を好きだと言った、あの夜が浮かんでいる。







―『中堀、、、さんって…』




―『自分から、櫻田の兄だって言ってなかった?』






「なんで、それを、藤代くんが知ってるんだろうって。」




私の記憶が正しければ、中堀さんから直接それを言われたのは、社内で2人だけの筈だった。




噂では、私が保身の為に、中堀さんを兄だと言って、嘘を吐いた説が有力になっていた。



中堀さんから直接言われた椿井は、噂などに左右されずに、今でも中堀さんは私の兄だと信じている。



泉川は疑ってはいるが、コレと言った証拠は持って居そうにないし、何より藤代くんとの接触はほとんどない。



じゃ、どうして。どのルートで、藤代くんはそれを知ったのか。




その疑問はうやむやになったまま。



噂の出所は、ずっと飯山だと決めてかかっていたから。




今の今まで、わからなかった。



気付かなかった。





中堀さんが面と向かって、兄だと言い張った人物が、もう一人、居たことに。







「宏章から、、聞いたの?」






元彼の佐久間宏章は、私を利用して捨てた後に、復縁を迫った。



けれど、それを拒んだ時、ちょうど居合わせた中堀さんが、彼を蹴飛ばしたのだ。




その時に、私のことを『妹』と呼んだ。





それから後になって、もう一度迫った宏章に、私はきっぱり断った。




彼が快く思わなかったのは、想像に難くない。





そして、宏章は飯山と交友関係があり、藤代や私にとっては、先輩だ。



「だから、知ってたの?」




つまり、藤代くんも、飯山や宏章とグルだったということになる。




さっきの飯山から聞いたなぞなぞの答えがもしも、藤代くんを指すのだとしたら。





「何が、目的だったの?」





答えようとしない藤代くんに、私は言葉を重ねていく。




目頭が熱くなったからといって、悲しい、わけじゃない。




好きになってもらえて、嬉しい、とか浮かれてたつもりもない。




ただ、真っ直ぐな藤代くんの気持ちに、嘘はないと思っていた。




だから、私も真剣に考えて、利用するような真似はしたくないと心に決めていた。





なのに。






「…私が、遊んでる女だって、後ろ指さされるのが…見てて楽しかったの?」





「それはっ、違う…」




「じゃ、なんで?」





反射的に返された否定の言葉に、私の口調は必然的に荒くなった。


だって、『それは』と言ったという事は、それ以外を認めたということだから。





道を行き交う人々が、ちらちらと振り返ったかもしれないけど、気にする余裕は残されてない。





「藤代くんは、なんで私に近づいたの?なんで噂を広めたの?」





散々色んな男に振り回されてきた。



所詮自分にはそんな価値しかないのだ、と思い知らされてきた。




利用されるだけ、される。




終わったら、さよなら。




それが、今までの私の生き方だった。




藤代くんは、私のことをそうじゃないって言ってくれたのに。




「…結局は、藤代くんも私のこと、そういう軽い女だって、陰で笑ってたってことでしょ。」




口を噤んでしまう藤代くんを、責めるような目で見つめた。





「でも、だからって、中堀さんに会ったことを言わないのはやりすぎじゃない?それとこれとは別問題でしょ?」




あの時、中堀さんが家まで来た事がわかっていたなら、何か変わっていたんじゃないかと。



色々感情的になってしまって、涙が溢れるのも時間の問題な気がしてきた。





「…そうじゃ、ないんだ…」




「何が?」





精一杯気丈に見せようとする私の刺すような問い返しに、藤代くんは身体から力を抜くように、息を吐く。




「…逆だよ。」




やがてぽつり、落とされた声に、私のぐちゃぐちゃな思考は理解を示せない。




「どういうこと?」





一瞬だけ、目を逸らし、伏し目がちに足元を見てから、藤代くんは私に視線を戻した。






「櫻田を陥れたかったんじゃなくて、中堀を陥れたくてやったんだ。」





「-っ?!」





声が、出なかった。




藤代くんが、さっき飯山を見ていた時と同じ表情なこと。




中堀さんのことを、呼び捨てにしたこと。




何か、知っているような物言い。





嫌な胸騒ぎが、近づいてくるようで。







「櫻田から、あの男を引き剥がしてやりたかったんだ。」





藤代くんの口調には、憎しみが宿っているように聞こえる。





「…それって…?」





今度きょとんとするのは、私の番だ。



そのせいで、私からはさっきの毒気がすっかり消えてしまった。




中々止まない春風が、再びざぁっと吹いて、私の髪を揺らし、藤代くんのコートを揺らす。




植え込みの傍に立つ電灯が、ちらちらと途切れた。





「あいつから、大切なもんを奪ってやりたかった。」






ああ、どうしよう。



頭が混乱してきた。




変な汗が、背中を伝う。





「何を、、言ってるの…?」





唇が、乾く。





「詐欺師に、幸せになる資格はない。」






きっぱりと言い切った藤代くんとは反対に、私は眩暈を覚えた。






間違いない。





藤代くんは、中堀さんの、正体を知っている。






「俺は、あいつの羽をもいだんだ。」





晴れ晴れした声色と相反して、藤代くんの表情は傷ついているように見えた。




私はそんな藤代くんを前に、何故だか返せないままの鍵のことを思った。






あの鍵が。




知らなくても良い事実の扉さえも、開けてしまったような。



そんな不思議な感覚に、陥っていた。




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