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女嫌いの陛下に土下座で子作りをお願いしたら溺愛されちゃいました  作者: てるてる坊主


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5/7

どうすればいい?

リーシェが皇国に嫁いでから、一か月が過ぎていた。


その間に変わったことは、数えきれないほどある。


朝食の席では、もう料理長がいちいち二人分と確認することはなくなった。カイルが毎朝、リーシェに今日は何が食べたいか尋ねるのが、いつの間にか習慣になっていたからだ。


音楽室のピアノは、以前よりずっと頻繁に鳴るようになっている。カイルが執務の合間にふらりと顔を出し、リーシェの伴奏で書類を読むという奇妙な習慣まで生まれていた。


「今日は静かな曲がいいな」


「陛下がお疲れの日は分かるんですよ。眉間の皺の深さで」


「見た目で判断するな」


「見た目以外に判断材料がないので」


そんな軽口も、以前より遠慮がなくなっていた。


しかし、リーシェは時折何か言いたそうにカイルを見つめていることがある。カイルはその目線の意味は察していたが、いまだに応じることはできないでいた。

____________________________________________

ある日の午前、カイルはいつもより早く執務室へ入った。


「……エヴァン」


書類を運んできた側近を、カイルは意を決したような声で呼び止めた。


「はい、陛下」


「一般的に、王女は嫁ぐ前に、夫婦のことを教えられるものなのか」


エヴァンの手が止まった。


「夫婦のこと、と申されますと」


「子を成すことについてだ」


一拍の沈黙が落ちる。


エヴァンは書類の束を抱えたまま、ゆっくりと瞬きをした。


「……はい。王家や高位貴族の令嬢であれば、侍女や教育係から、最低限の心得を教わることが多いかと存じます」


「では、男は」


「はい?」


「男にも、同じような教育はあるのか」


今度こそ、エヴァンは完全に固まった。


いつもなら皇帝の質問に即座に答える彼が、珍しく言葉を失っている。


「……陛下」


「何だ」


「差し支えなければ、その質問は、なぜ今……」


「いいから、答えろ」


「……男性の場合、家庭教師や年長の親族、あるいは侍従などから、必要に応じて伝えられることはございます」


カイルの眉間に皺が寄る。


自分には、そんな機会があった記憶がない。


「……俺は聞いていない」


低い呟きに、エヴァンは静かに目を伏せた。


「陛下は幼い頃から、学ぶべきことがあまりにも多くございましたから」


「それで済む話か」


「ごもっともでございます」


カイルはしばらく黙り込んだ。


リーシェは何かを知っている。


自分だけが、知らない。


その事実を認めるのは、政略や戦略で後れを取るよりも、ずっと居心地が悪かった。


「……ご希望であれば、そのようなことを教える専門の女性を手配しますが」


「女はダメだ。男で頼む」


「……かしこまりました。男性ですと少し手配にお時間がかかりますが、構いませんか?」


「それは構わない」


「でしたらお任せください」


エヴァンは丁寧に頭を下げ、足早に部屋を出て行った。

____________________________________________

庭園の温室事件以降はそんな穏やかな日々が続く中、宮殿にひとつの報せが届いた。


「フォンレーヴ王国より、カルディエ家の使者が到着いたします」


侍従の報告を聞いた瞬間、カイルの表情が露骨に曇った。


「使者とは、誰だ」


「次期当主のノア・カルディエ様とのことです。婚姻一か月の御祝いと、両国のさらなる関係強化のご相談で、一週間ほど滞在されるとのことでございます」


「一週間」


カイルは低く繰り返した。


「なぜそんなに長い」


「さあ……フォンレーヴ側のご意向としか、私には分かりかねます」


侍従が退室すると、カイルはリーシェの方を見た。


「お前の元婚約者が来るらしいな」


「あら、ノアが。久しぶりですね」


リーシェは特に気負う様子もなく、むしろ懐かしそうな顔をした。その反応に、カイルの眉間の皺が深くなる。


まだ会ってもいないうちからいらだちが滲むカイルの様子に、リーシェは全く気づいていないようだった。


────────────────────


ノアが到着したのは、それから三日後のことだった。


その日の朝から、宮殿は普段とは違う慌ただしさに包まれていた。フォンレーヴ王国からの使者を迎えるとあって、正面玄関には赤い絨毯が敷かれ、衛兵たちも普段より数を増やして整列していた。侍従たちは客間の準備に走り回り、料理長は歓迎の晩餐に向けて厨房で腕を振るっていた。


カイルは朝からずっと機嫌が悪く、執務室に籠っては書類を必要以上に苛立たしげに扱っていた。エヴァンが恐る恐る声をかけても、返ってくるのは短い返事だけだった。


「陛下、そろそろお出迎えの時間です」


「知っている」


そう言いながらも、カイルの足取りは、いつもの執務室から議場へ向かう時よりも明らかに重かった。


正面玄関にリーシェとともに立ったカイルは、遠くから馬車の音が近づいてくるのを聞きながら、無言のまま前を見据えていた。リーシェは特に緊張した様子もなく、むしろ懐かしい人を待つような、柔らかな表情を浮かべている。その対照的な二人の様子に、周囲に控えていた侍女たちがそっと目を見合わせた。


馬車が停まり、扉が開く。


姿を現したのは、艶のある黒髪を丁寧に整え、切れ長の緑がかった目に柔和な笑みを浮かべた男だった。仕立ての良い衣装は皺一つなく、身のこなしも洗練されていたが、その柔らかな物腰の裏に、どこか計算高さを滲ませる佇まいは、以前と何も変わっていなかった。


ノアは、宮殿の正面玄関で恭しく礫を執った。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます。フォンレーヴ王国カルディエ家、ノアと申します」


その声は柔らかく、けれど一言一言がやけに耳に残る響き方をしていた。


「知っている。用件を早く済ませて帰れ」


カイルは挨拶もそこそこに、そう言い放った。周囲に控えていた侍従たちが、思わず身を固くする。歓迎の言葉にしては、あまりにも素っ気なかった。


「これは手厳しい。まだ一言ご挨拶しただけですよ」


ノアは気にした様子もなく、笑みを崩さない。むしろ、カイルの態度そのものを楽しんでいるようにも見えた。その視線が、ゆっくりとカイルの隣に立つリーシェへ移る。


「リーシェ様。お元気そうで何よりです」


「ノア、久しぶりですね。元気そうで良かったです」


リーシェの返事は、気負いのない、あっさりとしたものだった。故郷の知人に再会したような、ただそれだけの親しみが声に滲んでいる。


二人の間には、長年ともに育った者同士の気安さはあっても、恋人だった頃の名残のようなものは、少しも感じられなかった。それでも、カイルはその光景を苦々しい顔で見つめていた。


隣に立つリーシェが自然な様子でノアと言葉を交わすたびに、カイルの中で、説明のつかない苛立ちがゆっくりと膨らんでいく。



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