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女嫌いの陛下に土下座で子作りをお願いしたら溺愛されちゃいました  作者: てるてる坊主


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3/7

陰謀にはご注意

昼食を終えたリーシェは、自室で所在なく過ごしていた。することがなさすぎて、何度も同じ場所を歩き回っている。ふと思い立って、傍らに控えていた侍女に声をかけた。


「あのぅ……お仕事は、ないんですか?」


「ないです」


侍女は即答した。あまりの迷いのなさに、リーシェは少し面食らう。


「立派な皇妃になるための厳しい教育とかは?」


「ないです」


「即答なんですね……」


「働きすぎの皇帝陛下が万事きっちりなさっておりますので、皇妃殿下がなさることは特にありません」


侍女はにこりと笑って答えたが、その笑顔にも取り繕った様子はなかった。リーシェは釈然としない気持ちを抱えながらも、他に思いつくこともなく、とりあえず外の空気を吸うことにした。


「じゃあ、お庭でも歩いてきますね」


宮殿の奥にある庭園へと、リーシェは足を向けた。


────────────────────


シュヴァルツリートの庭園は、フォンレーヴの華やかな花壇とは違い、白い石畳と刈り込まれた常緑樹が幾何学的に並ぶ、静かで整然とした造りだった。噴水の水音だけが響く小道を、リーシェは物珍しそうにあちこち眺めながら歩いていく。


「お花の色はうちの方が多いけど、こっちは……なんだか絵になりますね」


独り言を呟きながら奥へ進んでいくと、小道の角を曲がったところで、誰かの気配を感じて足が止まった。


薔薇の生垣の前に、一人の男が佇んでいる。リーシェの方を先に見つけていたのか、こちらへ視線を寄越すのと、リーシェが立ち止まるのとが、ほとんど同時だった。


艶のある金髪を後ろに撫でつけ、鋭い金色の瞳をしている。整った顔立ちに絶えず薄い笑みを浮かべているが、親しみやすさよりも、余裕と支配欲を感じさせる笑みだった。仕立ての良い黒を基調にした衣装が、いかにも皇国貴族らしい重厚さを漂わせている。


「これは、皇妃殿下。お初にお目にかかります。ディーター・ローゼンハイトと申します」


「リーシェです。よろしくお願いします」


「皇国の暮らしにはもう慣れましたか?」


「はい、おかげさまで快適に過ごしていますよ」


ディーターは、含みのある視線をリーシェに向けた。


「それは何より、と言いたいところですが……お一人で庭園を歩かれているのですね。陛下は政務でお忙しいのでしょうか」


「そうですね。朝食を召し上がったら、あわただしく執務室に向かわれましたよ。侍女によると『働きすぎ』なんだとか」


「おかわいそうに、皇妃殿下。どうせあの方のことですから、放っておかれているのでしょう」


ディーターは痛ましい話でも聞いたかのように、ゆるく首を横に振った。けれどその口元には、慰める者には似つかわしくない、薄い笑みが貼りついている。


「陛下は昔から、女性というものに関心をお持ちにならない方でしてね。皇妃殿下のような方が嫁がれたところで、態度が変わるとは思えません。……これから先も、ずっとこのままかもしれませんよ」


リーシェは、きょとんとした顔でディーターを見返した。


「そうなんですか? でも、朝ごはんは一緒に食べてくださいましたし、寝るときも同じ部屋にいてくださいましたよ」


「それは、形上そのようにしているだけでしょう。心がこもった愛ではありません」


「うーん、それはそうかもしれませんけど」


リーシェは腕を組んで、少し考え込むような顔をした。ディーターは、その様子に手応えを感じたのか、さらに一歩踏み込んだ。


「もし、この結婚に虚しさを感じることがあれば、フォンレーヴにお戻りになることも、決して恥ではありませんよ。誰も皇妃殿下を責めはしません」


「戻る、ですか?」


「ええ。愛のない結婚に縛られる必要はどこにもありません」


リーシェは、真剣な顔でしばらく黙り込んだ。ディーターは、その反応を待つように微笑みを深くする。


「……あ、でも」


「はい?」


「陛下、私がお魚好きなのを知って、料理長に魚にするように言ってくれたんですよ。あれ、結構嬉しかったんです」


「……はい?」


「陛下の噂はなんとなく知ってはいましたけど。むしろ、想像していたより気を遣ってくれる方だなって」


ディーターは、一瞬言葉を失った。


「……皇妃殿下は、それで満足されているのですか」


「満足というか、まだ結婚したばかりですし。これからじゃないですか?」


あっけらかんと笑うリーシェに、ディーターの笑みがぴくりと歪んだ。


「そう、ですか。それは……余計なことを申しました」


「いえいえ、心配してくださってありがとうございます!」


リーシェは特に何かを疑うこともなく、にこやかに微笑んだ。ディーターはそれ以上言葉を続けず、優雅に一礼して庭園の奥へと去っていった。


その後ろ姿を見送りながら、リーシェは首を傾げる。


「……なんだったのかしら。まぁ、いいか」


そう呟いて、また花壇の方へ歩いていった。


────────────────────


ディーターが庭園の奥へ去っていくのを見送ると、リーシェは今度は宮殿の方へ視線を向けた。


庭園の一角から見上げると、石造りの宮殿の二階にある大きな窓が見える。朝、カイルが慌ただしく向かった執務室は、あのあたりだと侍女が教えてくれていた。


「まだお仕事なさっているのかしら」


リーシェは木々の間を抜け、窓の真下に近い場所まで歩いていった。


窓の向こうには、書類を抱えた人影が何人も行き交っている。その奥、机に向かっていた銀髪の男が立ち上がり、窓際へ近づいた。


カイルだ。


リーシェは思わず顔を明るくすると、両手を頭の上まで上げて大きく振った。


「カイルさまー!」


窓の向こうで、カイルの肩がびくりと跳ねた。


次の瞬間、ばさりと大きな音を立てて、窓のカーテンが勢いよく閉じられる。


「えっ」


リーシェが手を振ったまま固まっていると、しばらくしてカーテンの端がほんの少しだけ開いた。


隙間から覗いたカイルが、周囲を気にするように一度だけ視線を巡らせる。それから、胸の高さまで上げた片手を、小さく控えめに振った。


リーシェは思わず吹き出した。


「律儀な人ね」


口元をくすっと緩めながら、リーシェはもう一度だけ手を振り返す。すると、カーテンの隙間はすぐに閉じられた。


執務室の下から少し歩くと、午後の日差しを受けてきらきらと輝く温室があった。ガラス張りの屋根の下には、フォンレーヴでは見たことのない大きな葉の植物や、南方のものと思われる鮮やかな花々が並んでいる。


「わあ……。中、見てもいいのかしら」


温室の入口に近づいたところで、背後から切羽詰まった声がかかった。


「そこのお方!」


後ろから切羽詰まった声で呼ばれ、リーシェは足を止めた。


振り返ると、淡い藤色のドレスを着た若い貴族令嬢が、息を切らして立っていた。顔色は青ざめ、両手を胸元でぎゅっと握りしめている。


「あの、助けてください……! 温室の中に人が倒れていて、どうしていいか分からなくて」


「えっ、大変です。すぐに人を呼びましょう」


リーシェが周囲を見回して声を上げようとすると、令嬢は慌てたように首を振った。


「だ、駄目です。もしまだ息があるなら、早くしないと……! あなたと私の二人で今すぐ運んだ方が早いです。お願いします」


令嬢はリーシェの返事を待たず、手首をつかんだ。


「わ、分かりました。でも、急いで誰かにも知らせて……」


「すぐそこなんです!」


細い指とは思えないほど強い力で引かれ、リーシェは半ば駆けるように温室へ向かった。


温室の中は、外よりもむっとするほど暖かかった。土と草の匂いが濃く漂い、天井から差し込む午後の日差しが、葉の影を石床に落としている。


「倒れている方は、どこですか?」


「もう少しです」


「お怪我をされているなら、布か何か……」


「もう少しですから」


令嬢の返事は、次第に短くなっていった。


リーシェは首を傾げたが、困っている人を放っておくわけにもいかない。つかまれた手首が少し痛いと思いつつも、素直についていく。


令嬢は、温室の奥にある背の高い葉の植物が並ぶ一角で足を止めた。


「ここです」


「えっ、でも誰も……」


リーシェが大きな葉の陰を覗き込んだ瞬間、背後で温室のガラス扉が閉じる音が響いた。

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