第八十五話「二人」
相変わらず、俺達は旅を続けている。
歩き、魔物と戦い、夜になれば野宿をする。そして時々、道中にある町へ立ち寄る。
そんな毎日の繰り返しだ。
しばらく街道を歩いていると、遠くに建物が見えてきた。
どうやら、ようやく次の町に着いたらしい。
すると町に着く少し前、先頭を歩いていたジークフリートが声を上げた。
「私は外で待っていますので、今日は久しぶりの町です。ゆっくり休んでください」
「分かりました」
前に町へ立ち寄ったのは、確か一か月くらい前だったか。
ここ最近はずっと野宿だった。久しぶりにベッドでゆっくり眠れるならありがたい。
「それと、買い出しもしてくださいね!」
「いつも通りやっておきます」
旅をしながら依頼もちょこちょこ受けているため、今のところ金には困っていない。
俺とナージャはジークフリートと別れ、そのまま町へ入った。
この町の名前は《エルン》というらしい。
アレフと比べるのはおかしいと思うが、そこまで大きな町ではない。かといって、田舎というほど小さくもない。
例えるなら、商人の町ミリンに近い感じだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、商店や出店が立ち並ぶ通りへ出た。
食べ物、衣服、雑貨。旅に必要そうな物も多い。
ポーションと干し肉は買っておきたいな。
何から見ようかと考えながら、隣を歩いていたナージャへ視線を向ける。
「…………」
いない。
少し後ろを見ると、ナージャが一つの出店を覗き込んでいた。
「この食べ物なんだろ……?」
「食べたい?」
「えっ? いや! 大丈夫だよ!」
「別に買ってもいいよ?」
「ほんと?」
さっきまで遠慮していたのが嘘みたいに、ナージャの表情が明るくなる。
ナージャが見ていたのは、日本でいうフルーツ飴に近いものだった。この辺りで採れる木の実を串に刺し、その上から甘い蜜でコーティングしている。
「お姉ちゃん、これいるのか?」
「あ、お願いします!」
「じゃあ銅貨二枚だ」
ナージャがお金を取り出そうとする前に、俺は銅貨二枚を店主へ渡した。
「え? いいの? 自分で払うよ?」
「全然いいよ、これくらい」
「そう? ありがとう!」
「兄ちゃん、かっこいいな!」
「そんなことないですよ」
店主にそう返し、俺達は店を離れた。
ナージャは早速、買ったばかりの木の実を口に運ぶ。
「ん~~! おいしい~!」
随分気に入ったみたいだ。
「これ、すごく甘いね! アレフだとあまり見かけないから新鮮だな~」
「そんなに美味しいのか。俺も買えばよかったな……」
「買ってきたら?」
「他にも美味しそうなのあるかもしれないから大丈夫」
「それならいいけど」
ナージャはそう言うと、楽しそうに出店を眺めながら歩いていく。
しばらく進んだところで、今度は俺が足を止めた。
「お、あそこの店」
「ん?」
「干し肉売ってるね」
店先には、紐で吊るされた干し肉がいくつも並んでいる。
保存が利く干し肉は旅の必需品だ。美味しいかどうかは別として、調理の手間を省けるのはありがたい。
一つが大体、手のひらくらいの大きさだ。
「一ついくらですか?」
「銅貨二枚だよ」
それなら十個くらい買っておくか。
「じゃあ、十個ください」
「あいよ! 毎度あり!」
俺は大銅貨二枚を渡し、干し肉の入った袋を受け取った。
「この辺はやっぱり物価が安いね」
再び歩き始めると、ナージャが言った。
「一か月くらい前に寄った町もそうだったよな」
「うん」
「やっぱり大きな都市より、こういう町は安くて助かる」
長旅になる以上、必要な物を安いうちに買っておけるのはありがたい。
その後、ポーションや他の食料も買い足し、一通りの買い出しを終えた。
そのまま町を歩いていると、大きな広場へ出る。
中央には噴水があり、その周囲にはいくつもの店や出店が並んでいた。さっきまで歩いていた通りよりも人通りが多く、行き交う人々でかなり賑わっている。
これだけ人が多いと、はぐれたら見失いそうだな。
そんなことを考えながら歩いていると、人混みの中に一人の子供がいることに気づいた。
まだかなり幼い。
その子はその場からほとんど動かず、何かを探すように何度も周囲を見渡している。表情は不安そうで、瞼には今にも零れそうな涙が浮かんでいた。
迷子か……?
そう思っていると、隣を歩いていたナージャが足を止める。
「あれって……もしかして迷子?」
「多分」
俺が答えると、ナージャはすぐにその子の方へ歩いていった。
俺もその後を追う。
ナージャは子供の前まで行くと、その場にしゃがみ、同じくらいの高さまで目線を下げた。
「どうしたの?」
突然声をかけられた子供は驚いたようにナージャを見る。
「…………」
けれど、何も答えない。
知らない人に話しかけられて警戒しているのだろう。
ナージャも無理に聞こうとはせず、少し距離を空けたまま待っている。
「お父さんか、お母さんと一緒に来たの?」
その言葉に、子供が小さく頷いた。
「そっか。じゃあ、はぐれちゃったのかな?」
また小さく頷く。
それと同時に、我慢していた涙が一粒だけ頬を伝った。
「お、お母さん……いなくなっちゃった……」
「そっか……怖かったね」
ナージャはそれ以上問いかけず、子供が落ち着くまでその場にしゃがんでいた。
やがて涙が少し収まったところで、そっと手のひらを差し出す。
「一緒に探そっか?」
子供は差し出された手とナージャの顔を交互に見る。
「……見つかる?」
「うん。一緒に探そう」
ナージャが笑う。
子供は少し迷った後、小さな手でナージャの手を握った。
「……うん」
「よし!」
ナージャが立ち上がる。
子供はその手をぎゅっと握ったまま離そうとしない。
「シャウトも手伝ってくれる?」
「もちろん」
この世界には、迷子を預かってくれるような場所はない。
さて、どうしたものか。
この子の親も、いなくなったことには気づいているだろう。そう遠くまで行っているとは考えにくい。
下手に俺達が連れて歩き回れば、逆にすれ違う可能性もある。
「とりあえず、この辺で呼びかけてみるか」
「そうだね。その方がいいかも」
俺達は人通りの邪魔にならないよう、広場の端へ移動した。
「お母さんの名前、分かる?」
ナージャが尋ねる。
「……マリナ」
子供が小さな声で答えた。
俺は大きく息を吸い込む。
「――マリナさーん! お子さんを預かってます!」
広場に俺の声が響き、何人かがこちらを振り返る。
ちょっと恥ずかしいな……。
それでも、もう一度呼びかけようとした、その時だった。
「――いた!」
人混みの向こうから女性の声が聞こえた。
「すみません! 通してください!」
人をかき分けながら、一人の女性がこちらへ走ってくる。
かなり慌てて探し回っていたのだろう。髪は少し乱れ、息も切れている。
「あっ……お母さん!」
子供がナージャの手を離し、女性へ駆け寄った。
「よかった……!」
マリナさんはその場にしゃがみ込み、子供を強く抱きしめる。
「もう……! どこ行ってたの! ずっと探してたのよ!」
「ごめんなさい……」
「本当に心配したんだから……」
叱っているはずなのに、その声は少し震えていた。
しばらくして落ち着いたのか、マリナさんが立ち上がり、俺達へ深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました。この子を見つけてくださったんですよね?」
「見つけたのは彼女です」
俺は隣にいるナージャへ視線を向ける。
「この子が一人でいるのに気づいて、すぐ声をかけに行ったんです」
「そうだったんですね。本当にありがとうございます」
「いえ! 無事に見つかってよかったです!」
ナージャは慌てて両手を振った。
すると、母親の隣にいた子供がナージャを見上げる。
「お姉ちゃん」
「ん?」
ナージャがしゃがんで目線を合わせる。
「ありがとう!」
「うん。今度はお母さんから離れちゃ駄目だよ?」
「うん!」
子供が元気よく頷く。
これで一件落着だな。
そう思っていると、子供が俺とナージャを交互に見た。
「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって結婚してるの?」
「え?」
「け、結婚!?」
さすがに予想外だったのか、ナージャが目を丸くする。
「してないよ!」
「そうだぞ。俺達は――」
言いかけて、やめた。
わざわざ説明することでもないか。
「ふーん」
子供は少し考えるように首を傾げる。
「じゃあ、恋人?」
「違うよ!」
ナージャがすぐに答えた。
「……そうだな」
分かってる。
分かってるけど、改めて言われると少しだけ複雑だ。
「こら、困らせないの」
マリナさんが子供の手を取る。
「だって、仲良しだったから」
「ほら、行くわよ」
「はーい!」
マリナさんは俺達にもう一度頭を下げると、子供の手を引いて人混みの中へ消えていった。
「じゃあ、私達も宿探そっか」
「ああ、そうだな」
何事もなかったように歩き始めるナージャの隣を歩く。
結婚。
恋人。
さっきの子供の言葉が頭に残っていた。
ナージャのことは、最初に出会った時から可愛いと思っていた。
一緒に旅をするようになって、色んなところを知った。
強いところも、負けず嫌いなところも、さっきみたいに誰かのために迷わず動けるところも。
知れば知るほど、好きになっていく。
隣を歩くナージャを見る。
「ん? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
今はまだ、恋人じゃない。
いつか本当に、そうなれたら。
そんなことを考えながら、俺はナージャと並んで宿を探した。




