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『オブリビオン・オブ・ライト』 ― 光現す時、闇生まれし ―  作者: サルカニ
第十章 青年期「ナージャ・カルア編」
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第八十五話「二人」

相変わらず、俺達は旅を続けている。


歩き、魔物と戦い、夜になれば野宿をする。そして時々、道中にある町へ立ち寄る。


そんな毎日の繰り返しだ。


しばらく街道を歩いていると、遠くに建物が見えてきた。


どうやら、ようやく次の町に着いたらしい。


すると町に着く少し前、先頭を歩いていたジークフリートが声を上げた。


「私は外で待っていますので、今日は久しぶりの町です。ゆっくり休んでください」


「分かりました」


前に町へ立ち寄ったのは、確か一か月くらい前だったか。


ここ最近はずっと野宿だった。久しぶりにベッドでゆっくり眠れるならありがたい。


「それと、買い出しもしてくださいね!」


「いつも通りやっておきます」


旅をしながら依頼もちょこちょこ受けているため、今のところ金には困っていない。


俺とナージャはジークフリートと別れ、そのまま町へ入った。


この町の名前は《エルン》というらしい。


アレフと比べるのはおかしいと思うが、そこまで大きな町ではない。かといって、田舎というほど小さくもない。


例えるなら、商人の町ミリンに近い感じだろうか。


そんなことを考えながら歩いていると、商店や出店が立ち並ぶ通りへ出た。


食べ物、衣服、雑貨。旅に必要そうな物も多い。


ポーションと干し肉は買っておきたいな。


何から見ようかと考えながら、隣を歩いていたナージャへ視線を向ける。


「…………」


いない。


少し後ろを見ると、ナージャが一つの出店を覗き込んでいた。


「この食べ物なんだろ……?」


「食べたい?」


「えっ? いや! 大丈夫だよ!」


「別に買ってもいいよ?」


「ほんと?」


さっきまで遠慮していたのが嘘みたいに、ナージャの表情が明るくなる。


ナージャが見ていたのは、日本でいうフルーツ飴に近いものだった。この辺りで採れる木の実を串に刺し、その上から甘い蜜でコーティングしている。


「お姉ちゃん、これいるのか?」


「あ、お願いします!」


「じゃあ銅貨二枚だ」


ナージャがお金を取り出そうとする前に、俺は銅貨二枚を店主へ渡した。


「え? いいの? 自分で払うよ?」


「全然いいよ、これくらい」


「そう? ありがとう!」


「兄ちゃん、かっこいいな!」


「そんなことないですよ」


店主にそう返し、俺達は店を離れた。


ナージャは早速、買ったばかりの木の実を口に運ぶ。


「ん~~! おいしい~!」


随分気に入ったみたいだ。


「これ、すごく甘いね! アレフだとあまり見かけないから新鮮だな~」


「そんなに美味しいのか。俺も買えばよかったな……」


「買ってきたら?」


「他にも美味しそうなのあるかもしれないから大丈夫」


「それならいいけど」


ナージャはそう言うと、楽しそうに出店を眺めながら歩いていく。


しばらく進んだところで、今度は俺が足を止めた。


「お、あそこの店」


「ん?」


「干し肉売ってるね」


店先には、紐で吊るされた干し肉がいくつも並んでいる。


保存が利く干し肉は旅の必需品だ。美味しいかどうかは別として、調理の手間を省けるのはありがたい。


一つが大体、手のひらくらいの大きさだ。


「一ついくらですか?」


「銅貨二枚だよ」


それなら十個くらい買っておくか。


「じゃあ、十個ください」


「あいよ! 毎度あり!」


俺は大銅貨二枚を渡し、干し肉の入った袋を受け取った。


「この辺はやっぱり物価が安いね」


再び歩き始めると、ナージャが言った。


「一か月くらい前に寄った町もそうだったよな」


「うん」


「やっぱり大きな都市より、こういう町は安くて助かる」


長旅になる以上、必要な物を安いうちに買っておけるのはありがたい。


その後、ポーションや他の食料も買い足し、一通りの買い出しを終えた。


そのまま町を歩いていると、大きな広場へ出る。


中央には噴水があり、その周囲にはいくつもの店や出店が並んでいた。さっきまで歩いていた通りよりも人通りが多く、行き交う人々でかなり賑わっている。


これだけ人が多いと、はぐれたら見失いそうだな。


そんなことを考えながら歩いていると、人混みの中に一人の子供がいることに気づいた。


まだかなり幼い。


その子はその場からほとんど動かず、何かを探すように何度も周囲を見渡している。表情は不安そうで、瞼には今にも零れそうな涙が浮かんでいた。


迷子か……?


そう思っていると、隣を歩いていたナージャが足を止める。


「あれって……もしかして迷子?」


「多分」


俺が答えると、ナージャはすぐにその子の方へ歩いていった。


俺もその後を追う。


ナージャは子供の前まで行くと、その場にしゃがみ、同じくらいの高さまで目線を下げた。


「どうしたの?」


突然声をかけられた子供は驚いたようにナージャを見る。


「…………」


けれど、何も答えない。


知らない人に話しかけられて警戒しているのだろう。


ナージャも無理に聞こうとはせず、少し距離を空けたまま待っている。


「お父さんか、お母さんと一緒に来たの?」


その言葉に、子供が小さく頷いた。


「そっか。じゃあ、はぐれちゃったのかな?」


また小さく頷く。


それと同時に、我慢していた涙が一粒だけ頬を伝った。


「お、お母さん……いなくなっちゃった……」


「そっか……怖かったね」


ナージャはそれ以上問いかけず、子供が落ち着くまでその場にしゃがんでいた。


やがて涙が少し収まったところで、そっと手のひらを差し出す。


「一緒に探そっか?」


子供は差し出された手とナージャの顔を交互に見る。


「……見つかる?」


「うん。一緒に探そう」


ナージャが笑う。


子供は少し迷った後、小さな手でナージャの手を握った。


「……うん」


「よし!」


ナージャが立ち上がる。


子供はその手をぎゅっと握ったまま離そうとしない。


「シャウトも手伝ってくれる?」


「もちろん」


この世界には、迷子を預かってくれるような場所はない。


さて、どうしたものか。


この子の親も、いなくなったことには気づいているだろう。そう遠くまで行っているとは考えにくい。


下手に俺達が連れて歩き回れば、逆にすれ違う可能性もある。


「とりあえず、この辺で呼びかけてみるか」


「そうだね。その方がいいかも」


俺達は人通りの邪魔にならないよう、広場の端へ移動した。


「お母さんの名前、分かる?」


ナージャが尋ねる。


「……マリナ」


子供が小さな声で答えた。


俺は大きく息を吸い込む。


「――マリナさーん! お子さんを預かってます!」


広場に俺の声が響き、何人かがこちらを振り返る。


ちょっと恥ずかしいな……。


それでも、もう一度呼びかけようとした、その時だった。


「――いた!」


人混みの向こうから女性の声が聞こえた。


「すみません! 通してください!」


人をかき分けながら、一人の女性がこちらへ走ってくる。


かなり慌てて探し回っていたのだろう。髪は少し乱れ、息も切れている。


「あっ……お母さん!」


子供がナージャの手を離し、女性へ駆け寄った。


「よかった……!」


マリナさんはその場にしゃがみ込み、子供を強く抱きしめる。


「もう……! どこ行ってたの! ずっと探してたのよ!」


「ごめんなさい……」


「本当に心配したんだから……」


叱っているはずなのに、その声は少し震えていた。


しばらくして落ち着いたのか、マリナさんが立ち上がり、俺達へ深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました。この子を見つけてくださったんですよね?」


「見つけたのは彼女です」


俺は隣にいるナージャへ視線を向ける。


「この子が一人でいるのに気づいて、すぐ声をかけに行ったんです」


「そうだったんですね。本当にありがとうございます」


「いえ! 無事に見つかってよかったです!」


ナージャは慌てて両手を振った。


すると、母親の隣にいた子供がナージャを見上げる。


「お姉ちゃん」


「ん?」


ナージャがしゃがんで目線を合わせる。


「ありがとう!」


「うん。今度はお母さんから離れちゃ駄目だよ?」


「うん!」


子供が元気よく頷く。


これで一件落着だな。


そう思っていると、子供が俺とナージャを交互に見た。


「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって結婚してるの?」


「え?」


「け、結婚!?」


さすがに予想外だったのか、ナージャが目を丸くする。


「してないよ!」


「そうだぞ。俺達は――」


言いかけて、やめた。


わざわざ説明することでもないか。


「ふーん」


子供は少し考えるように首を傾げる。


「じゃあ、恋人?」


「違うよ!」


ナージャがすぐに答えた。


「……そうだな」


分かってる。


分かってるけど、改めて言われると少しだけ複雑だ。


「こら、困らせないの」


マリナさんが子供の手を取る。


「だって、仲良しだったから」


「ほら、行くわよ」


「はーい!」


マリナさんは俺達にもう一度頭を下げると、子供の手を引いて人混みの中へ消えていった。


「じゃあ、私達も宿探そっか」


「ああ、そうだな」


何事もなかったように歩き始めるナージャの隣を歩く。


結婚。


恋人。


さっきの子供の言葉が頭に残っていた。


ナージャのことは、最初に出会った時から可愛いと思っていた。


一緒に旅をするようになって、色んなところを知った。


強いところも、負けず嫌いなところも、さっきみたいに誰かのために迷わず動けるところも。


知れば知るほど、好きになっていく。


隣を歩くナージャを見る。


「ん? どうしたの?」


「いや、なんでもない」


今はまだ、恋人じゃない。


いつか本当に、そうなれたら。


そんなことを考えながら、俺はナージャと並んで宿を探した。

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