第八十二話「修行」
ある日。
俺達はカーテナを出て南へ進み、開けた場所で魔術の練習をしていた。
教えてくれているのは、ジークフリートだ。
あれから、ナージャは水以外の属性も中級まで使えるようになった。
俺も今は、雷が上級、それ以外は中級の魔術を中心に練習している。
もっとも、俺には二年後までの経験がある。
あの頃は雷以外も上級まで使えていたし、天月人との戦いでは、一度だけ天魔級の《ライトニングノヴァ》も発動した。
ただ、あれは怒りに任せて放ってしまったものだ。自在に使いこなせていたわけではない。
上級魔術の習得方法は覚えている。
だからこそ、今はナージャと足並みを揃えながら、一つずつ扱い直していた。今の身体でどれだけ魔力を込め、どう操ればいいのか。それを確かめる機会にもなる。
それに、ジークフリートの教え方は分かりやすかった。
自分ではできているつもりだったことにも、直すところがある。独学では気づかなかった癖を指摘されるたび、教わる意味を感じていた。
「やっぱり、人族は覚えられる魔術の幅が広いね。二人とも、順調だよ」
「ありがとうございます」
ナージャも嬉しそうに頭を下げる。
「そろそろ、便利な魔術の習得を目標にしてみようか」
「便利な魔術?」
「混合魔術だよ」
そこで、真っ先に思い浮かんだものがあった。
「《グラビティ》ですね」
「そうだね。荷物を運ぶ時にも役立つし、覚えておいて損はないよ。もちろん、混合魔術はそれだけじゃない。使い方を覚えれば、戦闘でもできることが増えるんだ」
確かに、素材を運ぶ時には何度も欲しいと思った。
「初級の混合魔術には、補助に向いているものも多い。派手さがなくても、使えると助かる場面はあるよ」
「なるほど……」
「まずは《グラビティ》を使うために、雷と風を上級まで扱えるようになろう。ナージャちゃんは両方、シャウトくんは風だね」
「そこから、二つを混ぜるんですか?」
「うん。一つずつ扱う時とは違う難しさがあるから、魔力操作も一緒に学んでいこう」
「分かりました!」
「私も頑張ります!」
「じゃあ、今の魔力の流れを見せてくれるかな。少し離れて、私に向かって魔術を放ってみて」
俺とナージャはジークフリートから距離を取った。
「ただ強く撃とうとするだけじゃなく、どこへ魔力を集めているかも意識してね」
「はい!」
俺は手を構え、ナージャも杖を向ける。
「《ショックウェーブ》!」
「《ウィンドゲイル》!」
雷と風がジークフリートへ向かっていく。
だが――。
「《マジックレジスト》」
目の前まで迫っていた魔術が、霧散した。
「さすがだ……」
何度見ても凄い。
ジークフリートは俺達へ近づくと、それぞれの魔力の込め方について説明してくれた。
力を込めすぎているところ。逆に、形を維持するための魔力が足りなくなっているところ。
指摘されてからもう一度試すと、さっきとは手応えが違った。
そういえば――。
「ジーク様。《マジックレジスト》は、混合魔術なんですか?」
「いいや。放たれた魔術に干渉して、霧散させているんだ。属性を混ぜるというより、緻密な魔力操作によるものだね」
「魔力操作……」
「分類するなら、《精巧魔術》とでも呼ぼうか。教本には載っていないから、知る機会は少ないと思うよ」
精巧魔術。
聞いたことがない名前だ。
「どれくらい難しいんですか?」
「ものによるね。《マジックレジスト》のような技になると、かなり高度な操作が必要だよ。目安を挙げるなら、全属性の天導級魔術を無理なく扱えるくらいかな」
「天導級を……全属性……」
思っていた以上に遠い。
「ただ、それが習得条件というわけじゃないよ。上級までしか使えなくても、魔力操作に優れた人なら扱える可能性はある」
「階級だけで決まるわけじゃないんですね」
「そう。どれだけ正確に魔力を操れるかが大切なんだ」
ジークフリートは続けた。
「それと、精巧魔術の中には、君達が知っているものもあるよ。《マジックアーマー》や《エンチャント》だね」
「《エンチャント》?」
「シャウトくんが剣に魔力を纏わせているだろう? あれだよ」
「あれですか!?」
俺、勝手に《魔纏剣》って名前をつけていたんだけど……。
ちゃんと呼び方があったのか。
「じゃあ、俺も精巧魔術を使っていたんですね」
「そうなるね。同じ分類でも、何をするかによって難しさは違うんだ。既にできている操作を磨くことも、新しい技を覚えることに繋がるよ」
なるほど。
何も知らないところから始めるわけじゃないのか。
「他には、どんなことができるんですか?」
「魔力で身体能力を高めることもできる。筋力を増強するような使い方だね」
「そんなことまで……」
剣で戦う俺には、相性がよさそうだ。
だが、ジークフリートの表情は真剣になった。
「ただし、強化した力に身体が耐えられなければ、大きな傷を負うことになる。場合によっては、筋肉が弾けてしまうよ」
「……えっ」
「だから、興味があっても勝手に試してはいけないよ」
「分かりました……」
思っていたより、ずっと危険だった。
「他にも、マジックアイテムを作ったり、魔石に魔力を込めたりできるね」
「魔石にも?」
「今着ているローブにも使われているだろう?」
俺は胸元に目を落とした。
寒さを防ぐための赤い魔石が、そこにある。
「そうした魔石には、迷宮で採れたものもあれば、職人が魔力を込めたものもあるんだ」
「店でも、魔石に火魔術が込められていると聞きました」
「そう。それを作る側には、正確な魔力操作が必要になる」
ジークフリートは俺のローブから視線を戻した。
「使用者が魔力を込めることで、仕込まれた魔術が発動するマジックアイテムもあるよ」
「使う人は、その魔術を覚えていなくてもいいんですか?」
「うん。《マジックレジスト》を発動できる物もある。ただ、そういう高度な物は作れる人も少なくてね」
「高いんですか?」
「《マジックレジスト》の物なら、金貨五枚ほどしても珍しくないと思うよ」
「金貨五枚!?」
高すぎるだろ!
気軽に買えるような値段じゃない。
「誰でも持てる物じゃないんですね……」
「そうだね。魔術として覚えるのも難しいし、道具で補うにもお金がかかる。だから、広く使われている技ではないんだ」
俺は自分の手を見た。
魔力操作を磨けば、剣に纏わせるだけでなく、できることが増える。
知れば知るほど、学ぶべきことの多さを感じる。
「でも、今は一つずつだよ」
ジークフリートが笑った。
「まず雷と風の上級魔術。その次に《グラビティ》を通して、混合する時の操作を覚えよう。他の属性も伸ばしながら、精巧魔術を本格的に学ぶ準備をしていくんだ」
「はい!」
「では、続けようか。さっき指摘したところを意識して、もう一度やってみよう」
俺とナージャは頷き、再び魔術を構えた。
それから数日。
午前中は、ジークフリートに魔術を見てもらった。
言われたとおりに魔力を集め、形を整え、放つ。うまくいかなければ原因を聞き、もう一度試す。
ナージャが苦戦しているところは、俺にも覚えがあった。
ただ、先に答えを言うより、ジークフリートの説明を一緒に聞く方が勉強になることも多い。俺自身も、感覚だけで済ませていた部分を見直していった。
午前中の修行が終われば、魔力はかなり減っている。
午後は身体を休め、日光の下で魔力の回復を待った。金が必要な時は、荷物運びなどの街の仕事を受ける。
宿代や食費を確保するために、毎回魔物と戦う必要はない。
ポーションは討伐や探索のために取っておき、普段の鍛錬ではなるべく自然な回復を待つことにした。
そんな生活を続けていた、ある朝。
「今日は、一日休みにしよう」
いつものように練習を始めようとしていた俺達に、ジークフリートが告げた。
「え?」
「たまには遊んでおいで。休むことも大事だし、君達はまだ子供なんだから」
「……いいんですか?」
「もちろん。今日は魔術のことばかり考えなくてもいいんだよ」
丸一日、休みか。
正直、少し嬉しかった。
デート……にはならないにしても、ナージャと一日遊べるかもしれない。
「ナージャは何するの?」
「うーん。特に考えてないかな」
ナージャは人差し指を頬に当て、少し首を傾げた。
「じゃあさ、俺と街を見て回らない? 依頼で通ってばかりで、ゆっくり見たことはなかったし」
「いいね。私も、そういう日があってもいいと思ってたんだ」
そう言って笑ってくれる。
よし!
断られるとは思っていなかったけど、それでも少し緊張していた。
俺達は二人でカーテナへ向かった。
改めて見てみると、本当に大きな都市だ。
住宅街に商店街、カーテナ城。転移魔法陣の広場や、公園もある。
何度も通った道なのに、依頼を気にせず歩くだけで、いつもと違って見えた。
「ナージャ、最近の修行はどう?」
聞いてから、結局魔術の話をしていることに気づく。
ナージャは気にした様子もなく、困ったように眉を下げた。
「《ライトニング》を使いたいんだけど、どうしても《ショックウェーブ》になっちゃう」
「雷を集めておくのが難しいんだよな」
「そうなの。広がっちゃうんだよね」
両手を後ろで組み、ナージャは歩きながら俺を見る。
「シャウトの風はどう?」
「練習中。雷と同じ感覚でやろうとすると、うまくいかなくてさ」
風の上級魔術を使う感覚は、覚えている。
それでも今は、ナージャと一緒に指摘されたところを確かめながら練習していた。
「シャウトでも難しいんだね」
ナージャが少し安心したように笑う。
可愛いな。
なんだか恥ずかしくなって目を逸らすと、その先にアクセサリー屋があった。
せっかくだし、何か贈れないだろうか。
これから一緒に旅をする記念に。
……いや、俺がナージャに贈りたいだけなんだけど。
「あのさ、ナージャ」
「なに?」
「あそこの店、見ていかない?」
「アクセサリー? 何か買うの?」
「良かったらさ……お互いに、似合う物を選んで贈り合うとか。どうかなって」
ナージャが俺を見た。
「いいけど……なんで?」
「え?」
理由を聞かれると、急に言葉に詰まる。
「いや……これから一緒に旅をするし。その、記念みたいな……」
「なんか誤魔化してる?」
ナージャが少し前かがみになり、俺の顔を覗き込んだ。
「誤魔化してないよ!」
「ふふっ。シャウトって面白いね」
可愛いからやめてくれよ……。
「じゃあ、私がシャウトのを選ぶね」
「お、おう」
「私のも、似合うのを選んでよ?」
「分かってるって!」
俺達は店の中へ入った。
ピアス、ネックレス、ブレスレット、リング。
棚には、様々なアクセサリーが並んでいる。
ナージャは早速足を止め、少し前かがみになって一つずつ眺め始めた。気になる物を見つけると手に取り、色や形をじっと確かめている。
俺のために選んでくれているんだよな。
そう考えると、どうしても顔が緩んだ。
俺も、ちゃんと選ばないと。
ナージャには、ネックレスが似合いそうだ。
俺はネックレスの並ぶ棚へ向かった。
値段は様々だった。
生活費や装備のための金に手をつけるわけにはいかない。自分の買い物に使える分を確かめ、高くても銀貨五枚までと決める。
決して安くはない。
それでも、今日は気に入ってもらえる物を贈りたかった。
一つずつ見ていると、淡い青色が目に留まった。
銀色の細い鎖の先に、水滴の形をした石が揺れている。
石を包む銀細工は、流れる水のような緩やかな曲線を描き、その上に小さな雪の結晶があしらわれていた。
水と氷。
ナージャの使う魔術を思わせるネックレスだ。
「そちらが気になりますか?」
店員が声をかけてきた。
「はい。綺麗ですね」
「迷宮で採れた魔石を使っております」
「これ、魔石なんですか」
近くで見ると、淡い青色が一層綺麗だった。
値札には、銀貨五枚とある。
予算いっぱいだ。
少し迷い、もう一度ネックレスを見る。
ナージャが着けているところを想像すると、これが一番いいと思った。
「これをください」
代金を払い、ネックレスを受け取る。
気に入ってくれるだろうか。
少し離れたところでは、ナージャもまだ真剣に選んでいた。
何を贈ってくれるんだろう。
待っている時間まで、楽しかった。
買い物を終えた俺達は、それぞれ選んだ物を隠したまま店を出た。
「じゃあ、俺から渡すね」
「うん!」
ナージャが期待するように両手を合わせる。
俺はネックレスを取り出した。
「これ。どうかな?」
「うわぁ……綺麗!」
ナージャは目を輝かせ、俺の手元へ顔を近づけた。
「高かったんじゃない?」
「大丈夫。ちゃんと考えて買ったから」
「そう? ありがとう。大切にするね!」
ネックレスを受け取ると、ナージャは髪を片手で横へ寄せた。
首の後ろへ両手を回し、留め具を留める。
その何気ない動きに、俺は見とれていた。
「できた」
髪を戻し、ナージャがこちらを向く。
胸元で、淡い青色の魔石が小さく揺れた。
やっぱり似合っている。
ナージャは飾りを指先でつまみ、少し身を乗り出した。
「どう? 可愛い?」
「か、可愛いと思うよ」
「なに、その言い方。普通に言えないの?」
楽しそうに、さらに顔を近づけてくる。
「可愛いって!」
たまらず顔を逸らすと、ナージャが笑った。
「ふふっ」
「笑うなよ……」
「じゃあ、次は私ね」
ナージャは後ろに隠していた手を前へ出した。
「はい。どうかな……?」
焦げ茶色の革で作られた、細身のブレスレットだった。
中央には楕円形の淡い金色の魔石が埋め込まれ、その周囲をくすんだ銀の金具が覆っている。
銀の表面には、花びらと光を思わせる細かな模様が刻まれていた。
派手すぎず、手首を動かしても邪魔になりにくそうだ。
「シャウトって、剣を使うでしょ? これなら着けていても動きやすそうだし……雷魔術も得意だから、色も似合うかなって」
ナージャが少し照れたように視線を逸らす。
俺の戦い方まで考えて、選んでくれたんだ。
嬉しかった。
自分でも分かるくらい、笑顔になってしまう。
「ありがとう! 一生大切にする!」
「一生って、大袈裟だよ!」
「大袈裟じゃないよ。本当に嬉しい」
俺は早速、ブレスレットを着けた。
手首を返し、何度も眺める。
「すごくいいな、これ……」
「そんなに?」
「うん。すごく気に入った」
「そ、そう……?」
ナージャが髪を耳にかけた。
口元が少し緩んでいる。さっきまで俺をからかっていたのに、今度は彼女の方が恥ずかしそうだった。
その様子まで嬉しくて、また手首へ目を落とす。
正直、今日の休みはもうこれだけでも十分だった。
俺がナージャのために選んで、ナージャが俺のために選んでくれた。
同じ物ではないけれど、二人で贈り合った物だ。
これから、ずっと着けていたい。
「この後、どうしようか」
「もう少し見て回らない?」
「そうだな」
俺達は商店街を歩いた。
店先を覗いたり、気になった物について話したりする。
ナージャがネックレスへ触れるたび、気に入ってくれたんだと思えて嬉しかった。
その後、軽食を買って公園へ向かった。
ベンチに座ると、歩いていた時よりもゆっくり話ができる。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った途端、あの戦いのことが頭をかすめた。
俺の知る未来では、二年後にみんなを失った。
今度も同じ時に同じことが起きるとは限らない。それでも、何もしないでいると落ち着かなくなる。
今日一日で、何かできるようになるかもしれない。
そんな考えが浮かんだ。
「……休みなんだけどさ」
「うん?」
「少しだけ、魔力操作の練習をしない?」
ナージャが俺を見る。
「ジーク様には、遊んでおいでって言われたよ?」
「そうなんだけど……ちょっと試したいことがあって」
せっかくの休みなのに、俺は何を言っているんだろう。
誘ったのは俺なのに。
「ごめん。嫌なら――」
「少しなら、いいよ」
ナージャが笑った。
「でも、疲れるまでやるのはやめようね」
「……ああ」
休むことも必要だと、頭では分かっている。
それでも落ち着かない俺に、ナージャは付き合ってくれた。
「水の形を変えるコツを聞きたいんだ。ナージャは、どうやってる?」
「私も、そんなに上手じゃないよ?」
「それでもいい。一緒に試してみたい」
「うーん……分かった」
ナージャが手を前へ出す。
「《ウォーターボール》」
手のひらの上に、小さな水球が浮かんだ。
俺も同じように作る。
誰かに向けて放つわけではない。手元で形を変え、魔力の動かし方を確かめるだけだ。
丸い水を伸ばそうとすると、思ったよりも大きく歪んだ。戻そうとして、今度は横に潰れる。
「難しいな……」
「私は《ブリザード》を使う時、作りたい形を思い浮かべるんだ」
ナージャは水球を見つめながら、ゆっくり指先を動かす。
「剣なら、最初から剣を作るつもりで魔力を込める感じかな」
「形を直し続けるんじゃなくて?」
「うん。ただ、今は凍らせないで、それをやるんだよね」
ナージャが俺の手元を見るため、少し身体を寄せた。
近い。
横顔が視界に入って、そちらへ意識が向きかける。
……集中しろ。
教えてほしいと言ったのは俺だぞ。
俺はいつも握っている剣を思い浮かべた。
水球へ魔力を込めると、少しずつ細長く伸びていく。
「おお……」
形はできた。
あとは、このまま維持すれば――。
ピキッ。
「ん?」
水の表面が白く変わり、瞬く間に凍った。
手元に残ったのは、小さな氷の剣だった。
「……あれ?」
「それじゃ《ブリザード》だよ」
ナージャが楽しそうに笑う。
「形はできたんだけどな」
「凍らせちゃ駄目なんだよ」
「分かってるって!」
形を安定させようとしたところで、覚えている魔術の感覚に戻ってしまった。
上級まで使ったことがあっても、こういう扱い方は別なんだな。
俺は手元の魔術を解き、もう一度水球を作った。
今度は、水のまま維持する。
細く伸ばして、剣の形へ――。
ピキッ。
「またかよ……」
隣では、ナージャも同じように試していた。
水が細く伸びる。
俺よりも滑らかに形が変わったが、刃の形が整いかけたところで白く凍った。
「ああ、私も駄目だ……」
「ナージャでも難しいんだな」
「うん。形を保とうとすると、どうしても氷にしちゃう」
二人で出来上がった氷の剣を見て、顔を見合わせる。
なんだかおかしくなって、少し笑った。
「次にジーク様へ聞いてみようか」
「そうだな。どこで操作を間違えているのか、見てもらおう」
精巧魔術を学ぶための基礎といっても、簡単ではない。
ただ、できないことは分かった。
形を作ることと、水のまま保つこと。その二つを同時に意識すると、どこかで崩れてしまう。
何度か試してみたところで、ナージャが手を下ろした。
「今日は、このくらいにしない?」
「……そうだな」
俺も魔術を解いた。
まだ試したい気持ちはある。
でも、ナージャと約束した。疲れるまで続ける日ではない。
ベンチの背もたれへ身体を預けると、ナージャも隣で空を見上げた。
胸元で、青い魔石が揺れる。
俺は手首のブレスレットに触れた。
今日しかできないことだって、あるんだよな。
ナージャと街を歩いて、贈り物を選んで、一緒に笑う。
その時間を守りたいから、強くなろうとしているんだ。
「付き合ってくれて、ありがとう」
「買い物? それとも練習?」
「……両方」
「ふふっ。私も楽しかったよ」
その言葉で、ようやく気持ちが少し落ち着いた。
俺達はしばらく公園で休んでから、また街を歩いた。
気になった店に立ち寄り、日が傾く頃には、以前入った食事処へ向かう。
夕食を食べて宿へ戻り、ベッドに横になると、今日のことが次々と思い出された。
ナージャと歩いた。
アクセサリーを贈り合った。
少しだけ練習をして、一緒に笑った。
「…………」
デート……だったのか?
多分、そう思ってもいいよな?
手首のブレスレットを眺める。
ナージャが俺のために選んでくれた物だ。
それだけで、また笑顔になってしまった。
やらなければならないことは、たくさんある。
今日できなかった魔力操作も、明日また教えてもらおう。
でも、こんな一日まで無駄だったとは思いたくない。
強くなることも、ナージャと過ごすことも。
どちらも、俺が望んでいることなのだから。
俺はブレスレットをそっと撫で、目を閉じた。




