第七十九話「集結」
俺達は、寮の部屋へ転移した。
「よし! 行くぞ!」
ギレウスと一緒に部屋を出て、食堂へ向かう。昼休みということもあり、校内には多くの生徒が行き交っていた。
食堂に入ろうとした、その時だった。
「君達、何をしてるの?」
聞き覚えのある声に呼び止められる。
振り返ると、そこにいたのはリリス・カルワーネ先輩だった。俺が昔、剣術で完敗した相手だ。
「先輩、お久しぶりです」
「久しぶりだね。調査に出たって聞いたけど?」
「そうです。それで、協力してもらいたい人がいて、ここに来ました」
「なるほど。私も調査に参加しててね。たまたま今日は学校に来てたんだ」
「先輩も調べてるんですね」
「うん。私も気になってたからね」
そう言うと、リリス先輩は俺達の様子をじっと見た。
「それで、君達のその急ぎようだと……何か分かったことがあるんじゃない?」
鋭い。さすが先輩だ。
「少し話を聞きたいんだけど、君が協力を仰ぐ人と一緒に聞いてもいいかい?」
「はい。大丈夫です」
「ありがとう」
「それで、ラント・シルマがどこにいるか分かります?」
リリス先輩は少し困ったように笑った。
「私はその子を知らないから、聞かれても分からないかな」
「あっ、すみません!」
そりゃそうか。学校にいるからって、全生徒を知っているわけじゃない。
「じゃあ、一緒に探そう。どんな子?」
「小人族で、黄色い髪の女の子です」
「分かった」
俺達は手分けして食堂を探し、しばらくしてラントを見つけた。
リリス先輩にも声をかけ、三人で近づく。
「久しぶりだね、シャウト、ギレウス。二年ぶりくらいだね」
「……そうだね。久しぶり」
ラントが笑っている。
その声を聞いた途端、胸の奥が詰まった。ここへ来るまでに、何を話すかは考えていたはずなのに。
生きている。
目の前で、普通に俺達を迎えてくれている。
隣では、ギレウスもラントを見つめていた。ラントはその視線に気づくと、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
……こいつら、この頃から意識していたのか。
揃いの魔石のピアスが頭に浮かんだ。
今度は、二人が一緒に笑っていられるようにしたい。
「それで、ラント」
ギレウスが口を開いた。
「俺達、調査で分かったことがあってさ。ラントにも協力してもらいたくて来たんだ」
「協力って、また一緒に旅をするってこと?」
「ああ」
「でも、私は学業に専念するって決めたし……」
ラントが困ったように視線を落とす。
ギレウスは何か言いかけたが、一度口を閉じてから俺を見た。
「シャウト、説明してくれないか? 俺じゃ、うまく伝えられそうにない」
「分かった」
俺はラントとリリス先輩に、これから起こる可能性があることを説明した。
転移魔法陣に長い年月をかけて蓄積された《闇》。そして、天月人が復活する恐れがあること。
もちろん、未来から来たことは話さない。オジエがみんなに説明した範囲だけだ。
「……あの時会った天賢様が、そんなことを……」
ラントが驚いたように呟く。
リリス先輩も真剣な表情で俺を見ていた。
「まさか、天賢様にまで会っていたとはね」
「はい。今は、そのための準備を進めています」
「天賢様も危険だと考えているんだね」
「そうです。ただ、いつ何が起きるかまでは分かっていません」
ラントは膝の上で手を握った。
「でも……私、弱いよ。ついていっても、役に立てるかどうか……」
「俺達も、まだ足りないって言われたんだ」
ギレウスが答える。
「だから、これから天賢様と旅をして、鍛えてもらう。ラントも一緒に強くならないか?」
「天賢様と……」
ラントは黙り込んだ。
学業に専念すると決めていたんだ。突然こんな話をされても、簡単には決められないだろう。
俺はラントの顔を見ながら、ゆっくりと言った。
「無理に来なくていいんだ。危険なことに関わってほしいって頼んでるのは、俺達の方だから」
「シャウト……」
「ここで勉強を続けたいなら、それでいい。断ったからって、俺達の仲が変わるわけじゃない」
本音を言えば、戦いから遠ざけておきたい。
またあの姿を見るくらいなら、ここに残っていてほしい。
でも、俺が勝手に決めていいことでもない。
ギレウスも頷いた。
「俺は一緒に来てほしい。でも、ラントが嫌なら無理には連れていかないよ」
ラントは少しの間、俺達を見ていた。
「……勉強は、続けたいよ」
「ああ」
「でも、二人が危ないって聞いたのに、知らないふりをするのも嫌なんだ」
そう言って、ギレウスを見る。
「私も、一緒に強くなりたい。守ってもらうだけじゃなくて、みんなの力になりたい」
「じゃあ……」
「うん。私も行く」
ギレウスの顔が明るくなった。
だが、ラントはすぐに言葉を続ける。
「でも、危なくなったら逃げようね。勝てないのに、無理して戦ったりしないで」
俺は息をのんだ。
あの時、それができていれば。
そんな考えが浮かび、膝の上の手を握り締める。
「……約束する。無理だと思ったら、みんなで引こう」
「シャウトもだよ?」
ラントが俺を見る。
「一人だけ残るのも、駄目だからね」
「……ああ」
ギレウスも真剣な顔で頷いた。
「俺も約束する」
それを聞いて、ラントはようやく少し笑った。
「それなら、よろしくね」
今度こそ、この約束を守りたい。
誰かを失ってからでは遅いんだ。
「それなら――私も行っていいかな?」
リリス先輩が口を開いた。
「え?」
「私も、この異変を調べているからね。天賢様から直接お話を聞けるなら、ぜひ協力したい」
先輩の実力は、俺自身がよく知っている。
一緒に来てくれるなら、心強い。
そう思った直後、言葉が喉に引っかかった。
あの戦いに、先輩はいなかった。
ここで仲間に加えたら、今度は先輩まで――。
「……どうしたんだい?」
「危険なんです。先輩が強いのは知っています。でも、それでも……」
うまく言葉にできない。
リリス先輩は俺の顔を見てから、静かに頷いた。
「それは、さっきの話で分かったよ」
「……はい」
「その上で、私も調査に協力したいと思ったんだ。君達に頼まれたからではなく、私自身がね」
俺は先輩を見た。
落ち着いた表情だった。軽い気持ちで言っているわけじゃない。
ラントには自分で選んでいいと言ったのに、先輩には駄目だなんて言えない。
「……分かりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
これで、ラントだけじゃなくリリス先輩も協力してくれることになった。
「天賢様達にも、先輩のことを紹介します。それと、これから転移魔術で移動します」
「転移魔術?」
「はい。転移魔法陣を使わずに、オジエ様のいる場所まで移動できます」
二人が目を見開いた。
「そんなことができるのかい?」
「詳しいことは、向こうで説明します。準備ができたら、男子寮の俺達の部屋まで来てください」
一度ラント達と別れ、俺とギレウスは寮の部屋へ戻った。
ラントは調査に同行するため、学校に休学の申請を出してから来るという。
しばらく待っていると、準備を終えた二人がやって来た。
「それでは、移動します。手を繋いでください」
「これで、本当に天賢様のところまで行けるんだね?」
「はい。一瞬で着きます」
俺達は手を繋ぐ。
オジエの洞窟を思い浮かべ、光魔術を発動した。
身体が光に包まれる。
「わっ……!」
ラントが繋いだ手に力を込めた。
次の瞬間、景色が一変する。
寮の部屋は消え、目の前には見覚えのある洞窟があった。
デュランダル王国近郊。オジエのいる洞窟の前だ。
「……本当に、着いたの?」
ラントが辺りを見回す。
リリス先輩も、驚いたまま背後を振り返っていた。
「話には聞いたけど……凄いね」
説明を聞いていても、実際に体験すると驚くよな。
「来たか」
洞窟の方からオジエの声がした。
「ただいま戻りました」
そう答えながら、みんなのいる方へ向かう。
そして、すぐに気づいた。
増えている。
明らかに普通じゃない男が二人。そこに立っているだけで、肌がひりつくような圧を感じる。
一人は、大きな翼を持つ男だった。
白い髪に緑色の瞳。高級そうなローブを纏い、堂々と胸を張っている。
風の天賢――ローランだろう。
もう一人も、大きな翼と白い髪を持ち、立派なローブを身に纏っていた。
こちらの瞳は黄色だ。
そして何より、めちゃくちゃ不機嫌そうだった。
腕を組んで座り、俺達が来ても歓迎する様子はない。
雷の天賢――シャルル。
……なんだろう。この感じ、どこかで見たことがある。
ああ、初めて会った頃のコルドだ。
あいつも最初は、こんなふうに近寄りがたかった。
オジエから性格を聞いた時点で嫌な予感はしていたけど、やっぱり簡単にはいかなさそうだ。
シャルルは俺を見るなり、眉をひそめた。
「おい! オジエ! 気持ち悪い魔力の奴がもう一人いるのか!」
「こいつがシャウト・ロータス。先ほど話した奴だ」
シャルルは座ったまま、俺をじっと見つめる。
「気持ち悪い!」
「…………」
初対面でいきなり言われた。
しかも二回も。
シャルルは不機嫌そうに顔を背ける。
「我はこいつに物を教えたくはない!」
早速これかよ。
オジエは少し厄介だと言っていたけど……少し?
俺には、かなり厄介に見えるんだけど。
「まあまあ、そんなに怒らないで。彼も、そんな魔力が欲しかったわけじゃないんだよ」
ジークフリートが穏やかに宥める。
「うるさい! お前はそもそも甘いのだ!」
「困ったね……」
ジークフリートは苦笑いを浮かべた。
すると今度は、ローランが俺の前へ出てきた。
「気持ち悪い魔力なのは同意見だが――」
そこは同意するのかよ。
ローランは胸を張り、大きな声で問いかけた。
「お前! 英雄になりたいとは思わないか!」
「……英雄?」
「そうだ! 他者のために命を張り! それでいて威張らない! なんて素晴らしいのだ!」
声がでかい。
想像していた以上に熱い人だ。
「お前には、その心があるか!」
会って早々、気持ち悪いと言われたかと思えば、今度は英雄か。
……天賢って、変な人ばっかりなのか?
「俺は、英雄になりたいとは思いません」
「なに?」
「ただ、大切な人を守れれば、それでいいです」
誰かに称えられたいわけじゃない。
俺はただ、今度こそみんなを守りたい。
ローランは目を見開き、次の瞬間、嬉しそうに声を上げた。
「なぬ! 英雄の心があるではないか!」
「え?」
「己が英雄になることを望まず、ただ大切な者を守るために力を振るう! 素晴らしい!」
いや、そういうつもりで言ったわけじゃ……。
ローランは勢いよくオジエへ振り返った。
「我がこいつを育てる! いいな!」
「駄目だ。勝手に決めるな」
「良いではないか! オジエ!」
「まずは話し合いからだ」
「むぅ……」
ローランは不満そうに引き下がった。
英雄気質とは聞いていたけど、俺が想像していたのとは少し違う。
ふと横を見ると、リリス先輩は驚いたまま天賢達を見ていた。
無理もない。初めて会う天賢が、一人どころではないのだから。
「シャウト、そのエルフは誰だ?」
オジエが先輩へ視線を向ける。
「リリス・カルワーネ先輩です。転移魔法陣の異変を調べていて、協力したいと申し出てくれました」
「そうか。リリス・カルワーネ、お前は何の魔術が得意だ?」
突然話を振られ、先輩は少し姿勢を正した。
「風と火です」
「なるほど」
オジエは頷き、続いてラントを見る。
「ラント・シルマ。お前は?」
「風と雷です」
「分かった」
全員を見渡し、オジエが告げる。
「では、振り分けを始める」
ついに決まるのか。
誰が、どの天賢から学ぶのか。
「まずは、シャウト・ロータスとナージャ・カルア」
「え?」
俺とナージャは顔を見合わせた。
「お前達は、ジークフリートから学べ」
てっきり俺は、得意な雷魔術に合わせてシャルルになると思っていた。
「どういう基準で、この組み合わせにしたんですか?」
「お前達は二人とも、水を得意としている。それに、ジークフリートは器用だ。魔術の応用や、緻密な魔力操作を教えることに適している」
「魔力操作……」
「ああ。人族には全ての属性への適性がある。得意な水を伸ばしながら、他の魔術の扱い方も学ぶといい」
なるほど。
一番得意な属性だけで決めるわけじゃないのか。
ジークフリートは俺とナージャに穏やかに笑いかけた。
「そういうことなら、二人ともよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
俺達は揃って頭を下げた。
オジエは続いてローランへ視線を向ける。
「ローラン。お前はリリス・カルワーネとコルド・デュランダルだ。二人とも風を得意としている」
「我はシャウト・ロータスが良いぞ!」
まだ言ってる。
「そこのコルドは、オルディンの息子だ」
「なに!? そうなのか! 道理で強そうなわけだ!」
「よろしくお願いします」
コルドが丁寧に頭を下げる。
リリス先輩も、それに続いた。
「私も、よろしくお願いいたします」
「うむ! 二人とも、よろしく頼むぞ!」
どうやら、ようやく自分の担当に興味を持ってくれたらしい。
次に、オジエがシャルルを見る。
「シャルル。お前はギレウス・オーガとラント・シルマだ」
「我は信念のある奴しか教えん」
やっぱりそこなのか。
「その前に、俺は火が一番得意なんですけど……」
ギレウスが遠慮がちに口を挟んだ。
「分かっている。だが、今は火の天賢がいない。故に、次に得意な雷をシャルルから学んでもらう。ラントも雷を使う。二人で学ぶには適しているだろう」
「なるほど……」
シャルルが二人をじっと見つめた。
「ギレウス・オーガ。お前は良い」
「え? 俺?」
「天月人を倒すという信念が見える。だが、そこの小人族には迷いがある!」
ラントが肩を強張らせた。
ギレウスが心配そうに顔を覗き込む。
「ラント……」
「まあ、そう言うな」
オジエが間に入った。
「事情を聞いたばかりなのだ。迷うのも無理はない」
ラントは俯きかけたが、ゆっくりと顔を上げた。
「……怖いです。まだ、話についていけていないところもあります」
シャルルは黙っている。
「でも、みんなの力になりたくて来ました。それは、本当です」
声は小さかった。
それでも、ラントは目を逸らさなかった。
「ならば、旅の中で確かめてやれ。お前が教える意味もあろう」
オジエの言葉に、シャルルは鼻を鳴らした。
「……ふん。連れては行く。だが、己が何のために力を求めるのか、その答えは自分で見つけろ」
「……はい」
ラントが頷く。
厳しい旅にはなりそうだ。
それでも、ラントは自分の言葉で答えた。俺はその横顔を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
最後に、オジエがクリスを見る。
「そして、ユークリス・ノース。お前は我と来い」
「俺ですか?」
「ああ。《闇》について研究してもらう。それと、もう一つ――我がやろうとしていることを手伝ってもらう」
「もう一つ?」
「ああ。いずれ説明する」
「……分かりました」
クリスは気になっているようだったが、それ以上は聞かなかった。
俺も何をするつもりなのか気になる。
だが、今はオジエに任せよう。
これで全員の振り分けが決まった。
俺とナージャはジークフリート。
コルドとリリス先輩はローラン。
ギレウスとラントはシャルル。
クリスはオジエと共に、《闇》の研究を進める。
オジエは改めて俺達を見渡した。
「これから、それぞれ別の国へ転移する。そこから旅をしながら力をつけ、エクスカリバー王国を目指せ」
「そこで、また合流するんですか?」
「ああ。二年後を目安とする」
二年。
俺が知っている、あの戦いまでの時間だ。
思わず手に力が入った。
「ただし、あくまで予定だ」
オジエが続ける。
「二年後まで何も起きぬという保証も、合流してから天月人が復活するという保証もない。調査で分かったことや、各地の状況によっては予定を変える」
「……分かりました」
二年かけて強くなれば、必ず間に合う。
そう決まっているわけじゃないんだ。
「我ら天賢は光魔術を使え、世界各地を訪れている。転移魔術を使えば、大抵の場所へ行くことができる」
オジエは三人の天賢を見てから、俺達へ視線を戻した。
「だが、移動のたびに転移へ頼るな。なるべく自分達の足で進め。その道中で戦い、学ぶのだ」
「はい」
これは、ただ目的地へ向かうための旅じゃない。
天賢と共に各地を巡り、今の自分達に足りないものを身につけるための旅だ。
俺はみんなを見た。
同じ場所にいた仲間達が、これから別々の道を進む。
離れるのは、不安だった。
それでも、俺一人で全員を守ろうとしたって、届かないことはもう分かっている。
みんなで強くなるんだ。
そして今度は、誰も欠けることなく再会したい。
こうして俺達は、それぞれの天賢と共に、エクスカリバー王国を目指すことになった。




