第七十八話「方針」
一通りクリスへの説明を終えたオジエは、洞窟の外で待っているみんなを呼ぼうとした。
「あ、オジエ様」
「なんだ?」
「みんなには、未来のことは話さないでほしいです」
俺が未来から来たこと。
そして、あの未来で何が起きたのか。
それだけは、まだ知られたくなかった。
「そのつもりはない」
「ありがとうございます」
オジエが呼びかけると、しばらくしてギレウス、コルド、ナージャの三人が洞窟の中へ戻ってきた。
「何を話してたの?」
ナージャが真っ先に聞いてくる。
「これからのことだよ。オジエ様が説明してくれる」
「そうなの?」
「ああ」
オジエが三人を見渡した。
「今から、これから起こる可能性があることを話す。ただし、確定した話ではない」
三人が姿勢を正す。
「転移魔法陣が黒くなったことは知っているな?」
「はい。私達が使った後、黒くなりました」
ナージャが答えた。
「それにシャウトが関係していることも?」
「知っています。私は、その謎を知りたくてついてきました」
「俺も!」
「俺もです」
ギレウスに続き、コルドも頷いた。
「おそらく二年後、転移魔法陣から《闇》が現れ、都市を覆う」
「闇……?」
「光魔術が使われることで、相対的に生じるものだ」
すると、クリスが口を開いた。
「つまり、転移魔法陣に使われている光魔術でも増えるんですか?」
「そうだ。長い年月をかけて蓄積されている。そして、それを利用しようとしている奴がいる」
「誰なんですか?」
ナージャが尋ねる。
「天月人だ。かつてアーサーとガウェインを殺した《闇》だ」
コルドが少し考えた後、オジエを見る。
「そのアーサーという方と、ガウェインという方は誰なのですか?」
「我の旧友だ。ガウェインは火の天賢。アーサーは、《闇》と戦い、その力を増大させた末に命を落とした光の天賢だ」
「光の……天賢……」
三人が黙り込む。
俺も、何も言えなかった。
天月人。
その名前を聞くだけで、あの光景が頭に浮かびそうになる。
俺はそっと拳を握った。
今は違う。
まだ、何も起きていない。
オジエは俺とクリスへ視線を向けた。
「シャウト・ロータスとユークリス・ノース。この二人の恩寵が、天月人に対抗する鍵になると我は考えている」
「なぜ、その二人なのですか?」
コルドが尋ねた。
「同じ時代に、二つの恩寵を持つ者が二人も現れた。そして、その力が《光》と《闇》に関係している」
オジエは俺とクリスを交互に見る。
「我は数千年を生きているが、このような者達に出会ったことはない」
「オジエ様が出会わなかっただけで、以前にもいた可能性はありませんか?」
「あるだろう。だが、今ここにいる二人の力が、この事態に関わっていることは見過ごせぬ」
「……なるほど」
「何ができるのかは、これから調べねばならん。そのためにも、お前達に協力してもらいたい」
「協力、ですか?」
「ああ。この二人だけに、世界の命運を託すつもりはない。我も力を貸す。お前達にも、共に歩んでほしいのだ」
次の瞬間、オジエが深く頭を下げた。
「頼む」
「……え?」
目を見開いた。
オジエが、俺達に頭を下げている。
こんな姿、一度も見たことがなかった。
みんなも驚いて、慌てて声を上げる。
「頭をお上げください!」
「そうですよ!」
その中で、ギレウスが一歩前へ出た。
「言われなくても、俺はシャウトと一緒に戦うつもりです!」
「私も、できる限り協力するわ!」
「私もデュランダルの名にかけて、協力させてください」
オジエはゆっくりと頭を上げた。
三人の顔を見渡し、静かに頷く。
「そうか。恩に着る」
そして、改めて俺達全員を見た。
「まず、お前達には力をつけてもらう」
「力を?」
ギレウスが首を傾げる。
「でも俺達、結構強いですよ!」
そう思うのも無理はない。
迷宮探索も経験し、冒険者として実績を積んできた。
俺だって、この頃は自分達なら大抵のことは何とかできると思っていた。
だが――。
「お前達など、我から見れば蟻と変わらん」
「ええ!? 蟻!?」
「はっきり言おう。天月人へ挑むには弱すぎる」
ギレウスが言葉を失った。
オジエは構わず続ける。
「冒険者ランクで言えば、エメラルドといったところだろう」
「……そうです」
当てた。
俺達は、オジエに今の冒険者ランクを伝えていない。
登録板を確かめたわけでもないのに、分かるのか。
「まずは、アダマンタイト級に相当する力を目指せ」
「ア、アダマンタイト!?」
ギレウスが再び声を上げた。
「そこまでですか!?」
「ああ。今回は全員で戦う。その一人一人が、今より強くならねばならん」
「それなら、勝てるんですか?」
「それだけで勝てるとは言っておらん」
オジエは即座に答えた。
「個人の力だけで天月人へ挑むならば、人族ではオートマタ級であろうと難しいだろう」
「オートマタでも!?」
「冒険者ランクは、あくまで指標だ。お前達へ分かりやすく示したに過ぎぬ」
オジエが俺達を見渡す。
「必要なのは、それぞれが役割を果たせる力と連携だ。加えて、奴に対抗する方法を見つけねばならん」
「なるほど……でも、二年でそこまで強くなれますかね……?」
ギレウスの声が弱くなる。
「そのために、我がこの地へ天賢を呼ぶ」
「天賢様を!?」
「ああ。緊急事態だ。応じてくれるはずだ。そして、お前達には各天賢と組み、旅をしてもらう」
「天賢様と……旅を?」
「旅の中で学べ。二年後には、今とは比べものにならぬ力を身につけてもらう」
オジエは一人ずつ顔を見た。
「得意とする魔術を言ってみろ。まずはシャウト」
「はい。雷が一番得意で、次が水です。それ以外は、あまり得意ではありません。治癒魔術は、自分以外には使えないです」
「ギレウス」
「俺は火! 次に雷です! それ以外の属性は使えません。治癒魔術は使えます!」
「コルド」
「風が一番です。他の属性も一通り使えます。治癒魔術も得意です」
「ナージャ」
「水が得意です。次に土ですね。治癒魔術は、普通くらいです」
最後に、オジエの視線がクリスへ向く。
「ユークリス」
「俺は土だな。他はダメダメだ。魔術の練習は、あまりしてこなかったからな」
「なるほど」
オジエは少し考え込んだ。
「では、天賢達が集まってから、それぞれの指導を頼むとしよう」
「本当に、皆様を呼ぶんですね……」
ナージャが少し緊張した様子で呟く。
「ああ。その前に、奴らがどういう性格なのか教えておく」
「性格まで?」
「これから共に行動するのだ。何も知らぬよりはよいだろう」
「それもそうですね」
「まず、水の天賢――ジークフリート。奴は優しい。基本的に怒ることはない。我も、怒ったところはあまり見たことがない」
「温厚な方なんですね」
ナージャが少し安心したように息をつく。
「数千年の付き合いで、怒ったところをあまり見たことがないってのは凄いな」
クリスも興味深そうだった。
話を聞く限りでは、かなり接しやすそうな人だ。
「次は、風の天賢ローラン」
「ローラン様は、どのような方なのですか?」
今度はコルドが尋ねた。
「奴は英雄気質だ」
「英雄気質……ですか?」
「ああ。民のことを考え、他人のために動く。そういう奴だ」
「民を第一に考える方なのであれば、尊敬できます」
コルドらしい反応だ。
「なんか格好いいな!」
「そういう人なら、安心して教わることができそうね」
ギレウスとナージャにも好印象らしい。
水の天賢は温厚。
風の天賢は英雄気質。
ここまでは、二人とも良さそうだ。
「そして、雷の天賢――シャルル」
オジエの口調が僅かに変わった。
「こいつは少し厄介だ」
「……厄介?」
「ああ。頑固で、プライドが高い。基本的には己の信じる道を進む」
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
俺が一番得意なのは、雷魔術なんだけど……。
「だが、他人に対しても、一本の信念を持つ者を好む」
「信念ですか?」
コルドが聞く。
「そうだ。それがたとえ、人殺しであろうとな」
「……え?」
「人殺しでも、ですか?」
ナージャが眉をひそめた。
「ああ。何を信じるかよりも、己が定めた道を貫けるかを重んじる奴だ」
「随分と極端な方ですね……」
コルドも困惑している。
「面白い考え方をする奴だな」
一方、クリスは興味を持ったらしい。
「面白いって……」
ナージャが呆れたように見る。
「どういう思考をしてるのか、気になるだろ? 普通なら否定するような相手にも、信念があるかどうかを見るんだからな」
「私は、できれば関わりたくないわ……」
「俺も!」
ギレウスが即座に同意した。
一気に癖の強そうな天賢が出てきた。
ジークフリート、ローラン、シャルル。
話を聞く限りでは、最初の二人のどちらかがいい。
……でも、俺の得意魔術は雷なんだよな。
嫌な予感しかしない。
「時間がない者には、光魔術の転移でこちらへ来てもらう」
「ここに来る時、シャウトが使ったあれですか?」
ナージャが尋ねる。
「そうだ」
「シャウト以外にも使えるんですか!?」
ギレウスが目を丸くした。
「ああ。光魔術は、もともと我々だけのものではなかった。お前達にも使えるはずだった魔術だ」
「俺達にも?」
「だが、今はもう使えぬ。光魔術は根絶されたからな」
そのことは、俺も聞いている。
光魔術が存在しないと思われていたのには、理由がある。
「我らは、その魔術が使われていた太古から生きている」
「数千年って……改めて聞くと、とんでもないな」
クリスがオジエをまじまじと見た。
「今まで存在しないと思っていた魔術を、その時代から知ってるわけか」
「ああ」
「なるほどな……」
学者だからか、こういう話になると食いつきが違う。
「さて。ここでは狭い。外へ出るぞ」
俺達はオジエの後を追い、洞窟の外へ向かった。
その途中、オジエが小さな声で何かを呟いていた。
内容までは聞き取れない。
他の天賢達へ連絡を取っているのだろうか。
洞窟の外へ出た、その時だった。
「……ん?」
目の前が眩い光に包まれた。
思わず目を細める。
光の中に人影が現れ、やがて一人の男が姿を見せた。
白い髪に、青い瞳。
一目で高級だと分かるローブを身に纏っている。
何より印象的なのは、穏やかな顔立ちだった。
名乗られる前に、なんとなく分かった。
水の天賢――ジークフリート。
「どうしたんだい、オジエ?」
ジークフリートは辺りを見回した。
「緊急だと言うから来たけれど……この子達は?」
俺達を見ても、警戒している様子はない。
「それに、あんな呼び方では私以外は来ないと思うよ。特にシャルルはね」
「ああ。シャルルは後回しだ。まずはお前に話したい」
「そうかい」
ジークフリートはオジエの顔を見る。
その穏やかな笑みが、少しだけ薄れた。
「……随分と深刻な顔をしているね」
「ああ。《闇》が復活する」
「《闇》が?」
ジークフリートの表情が変わった。
「私達が倒した、あれが……?」
声から柔らかさが消える。
さっきまでの様子とは全く違った。
「なぜ分かったんだい? まさか、未来――」
「それ以上は言うな」
オジエが遮った。
ジークフリートは口を閉じる。
「……事情があるのかい?」
「そこの二人は知っている。他の者には話しておらん」
オジエが俺とクリスを見る。
ジークフリートも俺達へ視線を向け、それから三人を見た。
「分かった。詳しい話は、後にしよう」
「助かる」
「君がそこまで言うのなら、放ってはおけないね」
随分とあっさり受け入れる。
数千年を共に生きてきた相手だ。
俺達には分からない、積み重ねがあるんだろう。
「それで、私達に何をしてほしい? また戦うのかい?」
「この者達を育ててほしい」
「この子達を? 全員かい?」
「ああ」
「それなら、君が教えてもいいんじゃないかな?」
「各々に適性がある。我一人で全員を見るより、得意とする魔術に合わせて教わる方がよいと考えた」
「なるほどね」
ジークフリートは俺達を眺めた後、柔らかく笑った。
「分かった。協力するよ」
「恩に着る」
「《闇》が復活するというのなら、私にも関係のあることだからね」
ジークフリートが改めて俺達を見る。
「さて、誰を私が教えることになるのかな?」
「それは全員が集まってから決めたい」
「そうかい。それなら、他の者達への説明は私からもしておこう」
「頼む」
「少し離れるよ。その間に、君達で話しておくことがあれば済ませておいて」
ジークフリートは、俺達から少し離れていった。
その姿を見送っていると、ギレウスが口を開く。
「なあ、シャウト。ラントも呼ばないか?」
「……ラント?」
思わず聞き返した。
「うん。あいつにも、協力してもらえないかなって」
胸の奥が冷たくなる。
黒く染まっていくラント。
すぐ近くに倒れていたクリス。
二人のもとへ走っても、間に合わなかった。
「……なんでだ?」
声が硬くなった。
ギレウスは少し戸惑ったように俺を見る。
「一緒に旅をしてきた仲間だろ? 連携もできるし、あいつなら頼りになると思うんだ」
「これから、天月人と戦うんだぞ」
「分かってるよ」
分かっていない。
そう言いかけて、口を閉じた。
ギレウスは何も知らない。
俺が見たものも、ラントがどうなったのかも。
知らされていないのに、分かるはずがない。
「……危険な戦いになる」
「だから、今から一緒に強くなれたらいいと思ったんだ」
ギレウスは真剣だった。
「俺達も、今のままじゃ駄目なんだろ? だったらラントも一緒に教わって、みんなで強くなればいい」
そして、オジエへ向き直る。
「オジエ様。ラントにも話を聞いてもらっていいですか?」
「我は構わん。だが、まずはお前達の中で話を決めろ」
「はい」
ギレウスが再び俺を見る。
「シャウト。俺、あいつにも頼りたいんだ」
「…………」
頼りたい。
俺だって、ラントを信頼している。
魔術を教えてもらった。
一緒に戦って、何度も助けられた。
今朝から、ラントにも会いたかった。
生きている顔を見たかった。
それなのに、その名前が出た瞬間、また失うことばかり考えてしまった。
「嫌なのか?」
ギレウスが小さく尋ねる。
俺は首を横に振った。
「嫌なんじゃない」
「じゃあ……」
「巻き込みたくないんだ」
ようやく、それだけ言えた。
ギレウスは黙った。
ナージャもコルドも、俺達を見ている。
ラントを呼ばなければ、あの戦場に立たせずに済むかもしれない。
でも、それで守れるのか?
天月人が復活したら、どこまで被害が広がるか分からない。
離れていれば安全だなんて、俺には言えなかった。
「……シャウト」
ギレウスの声が、少し柔らかくなった。
「無理に連れてくるつもりはないよ。あいつが嫌だって言ったら、俺だって諦める」
「…………」
「でも、話をするだけでも駄目か?」
俺はギレウスを見た。
その顔に、あの時の姿が重なる。
『行くぞ! シャウト!』
そう言って前へ出てくれた親友。
あいつを失った後、動けなくなっていたラント。
赤と黄色の魔石がついた、お揃いのピアス。
今の二人がどんな関係なのか、俺には分からない。
それでも、ギレウスがラントを大切な仲間として頼りにしていることは分かった。
俺だけが知っている未来を理由に、二人の気持ちまで決めてしまっていいのか。
「……分かった」
ギレウスが顔を上げる。
「ラントに会いに行こう」
「本当か?」
「ああ。ただ、危険な話だってことは伝える。それを聞いて、あいつがどうしたいか決めてもらおう」
「うん。分かった!」
ギレウスの表情が明るくなる。
「ありがとう、シャウト!」
その笑顔を見て、胸が痛んだ。
これが正しい選択なのかは分からない。
ラントをまた戦いへ近づけることになる。
それでも、今度は二年ある。
何も知らないまま、あの場所へ向かうわけじゃない。
オジエも、他の天賢達も力を貸してくれる。
俺はそのために戻ってきたんだ。
「オジエ様。俺とギレウスで、ラントに会いに行ってきます」
「ああ。話をしてこい」
「はい」
まずは学校へ行こう。
ラントがそこにいれば会えるし、いなければ居場所を聞けばいい。
「行こう、ギレウス」
「おう!」
ギレウスが俺の隣へ来る。
俺は学校を思い浮かべようとして、一度だけ目を閉じた。
黒く染まった姿を追い払う。
会いたいのは、あの時のラントじゃない。
俺達と話して、笑っていたラントだ。
「……会いに行こう」
今度は自分へ言い聞かせるように呟き、俺は魔力を練った。




