第七十七話「待っていた者」
「シャウト・ロータス。久しぶりだな」
「……お久しぶりです、オジエ様」
やっぱり、この圧。
間違いない。目の前にいるのは、俺の知っているオジエだ。
「折り入って話があり、ここまで来ました」
「分かっている」
「……え?」
オジエは俺の言葉を遮ると、俺達を一人ずつ見渡した。
「だが、その前に――ユークリス・ノースとシャウト・ロータス以外は、洞窟の外に出ろ」
「え!? なんで!?」
真っ先に声を上げたのはギレウスだった。
すると、コルドがすぐに口を挟む。
「承知いたしました」
「なんでそんな簡単に言うことを聞くのよ!」
ナージャが驚いたようにコルドを見る。
「お前達、相手は天賢様だぞ。言うことを聞いて当然だ」
コルドは呆れたように二人を見た。
「下手すりゃ殺されるぞ?」
「「えっ!?」」
ギレウスとナージャの顔が一気に強張った。
「我はお前達を殺しはしない」
オジエが淡々と言う。
「だが、今はこの二人と話をさせてくれ」
天賢本人にそう言われてしまえば、二人もこれ以上は反論できなかった。
「……分かったよ」
「……仕方ないわね」
二人は渋々了承し、コルドと一緒に洞窟の外へ向かっていく。
その途中、小さく文句を言う声が聞こえた。
「さっきから秘密ごとが多すぎるんだよ……」
「本当よ。シャウト、何を隠してるのよ……」
「…………」
ごめんな。
今はまだ、話せないんだ。
三人の姿が洞窟の外へ消える。
残ったのは俺とクリス、そしてオジエだけだった。
「シャウト。お前は未来から来たな」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
なんでオジエが知っている?
この時代のオジエには、俺が過去へ戻ることを決めた時の記憶はないはずだ。
「お前は今、なぜ我が知っているのかと思っているだろう」
「……!」
心を読まれたのかと思った。
オジエはそんな俺を見ながら続ける。
「未来はいくつも存在する。お前に過去転移を教えた我も、そう話したはずだ」
過去へ戻る直前の会話が頭をよぎった。
選択によって枝分かれし、その先に別々の未来が存在する。
「お前が過去へ行く未来」
オジエが俺を見る。
「我が過去へ行く未来。そして、その両方が起こる未来もある」
「……あ」
そうだ。
なんで俺は、自分だけが過去に戻ったと思っていたんだ?
オジエだって過去転移魔術を知っている。
俺にその使い方を教えた本人だ。
「オジエ様も……未来から来たんですか?」
「ああ」
オジエは静かに頷いた。
「我も、過去へ戻ることを選んだ」
「それで……オジエ様のいた未来は?」
俺が尋ねると、オジエは少し間を置いて答えた。
「お前と概ね同じだ」
「……概ね?」
同じ、ではない。
ということは、どこかが違う。
聞くのが怖かった。
でも、聞かずにはいられなかった。
「天月人が復活して……戦いになったところまでは同じなんですか?」
「ああ」
「ギレウスも……?」
「ああ」
「コルドも、ラントも……クリスも?」
「……同じだ」
胸が締めつけられる。
「ナージャも……?」
「同じだ」
「…………そうですか」
ほんの一瞬、期待してしまった。
概ね同じというなら、誰か一人くらいは生き残っていたんじゃないか。
ギレウスが。コルドが。ラントが。クリスが。
ナージャが。
誰か一人でも、あの戦いを生き延びた未来があったんじゃないか。
でも、そこは同じだった。
天月人が復活して、みんなで戦い、俺だけが残された。
「では……何が違ったんですか?」
「その後のお前だ」
「……俺?」
「ああ」
オジエは静かに続けた。
「お前は自暴自棄になり、過去へ行かなかった」
「……え?」
思っていた答えとは、全く違った。
「過去転移の話には耳を傾けた。だが、最後には『もうどうでもいい』と心を閉ざした」
「…………」
何も言い返せなかった。
俺だって、そうなっていてもおかしくなかった。
あの時は何も考えたくなかった。
もう戦いたくない。誰かが死ぬところなんて見たくない。
過去へ戻っても、また同じことになるかもしれない。
だったら、全てオジエに任せて逃げてしまいたい。
本気でそう思っていた。
それでも最後には、過去へ戻ることを選んだ。
だが、オジエが経験した未来の俺は選ばなかった。
「我は何度かお前に問いかけた。だが、お前は何も答えようとはしなかった」
オジエは続ける。
「故に、お前をアレフへ連れ帰り、家族に引き渡した」
俺は俯いた。
仲間を全員失って、戦うことも、未来を変えることも諦めた俺。
父さんと母さんのところへ帰った俺。
そいつと今の俺の違いは、ほんの僅かだった。
絶望しなかったわけじゃない。
俺だって泣いた。逃げたかった。もうどうでもいいと思った。
ただ最後の最後で、俺は過去へ戻ることを選んだ。
もう一人の俺は、選ばなかった。
それだけで、別の未来を歩き始めたんだ。
「でも、一つ分からないことがあります」
「なんだ」
「俺の知るオジエ様は、アーサー様のいる時代へ戻ると言っていました」
別の未来のオジエが過去へ飛び、アーサーと出会ったのではないか。
それが今の世界へ繋がっているのではないか。
そんな仮説を話した上で、俺が行かなければ自分が戻ると言っていた。
「お前の知る我は、そう言ったのだな」
「はい」
「我も、アーサーの時代へ戻ることは考えた。だが、最終的にはこの時代を選んだ」
「どうしてですか?」
「アーサーの時代へ干渉すれば、何千年もの歴史が変わるかもしれぬ。その結果、何が起こるかは我にも分からん」
オジエは俺を見た。
「それよりも、我が見た結末へ直接抗うことを選んだ」
「俺達が死ぬ未来に……?」
「ああ。我がお前達だけを、あの場へ向かわせた責任からだ」
オジエの拳が握られる。
「我が共に行っていれば、結果は違ったかもしれん。ギレウスも、コルドも、ナージャも、ラントも、ユークリスも……死なずに済んだかもしれん」
「オジエ様……」
「無論、我が加われば天月人に勝てたとは限らん」
俺を助けたオジエも、そう言っていた。
天月人の能力も限界も分からない以上、自分が加わっても勝てるとは限らないと。
「だが、勝てたかどうかだけが問題なのではない」
オジエが俺を見る。
「我は奴の力を見誤り、お前達だけを向かわせた。そして、お前だけが生きて戻った」
その言葉に、胸が詰まる。
「その結果を見てなお、何もせずにいることなどできなかった」
オジエは一度目を閉じ、再び俺達を見る。
「だから我は過去へ来た」
「でも、どうしてこの時期に?」
俺が過去へ戻ってきたのと同じ時期だ。
偶然とは思えない。
「我はあの時、お前に聞いていたのだ。もし過去へ行くとすれば、いつへ戻るのかをな」
「……あ」
「お前は答えた。十三歳。ナージャ達と旅を始めてから約二年後、壊れていた転移魔法陣が直ったと聞いた頃だとな」
俺が戻ると決めた時期と同じだ。
オジエのいた未来でも、そこまでは考えていたんだ。
「だが、行き先を考えても、最後の決断には至らなかった」
「…………」
「故に、我が来た。そして、この時代で待つことにした」
「誰を……?」
聞いた瞬間、自分で気づいた。
オジエの視線は、俺だけに向けられている。
「別の未来で、過去へ戻ることを選んだシャウト・ロータスをだ」
「でも……そんな確証もないことを、どうして!」
別の未来の俺が、本当に過去へ戻るかなんて分からない。
戻ったとしても、同じ時期を選ぶ保証はない。
それなのにオジエは、俺を待っていた。
「来なければ、来ないでいいのだ」
「……え?」
あまりにもあっさりとした答えだった。
「お前が過去へ行く未来もあれば、行かない未来もある。我が過去へ来る未来もあれば、来ない未来もある」
オジエは言葉を重ねる。
「そして、我とお前がここで出会わぬ未来もあるだろう」
俺の選択だけではない。
オジエにも選択がある。
過去へ戻るのか。いつへ戻るのか。そこで何をするのか。
その一つ一つが、行く先を変えていく。
「我は、その中の一つを選んだに過ぎん」
オジエが僅かに目を細めた。
「そして、この未来では――我とお前は出会った」
「…………」
俺が来ると分かっていたわけじゃない。
それでもオジエは、この時代を選んだ。
俺もまた、同じ時代を選んだ。
その結果、今ここで出会えたんだ。
「だが、シャウト」
オジエの声色が変わる。
「我は、お前達だけで、何も分からぬまま再びあの場へ向かわせることはせん」
「……それは」
「同じ戦いを繰り返すために戻ったわけではなかろう」
「もちろんです」
俺は頷いた。
「ですが、また天月人が復活するかもしれません。放っておけば、あの時と同じように人が殺されます」
「ああ。故に、今度は準備を整える」
オジエが俺とクリスを見た。
「天月人について調べ、お前達の力を理解し、対抗する方法を探す。そのための時間が、今はある」
「――ちょっと待て!」
クリスの声が洞窟に響いた。
振り返ると、苛立ったような顔で俺達を見ている。
そうだった。
オジエとの話に夢中になり、クリスを置き去りにしていた。
「さっきから二人だけで話を進めるな! 俺にも説明してくれよ!」
「……すまない、ユークリス・ノース」
オジエがクリスへ視線を向ける。
「天賢様だってことは分かった。この存在感も、只者じゃないってことくらい分かる」
クリスはオジエを真っ直ぐに見返した。
「でも、それと話が分かるかどうかは別だ!」
「…………」
「俺は、自分の目で確かめるためにシャウトについてきた。でも、これじゃ何を確かめればいいのかすら分からねぇ!」
クリスが俺とオジエを交互に見る。
「今、この世界で何が起きてるんだ?」
その目は真剣だった。
ただ話についていこうとしているんじゃない。
自分で理解しようとしている。
「俺が知らないことも含めて、一から説明してくれ」
「……すまなかった」
オジエはクリスへ向き直った。
「順を追って話そう。シャウト、お前も補足してくれ」
「分かりました」
俺も頷く。
クリスには、まだ伝えていないことが多い。
俺が未来から来たこと。クリスもその未来で死ぬこと。俺達の恩寵が《光》と《闇》に関係していること。
それだけでは、何が起きたのか理解できるはずがない。
「まず、我とシャウトは異なる未来から来た」
オジエが話し始める。
「どちらの未来でも天月人が復活し、シャウト以外の仲間が命を落とした。違ったのは、その後に誰が過去へ戻ることを選んだかだ」
「シャウトの未来ではシャウトが戻って、天賢様の未来では、シャウトが戻らなかったから天賢様が来た」
「ああ」
クリスは顎に手を当て、頷いた。
「それで、その天月人ってのは、そもそも何者なんだ?」
「復讐のために《闇》へ憑依し、俺達を殺した相手だ」
俺が答える。
「もとは、光の天賢アーサーと月光族の姫の間に生まれた娘だ」
オジエが続けた。
「迫害を受け、両親を失い、天賢達を憎むようになった」
「それが、どうして《闇》に?」
「そこには、まだ分からないことがある」
俺は夢の中で聞いた話を思い返す。
「本人にも記憶がない部分があった。俺達が聞いていた歴史と、あいつの話が食い違うところもある」
俺とオジエは、分かっている範囲で説明した。
昔の戦いで天月人が肉体を失ったこと。
その後も精神体として残り続け、復讐の機会を待っていたこと。
そして、蓄積されていた《闇》へ憑依して復活したこと。
「つまり、長い間、復讐するための体を手に入れようとしていたわけか」
クリスが言う。
「ああ。俺達に夢の中から話しかけてきたのも、そのためだったらしい」
「その結果、二年後に復活するんだな?」
「俺達の知る未来ではな」
オジエが頷く。
「そして、ここからがお前に関わる話だ。ユークリス・ノース」
「もう一つの恩寵か?」
「ああ。その力が何なのか、お前自身は理解しているか?」
「……分からない」
クリスは首を横に振った。
「シャウトから《闇》に関係しているとは聞いた。でも、俺が分かってるのは、黒い転移魔法陣を使えたことくらいだ」
「それだけでも大きな手掛かりだ」
「でも、どう調べればいい?」
「我が手伝う。まずは、お前が転移魔法陣を使った時に何が起きているのかを確かめるのだ」
「俺が使うと、黒い魔法陣が元に戻ることか」
「そうだ。シャウトが使うと黒くなり、お前が使うと光を取り戻す。この違いを調べる必要がある」
クリスは少し考え込み、やがて顔を上げた。
「その前に、光魔術について聞きたい」
「なんだ」
「シャウトにも聞いたが、どの文献にも載っていなかった。どうして、そんな魔術が隠されているんだ?」
「光魔術は、歴史から隠されてきた。使うことに代償があるからだ」
「代償?」
「まず、見せよう」
オジエが片手を上げ、人差し指を立てた。
次の瞬間、指先から眩い光が放たれる。
光は洞窟の岩肌を照らし、すぐに消えた。
「……今のが、光魔術か」
クリスが身を乗り出す。
「火でも雷でもないんだよな? もっと見せてくれよ!」
「詳しく調べるのは後だ。今は話を聞け」
「あ、ああ……すまない」
オジエは手を下ろした。
「光魔術を使えば、相対的に《闇》も増える」
クリスの表情から興奮が消えた。
「光を使うほど、闇が増える?」
「ああ」
オジエは静かに頷く。
「光あるところに、闇現れし。《光》と《闇》は相対関係にあるのだ」
俺が光魔術を使えば、その分だけ《闇》も増える。
転移に使っている光魔術も同じだ。
「じゃあ、天月人が復活したのも、シャウトが光魔術を使ったからなのか?」
「全てがシャウトのせいというわけではない」
オジエが答える。
「《闇》は遥か昔から蓄積されていた。シャウト達が行動を起こす前から、既に存在していたものだ」
「でも、俺達の行動が復活の要因になった可能性はある」
俺が続ける。
「何が決め手になったのかは、まだ分からない」
「なるほど……」
クリスは自分の手を見つめた。
「それで、俺なら、その《闇》を利用できるかもしれないってことか」
「そうだ」
オジエが頷く。
「黒い転移魔法陣を使えた時、お前の恩寵がどのように働いたのか。それを理解するところから始めるのだ」
「使えたことと、思い通りに扱えることは別だからな……」
クリスは呟き、腕を組んだ。
「もし、シャウトが光魔術を使うことで生まれた《闇》を、お前が利用できれば――」
オジエはクリスを見据える。
「その《闇》が、天月人の力になることを防げるかもしれぬ」
「天月人に使われる前に、俺が使うってことか?」
「ああ。そのためにも、何ができるのかを確かめねばならん」
俺とクリス。
《光》と《闇》。
やっぱり俺達の恩寵には、深い関係がある。
俺だけで光魔術を使い続けるのではなく、クリスと一緒に、その後に生じる《闇》まで考えなければならないんだ。
「だから、お前はこの二年間で己の恩寵を研究するのだ」
「二年……」
「《知力の恩寵》を持つお前ならば、何かを見つけられるかもしれぬ。我も手を貸そう」
クリスはしばらく黙っていた。
やがて顔を上げ、オジエと俺を見比べる。
「……調べる価値は十分にあるな」
「協力してくれるのか?」
俺が尋ねると、クリスは頷いた。
「天賢様も、お前と同じように未来の出来事を話している。それに、転移魔法陣の異常も、光魔術も実際に見た」
「…………」
「未来から来たって話まで、全部確かめられたわけじゃない。でも、ただのでまかせとして片づけるつもりもない」
それで十分だった。
自分で調べ、自分で考え、自分で確かめる。
そのために協力してくれるなら、今はそれでいい。
「ありがとう、クリス」
「礼は何か分かってからでいいさ」
クリスはそう言うと、少しだけ表情を緩めた。
「よし! やることは大体分かったぜ!」
「お、おう」
急に元気になったな。
クリスは胸を張る。
「この恩寵を使いこなせば、俺が救世主になるってわけだな!」
「我はそこまでは言っていない」
オジエが即座に否定した。
「…………」
「…………」
「あ、そうですよね。あはは……」
こいつは、時々やけに調子に乗る。
さっきまで慎重に話を聞いていたのに。
「まあでも、俺一人じゃ何もできないからな」
クリスはそう言って、俺を見る。
「シャウトにも付き合ってもらうぞ。お前と俺、両方を調べないと分からないこともあるだろ」
「ああ。もちろんだ」
「なら、まずは自分のことを理解するさ」
クリスの表情が、再び真剣なものへ変わる。
「このもう一つの恩寵が何なのか。俺が《闇》をどう扱えるのか。そこからだ」
「そうだ。それでいい」
オジエも静かに頷いた。
「今度は、力の正体も分からぬまま戦場へ向かわせることはせん。天月人が復活するまでに、対抗する方法を探すのだ」
「任せとけ」
クリスは自信満々に笑った。




