第七十六話「ジュワユース王国」
目を開く。
「……着いた」
ジュワユース王国だ。
俺達は転移魔法陣から降りる。その直後――。
――バチッ!
――バチバチッ!
「っ!」
黒紫色の稲妻が転移魔法陣から弾け、周囲へと放たれた。
これだ。俺が転移魔法陣を使うと、こうなる。
これは想定済みだ。
「なんだ!?」
ギレウスが驚いて振り返る。
黒紫色の稲妻はさらに激しく迸り、床に刻まれていた転移魔法陣がみるみる黒く染まっていく。
「君たち! 危ない!」
近くにいた騎士が異変に気づき、咄嗟に俺達の前へ飛び出した。俺達を庇うように立ち、転移魔法陣を警戒する。
だが――何も起こらない。
稲妻は消え、辺りには静寂が戻った。残ったのは、真っ黒に染まり、光を失った転移魔法陣だけだった。
「これって……アレフに帰った時と同じだよね?」
ギレウスが黒くなった転移魔法陣を見つめる。
「ああ。やはり、お前が転移魔法陣を使うとこうなるのだな」
コルドが俺を見ながら言った。
すると、それを聞いていた騎士が勢いよく振り返る。
「何!? 今のは本当か!?」
「……っ」
あ、まずい。
このままだと、転移魔法陣を壊した重要参考人として国に囚われるかもしれない。
どう誤魔化す?
そう考えていると、騎士は続けた。
「三ヶ月ほど前にも、この転移魔法陣で妙なことがあったんだ」
「妙なこと?」
「ああ。当時、この転移魔法陣は真っ黒で使えない状態だった。だがある日、突然その魔法陣から一人の少年が現れた。そして、その少年が現れた直後、黒かった転移魔法陣は光を取り戻した。それから今日まで、問題なく使えていたんだ」
「……!」
そいつだ!
クリスだ!
「その少年は南都市カールから来たと言っていた。それに、自分のことを『カールで一番の学者だ』とも言っていたな」
間違いない。
「その人って、今どこにいますか?」
思わず身を乗り出して聞く。
「今から呼びに行く予定だ。せっかく光を取り戻していた転移魔法陣が、今ので黒くなってしまったからな」
騎士は黒く染まった魔法陣を見る。
「ユークリス・ノース。彼なら、この現象について何か分かるかもしれない」
「……!」
よし!
会える!
探し回る必要すらない。
向こうから、クリスがここに来る。
それから数時間後。
「……!」
見覚えのあるやつがやって来た。
俺と同じくらいの身長。百五十センチくらいだろうか。
短髪で、顔は良いかと言われると……まあ、普通だ。別に見た目から賢そうな感じもしない。
どちらかと言うと、アホそうに見える。
でも――こいつにも会えた。
クリス。
あの時は、他のみんなと比べれば一緒にいた時間も短く、そこまで仲良くなれなかった。
だから今度は、もっと仲良くなりたい。
そんなことを考えていると、クリスは黒くなった転移魔法陣を見て首を傾げた。
「あーれぇ? また黒くなってるじゃねぇか」
そう言いながら、そのまま転移魔法陣へ向かおうとする。
「ちょっと待ってくれ」
俺はクリスを呼び止めた。
「なんだぁ? あんちゃん?」
「黒くなった転移魔法陣について話がある」
「誰だおめえ? まずはそこからだよ」
「あ……」
そりゃそうか。
俺にとっては再会でも、こいつにとって俺は初対面なんだから。
「すまない。ちょっと切羽詰まってて」
「…………」
クリスは不思議そうな顔で俺を見る。それから周囲を見渡し、最後に黒くなった転移魔法陣へ視線を向けた。
……この状況を頭の中で整理してるのか?
「なる……ほど……。君たちは転移魔法陣で来たのかい?」
「そうだ」
「そしたら黒くなったのか?」
「そうだ」
「前にも似たような経験はあるかい?」
「ある」
クリスは顎に手を当て、少し考える。
「なるほどな。俺を止めた理由はそれか」
やっぱり頭の回転が速い。
見た目は全然そんな感じしないのに。
「それもある。他にもある」
「……分かった。とりあえず話だけでも聞こう」
……やっぱり《知力の恩寵》は凄い。
状況判断能力が桁違いだ。
俺達が転移魔法陣で来たこと。その直後に黒くなったこと。そして、以前にも同じ経験があること。
たったそれだけの情報から、俺の話には聞く価値があると判断した。
普通なら、これだけの情報で「話を聞こう」なんて判断にはならないだろう。
クリスはすぐに近くの騎士へ振り返る。
「騎士さん! すまねぇ! 少し話を聞いてくる!」
「そうですか……分かりました。ここは閉鎖しておきます」
「助かる! それじゃあ行くぞ」
「あ、そうだ。なるべく人が少ないところがいい」
これから話す内容は、他人に聞かれるわけにはいかない。
「だったら俺の家に来い。今なら家族もいない」
「分かった。ありがとう」
それから数時間、俺達は街を歩き、一軒の家の前までやって来た。
「ここだ」
目の前にあるのは、何の変哲もない普通の家だった。
屋根は相変わらず透明だ。
こういうところは、どこの国も同じなんだな。
「入れよ。歓迎する」
「ありがとう。でも、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
俺は後ろにいる三人へ振り返った。
「みんな。少し、俺はクリスと二人で話をしたい」
「なんで!?」
ナージャとギレウスがほぼ同時に声を上げる。
「私達だって聞いても減るもんじゃないじゃない!」
「それに! そいつは誰だよ! 俺達となんの関係があるんだ!」
「…………」
そうだよな。
初対面のクリスには話せるのに、ずっと一緒に旅をしてきた三人には話せない。
そんなのおかしい。
俺だって逆の立場なら納得できない。
「お前達、失礼だぞ」
口を開いたのはコルドだった。
「いくら自分達が知らない相手だからといって、初対面の者にその態度は良くない」
「でも……」
ナージャが不満そうに口を尖らせる。
……こいつ、本当に冷静になったな。
最初に会った頃とは大違いだ。
「それに――」
コルドがクリスを見る。
「こいつからは、禍々しい魔力を感じる。シャウトと似たような感じだ。なら、こいつらにはこいつらなりに何かあるのだろう。俺達が割って入ることのできないような何かがな」
ナージャとギレウスが黙り込む。
本当に、コルドには助けられてばかりだ。
最初に会った頃は、あんなに嫌な奴だった。
偉そうで、何度も腹が立って、それでも一緒に旅をするうちに少しずつこいつのことを知っていった。
そして、あの未来で失って初めて分かった。
俺にとってコルドは、ただ一緒に旅をしている仲間じゃなかった。
親友だったんだ。
失いたくないと心の底から思える、大切な親友だ。
今度こそ守る。
必ず、あの未来にはさせない。
絶対に死なせない。
「ありがとう、コルド」
「良い。話が終わったら呼んでくれ」
「分かった」
それまで俺達の会話を聞いていたクリスが頭を掻く。
「君達が何の話をしてるかよく分かんねぇが、とりあえず家に入ろうぜ」
「そうだな。じゃあ、待っててくれ」
三人が頷く。
俺とクリスは家の中へ入り、リビングで向かい合うように座った。
「で? なんだ? 話って」
「…………」
いよいよだ。
信じてもらえるかは分からない。
それでも、話さなきゃ何も始まらない。
「今から俺が言うことを、信じなくてもいい」
クリスが首を傾げる。
「お? おう? それで?」
「でも、これは紛れもない事実だ」
一度息を吸い、クリスの目を真っ直ぐ見る。
「俺は――未来から来た」
「…………は?」
クリスが固まる。
「お前さん、何言ってるんだ?」
……想定通りの反応だ。
当たり前だ。
そうなるはずだ。
「お、おう……でもな。名前も何も知らんやつにいきなりそんなこと言われて、『はい、そうですか』となるほど俺も馬鹿じゃない」
「まあ、そうだよな」
当たり前だ。
こいつは《知力の恩寵》持ちだ。
何の根拠もなく信じるわけがない。
「まずは名前を教えてくれ」
「分かった。俺の名前はシャウト・ロータス。歳は十三。種族は人族。そして、《筋力の恩寵》を持っている」
「おお! こりゃ驚いた! お前も俺と同じ恩寵持ちなのか!」
「そうだ。そして、お前の恩寵は《知力》――そうだろ?」
「ああ、そうだ。この世にはその二つは、同じ世代に必ず一人ずつ生まれるからな」
……それくらいは知ってるか。
学者だもんな。
バカならこれだけで未来から来たと信じてくれるかもしれないが、こいつ相手じゃそう簡単にはいかないだろう。
「俺の名前はユークリス――」
「ノースだろ。知ってる。未来から来たからな」
「あ……ああ。合ってるよ。でも、あの騎士から聞いてるだろ? 俺の存在」
「……まあな」
やっぱり、これじゃダメだよな。
ユークリス・ノースという名前は、さっき騎士から聞いている。未来から来た証拠にはならない。
「自己紹介はしなくてもいい。俺はお前のことを知っているからな」
「そ、そうか?」
「ああ。まず俺の話を聞いてくれ。信じなくていい」
「……分かった。聞こう」
「まず、俺は外にいる三人とクリス……それから、もう一人、ラントっていう小人族の女の子と……」
言葉が止まった。
「それで……? なんだ?」
「…………っ」
急に胃の奥がひっくり返るような感覚がした。
「うっ……」
口元を押さえる。
吐きそうだ。
息が浅い。
心臓が異常なほど速く脈打ち、手が震える。
名前を口にしただけなのに、頭の中に勝手にあの光景が浮かんでくる。
倒れたギレウス。
死んでいくコルド。
ラント。
クリス。
そして――ナージャ。
『私も……』
「っ……!」
やめろ。
思い出すな。
今は違う。
分かっているのに、身体が言うことを聞かない。
鼻の奥に、あの時の血の臭いが蘇った気がした。
耳の奥で、戦いの音が響く。
ここはクリスの家だ。
分かってる。
目の前には、生きているクリスがいる。
なのに一瞬、あの場所に戻ったような感覚に襲われた。
「はっ……はっ……」
上手く息が吸えない。
視界が揺れる。
俺は俯き、震える手で服を強く握った。
「お、おい! 大丈夫か!?」
クリスの声で意識が引き戻される。
顔を上げる。
クリスがいる。
生きている。
外にはギレウスがいる。
コルドもいる。
ナージャもいる。
ラントだって、まだ生きている。
「……ああ。大丈夫だ……」
落ち着け。
今は過去だ。
まだ誰も死んでない。
あの戦いは、まだ起きていない。
俺は戻ってきたんだ。
変えるために。
何度も心の中で繰り返す。
それでも震えは完全には止まらない。
怖い。
思い出したくない。
口にしたら、また全部が現実になってしまいそうで怖い。
それでも――伝えなきゃいけない。
「俺は……みんなが死ぬ未来からやって来た」
「……え?」
「お前はこれから二年後、俺達と出会う。そして……闇と戦って、死ぬ」
「は?」
クリスの顔から、完全に余裕が消えた。
「俺が……? 死ぬ? 闇……?」
無理もない。
情報が多すぎて、頭が追いつかないんだろう。
「俺だけは生かされたんだ。天賢様に」
「天賢様に会ったことあるのか……? 凄いなお前……」
「ああ」
でも、凄いなんて思ったことは一度もない。
俺だけが生き残った。
その事実を口にしただけで、また胃の奥が気持ち悪くなる。
「俺は……失意のどん底だった。今も正直、怖い」
自分の手を見る。
まだ微かに震えていた。
過去に戻れたからって、全部が解決したわけじゃない。
「あの未来を変えられる確証はない。俺の選択によって未来は細分化される。同じ未来になる可能性だって消せない」
もし、また――。
一瞬そう考えただけで、胸が締めつけられる。
嫌だ。
もう二度と見たくない。
「でも、違う未来にできるかもしれない。その可能性に賭けて、俺はここに来た」
「…………」
「お前が信じなくてもいい。だけど、一緒についてくるだけでもいい。俺達と行動を共にしてほしい」
俺は続ける。
「さっきコルドが言っていた、禍々しい魔力。それも関係してる」
「俺の魔力が?」
「ああ。お前には――もう一つ、恩寵がついている」
「ちょ、ちょ、ちょ! 待ってくれ!!」
ついにクリスが両手を上げた。
「情報が多すぎる!」
「それでも! 伝えなきゃいけないんだ!」
「あ、ああ! 分かった! 分かったから! せめてメモだけでも取らせてくれ!」
「……分かった」
一気に話しすぎた。
でも、その前に。
「クリス」
「なんだ?」
「お前が最も信用する言葉を言ってもいいか?」
「……なんだ?」
クリスの目つきが変わる。
「俺はそう簡単に信用しないぜ? 何を言われようと、俺自身で調べて、考えて、辿り着いた結果以外は信じない」
……知ってるよ。
だからこそ、これを言う。
俺はゆっくりと口を開いた。
――日本語で。
「これは現実だ。異世界転生して無双できるような、そんなラノベなんかじゃない」
「…………」
クリスの顔から血の気が引いた。
青ざめたまま、俺を凝視している。
……当たり前だ。
俺と全く同じ反応をしている。
「お、お前……その言葉……どこで知ったんだ……?」
「日本人」
「……!」
「そう言ったら、分かるだろ?」
「お、お前も俺と……同じ……転生者なのか?」
「ああ」
俺はクリスの目を真っ直ぐ見て答えた。
「俺は、お前と同じ転生者だ」
「じゃあ……これまでの話も……」
「ああ。全部事実だ」
「…………」
クリスはしばらく何も言わなかった。まだ衝撃が抜けていないのか、俺の顔をじっと見つめている。
「この世に生まれて十三年……日本語を聞くことになるなんて思わなかった」
「当たり前だ。俺だって未来でそう思ってた」
「……どういうことだ?」
「俺は未来で、お前から日本語を聞くんだ。それで、今のお前と全く同じ反応をする」
クリスが目を見開く。
「お前、『異世界最高!』って言ってたな」
「…………俺なら言いそうだな……」
やっぱりそこは自覚あるのか。
クリスは腕を組み、黙り込む。
俺が日本人だと分かったことで、少なくとも俺の話をただの戯言として切り捨てることはできなくなったはずだ。
「……信頼できそうな情報は山ほどある」
「じゃあ――」
「だけど」
クリスが俺の言葉を遮る。
「お前が他のやつから『これを言えば俺が信じる』って情報を聞いて、でまかせを言わされてる可能性もある」
「…………」
そこまで疑うのか。
やっぱり信用しないか……。
でも、それがクリスなんだろう。
自分で調べて、自分で考えて、自分で辿り着いた答えしか信じない。
「だから、今ここでお前の話を信用するとは言えない」
「……ああ」
「ただ――これからお前達に同行する」
「!」
「自分の目で確かめる。それで、お前の話が本当なのか判断する」
……十分だ。
それだけでいい。
「分かった。時間をかけてくれて大丈夫だ」
「それで? 俺に言いたいことは、それだけか?」
「……いや。もう一つある」
俺はクリスの目を真っ直ぐ見る。
ここだけは、絶対に守ってもらわなきゃいけない。
「この話は、あいつらにはしないでくれ」
「…………」
「俺が未来から来たことも、あいつらが未来でどうなるのかも……全部だ。絶対に口外しないでくれ」
自然と声に力が入る。
クリスも俺の表情から何かを感じ取ったのか、さっきまでの軽い雰囲気を消した。
「ああ、分かった。そこは守る」
「……ありがとう」
「それで終わりか?」
「いや、もう一つ」
「まだあるのかよ」
クリスが呆れたように言う。
「俺達は、相対関係にある」
「そりゃそうだ。《筋力》と《知力》だろ?」
「違う」
俺は首を横に振る。
「《光》と《闇》だ」
「……なんだそれ?」
「俺は光を生み出し、おそらくお前は、その俺が生み出した闇を扱える」
「……なるほど」
クリスはすぐに考え込む。
「何か変なことはなかったか? 転移魔法陣が黒い時だけ、お前は使えただろ?」
「なんでそれを知って……いや、騎士に聞いたのか。俺が黒い状態の転移魔法陣から現れたことを」
……やはり鋭い。
侮れないな。
「お前はそれを調べようとして学者になった。そうだろ?」
「……間違ってはいねぇ」
「俺はその逆だ」
「逆?」
「ああ。俺は普通に転移魔法陣が使える」
「当たり前のことだな?」
「でも、その後に黒くなる。俺が《光》を使えるからだ」
「……待て。なんで光が使えるから黒くなるんだ?」
「それは俺にも分からない」
「分かんねぇのかよ」
「仕方ないだろ。俺だって全部分かってるわけじゃない」
分からないことは、まだいくらでもある。
俺とクリス。
光と闇。
なぜ俺が転移魔法陣を使うと黒くなり、なぜクリスが使うと元に戻るのか。
その仕組みまでは、俺も知らない。
「でも、何かしら俺達の間に関係がある。それは間違いないと思ってる」
「……まあ、そうだろうな」
「だから、すぐに全部信じろとは言わない」
「あー、分かった分かった! 大体話は分かった!」
クリスが両手を上げる。
「信用はできねぇ。でも、お前達には同行する。それと、このことをあいつらには口外しない。それでいいんだよな?」
「ああ。そうしてくれると助かる」
「じゃあ、もうあいつら呼ぶか? 外でずっと待たせとくのも悪いぞ?」
「いや、俺達が行こう。あいつらに話すことなら、部屋じゃなくて移動しながらでもいい」
「そうか? なら戻るぞ」
「ああ、分かった」
俺達は椅子から立ち上がり、家を出て待っている三人のところへ戻った。
「ごめん、待たせた」
「そんなに長く待ってないよ」
ギレウスがいつもの調子で答える。
「そうだよな。ごめん」
「なんでそんな謝るんだよ〜」
「あ……」
確かに。
おかしいよな。謝るようなことでもないのに。
こいつらは、何も知らずに普通の生活をしてるんだ。
俺だけがあの未来を知っているから、何をするにも必要以上に気を遣ってしまう。
でも、謝りすぎるのも良くない。変に思われるだけだ。
「で? 話は終わったのか?」
コルドが尋ねてくる。
「ああ、終わった。それで、これからの俺達の旅にクリスも同行してもらうことになった」
「やはりな。そんな気はしていた」
コルドは特に驚くこともなく答えた。
やっぱり、そう思うよな。
俺とクリスの魔力はどこか似ている。コルドには、それだけでも何かあると感じていたんだろう。
一方で――。
「え?」
「なんで?」
ギレウスとナージャは、やっぱり納得できていないようだ。
まあ、そりゃそうだ。
さっき会ったばかりの男が、いきなり旅の仲間になるんだからな。
「とりあえず、次に会いたい人がいる」
「誰?」
ナージャが尋ねる。
「土の天賢――オジエ様だ」
「……天賢様か」
コルドが口を開く。
「会うのはいいが、居場所は分かるのか?」
「ああ。転移魔術で行く。大体の見当はついてる」
「そうなのか?」
一瞬だけ、コルドが疑うような顔をした。
そりゃそうだ。
俺がオジエ様の居場所を知っている理由なんて、今のコルドには分からない。
だが、コルドはすぐにいつもの表情へ戻った。
「お前には特別な何かがある。俺はお前を信じるぞ」
「俺だってシャウトのこと信じてるよ!」
ギレウスも続く。
「私も信じてるよ!」
ナージャまで。
「…………」
今の俺は、こいつらに隠していることばかりだ。
それでも信じると言ってくれる。
だったら、その信頼だけは絶対に裏切りたくない。
「みんな……ありがとう」
こうして俺達は、まずオジエ様に会いに行くことになった。
転移魔術を使うところを誰かに見られるのはまずい。でも、クリスの家の中なら人目はない。
俺達は玄関に集まり、そこで転移魔術を使うことにした。
「じゃあ、行くぞ」
俺はデュランダル王国近郊にある、オジエ様の洞窟を思い浮かべる。
次の瞬間――俺達の身体が光に包まれた。
「うわっ!?」
「な、何これ!?」
ギレウスとナージャが驚きの声を上げる。コルドも声こそ出していないが、目を見開いていた。
まあ、そうなるよな。
初めて起こる現象に驚くのは当たり前だ。
俺は目を閉じる。
そして――次に目を開けた瞬間。
目の前には、見覚えのある洞窟があった。
「……着いた」
デュランダル王国近郊。
オジエ様がいる、あの洞窟の前だ。
俺達はそのまま洞窟の中へ入っていく。
以前と変わらない、薄暗い洞窟。
この先にオジエ様がいる。
そう思って奥へ進んでいったのだが――。
「……あれ?」
誰もいない。
「どうしたの? シャウト」
「いや……」
おかしい。
確か、この辺りにいるはず――。
「……あっ!」
そうか!
俺達がオジエ様と初めて会うのは、ここから二年後だ。
今の時点では、まだこの洞窟にいないのか!?
まずい。
オジエ様からは、過去に戻ったらまず自分に会いに来いと言われていた。
なのに、肝心の本人がいない。
どうする?
居場所なんて他に――。
その時だった。
――コツ。
「……!」
洞窟の入口の方から、足音が聞こえた。
――コツ、コツ。
誰かがこっちに向かって歩いてくる。
そして――。
この感じ。
覚えてる。
身体が勝手に強張る。
肌を刺すような、圧倒的な存在感。
忘れるはずがない。
俺達は一斉に振り返った。
洞窟の入口。
そこに立っていたのは――。
「……オジエ様」
土の天賢。
オジエ様だった。




